第10話 陥落するミューズ


「遅れて済まない」

「アベル!」


 颯爽と助けに来てくれた幼馴染みの胸にリーナは飛び込んだ。その腕に抱かれるとすべての不安が消し飛ぶ。


「アベルって凄いのね」


 アベルが強いだろうとは思っていたが、リーナも彼が実際に戦うのを見るのは初めてだ。しかも、手に持つ剣は使い込まれている。かなり実戦経験を積んでいる証拠だ。


「これでも各地を回って魔獣とも戦っているからね」

「でも、どうして剣なの?」


 軍や警察が所持する一般的な武器は魔砲マガンと呼ばれる極小魔導機関を埋め込んだ銃器である。


「俺は黒いマナの発生地にも良く行くからね」

「あ、そうか、黒いマナの降り注ぐ場所じゃ魔砲が作動しないのね」

「そう、だから武気術オーラクァーツを習得しているのさ」


 黒いマナが増えてから一般兵器が使えない場所も増えた。そんな中で発達した闘法が武気術である。これは大気中のマナを使わず、己の内にある霊気を用いて自身を強化する技術である。


「でも、まさか街中で戦うことになるとは思わなかったよ」

「うん、どうしてミューズに黒いマナが降ったのかしら?」

「あれのせいだ」

「――!?」


 アベルが指し示す王城の方を見てリーナは言葉を失った。あるべき王城が割れて地中から巨大な船がせり上がっていたのだ。


「王族は宇宙船を隠し持っていたんだ」


 宇宙船を作動させるのに膨大なマナを消費してしまった。それが今ミューズに黒いマナを発生させている要因だった。


「どうやら俺の報告書が最悪な方向へ向かわせてしまったらしい」

「そんな……」


 もはや手の施しようがないと踏んだ王家は自分達だけ月面世界ミナスから脱出しようとしている。


 リーナ達の目の前で宇宙船が発射準備を整えていく。宇宙船は王城とさして大きさの変わらない。その巨体を動かすのにどれほどのエネルギーを浪費しているのか。


 やがて誰も阻止できない中、その船は噴煙を上げてゆっくり宙へと浮かび上がった。


 リーナにはそれと共に空より舞い落ちる黒いマナが増えていっているように感じられた。


 ついに宇宙船はミューズに大きな影を落とすほど浮上し、徐々に進路を青き大地へと向けていく。


「上層部は全員逃げ出し現場は大混乱。ミューズには黒いマナが降り魔獣が市内に出没し始めている」

「最悪の事態ね」

「これ以上ないくらいにね」


 だが、2人の予想を超えるもっと最悪な事態が突然起きた。遥か上空に上がったはずの宇宙船が急に高度を落とし始めたのだ。


「まずい街中に落下する!」

「どうして!?」

「たぶん黒いマナのせいで宇宙船の魔導機関がストップしたんだ」


 誰も予想していなかった事態。


 ――ドオォォォォォオン!!!


 凄まじい轟音を立てて巨大な宇宙船がミューズに墜落した。宇宙船の搭乗員のみならず、下にいた者すべてを巻き込んだ大惨事である。


 アベルはあまりの惨状に力が抜け膝から崩れ落ちた。


「終わりだ……もう何もかも終わりだ……」


 逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子供、怒号が飛び交う。魔獣の咆哮が鳴り響くが、魔導機関がまともに作動せず武器が使えぬ警察に対処はできず、しかし事態を収拾すべき者達はもういない。


 やがて惑星環境改変機関ガイアフォーミングも作動不良を起こし月面世界ミナスは死の星となるだろう。


 もはや止める手立てはない。

 これ以上の絶望があろうか。


 だが、そのアベルの眼前に手が差し伸べられた。


「アベル一緒に来て!」

「リーナ?」

「まだ終わりじゃない」

「だけどもう……」

「お願い私を信じて」


 見上げればリーナのブラウンの瞳に強い光が見えた。アベルには理解できない。どうしてこの状況でリーナはまだ立っていられるのか。


「まだ方法があるわ」

「方法?」

「ええ、そのためには大神殿に……あの想い出の大神殿に行かなきゃ」


 もうリーナは夢じゃないのかと疑わない。大神殿で女神がリーナを待っている。


「お願い、私一人じゃ魔獣がいる中あそこまで行けないから」


 リーナは強引にアベルの腕を掴んで引いた。


「アベルの力を貸して!」

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