第9話 崩壊の始まり


「待って!」


 リーナは自分の叫び声で目が覚めた。


「またあの夢……だけどいつもと少し違う……」


 女神と名乗る少女がリーナにはっきりと語りかけてきたのだ。しかも内容は切羽詰まっている感じだった。


「アベルから世界滅亡の話を聞いたせいかな?」


 そのせいで変な夢が更に変になったのだろうか?


「だけど、もし本当に女神がいるなら」


 アベルは言っていた。黒いマナを浄化できるのは聖獣と神なのだと。


「それに……」


 リーナは胸に手を当てた。なんだか女神と心で繋がっているような気がする。


「たぶん、あそこだよね?」


 きっと彼女は想い出の大神殿にいる。リーナにはそんな確信めいたものがあった。


「行ってみるか」


 リーナは起き上がるとパーカーにキュロットと動きやすい服装を選んで手早く着替える。少しお腹に入れていくかと食堂へと足を伸ばす。


「あら、今日は早いのね――って、その格好は?」


 既にネムが食事を始めており、私服姿のリーナを見咎めた。


「今日は休みじゃないわよ?」

「うん、今日は自主休講」


 朝食を載せたトレイを持って前の席に座るリーナに呆れた目をネムが向けた。


「それはサボりって言うのよ」

「急いで確認しなきゃいけないの」


 いつになく真剣な面持ちのリーナにネムは眉を寄せた。


「何かあったの?」

「これからあるかもしれないの」

「何よそれ?」

「私にも分かんない」


 世界滅亡の危機はアベルから口止めされているし、女神の夢について話しても笑われるだけ。リーナとしては答えようがなかった。


「それ学校をサボってまで急がなきゃいけないの?」

「うん、凄く胸騒ぎがするの」

「分かったわ。先生には上手いこと言っとく」

「ありがとうネム。この埋め合わせはきっとするから」


 食事を済ませたリーナは何も聞かずに協力してくれるネムに感謝して寮を出た。


 いつもなら青き大地ガイアが目に入るのに、今日は薄暗く綺麗なその姿を拝めない。


「天気が悪いんだ……なんかホントに嫌な空気」


 リーナは空を見上げる。どんよりとした雲が空を覆い、ますますリーナに不安を抱かせた。


「――えっ!?」


 見上げていたリーナの視界にはらりと落ちてくる黒い点が入った。それはしだいに数を増やしていく。


「黒いマナ!?」


 まるで黒い雪のように降り注ぐ黒いマナにリーナは愕然とした。


「どうしてミューズに?」

「ちょっと何よこれ?」


 遅れて出てきたネムも異常事態に叫び声を上げた。


「まずいわ。このままじゃミューズに魔獣が出ちゃう」

「シェルターに避難しましょ!」


 ネムが腕を引いて急かしたが、リーナは首を横に振った。


「ダメ、やっぱり私は急いで行かなきゃ」

「こんな時に何を言ってるの!?」

「私、夢で見たの……女神様が言っていた」

「夢って」

「私のところへ来いって、急がないと世界が滅びるって」

「本気で言っているの?」


 さすがに荒唐無稽な話でリーナが狂ってしまったのではないかとネムは心配した。


「ごめん、自分でもめちゃくちゃだって分かってる。でも、もし本当に夢が現実ならまだ救いがあるかもしれない」

「魔獣が出たくらいじゃ世界は滅びないわよ」

「いいえ、このまま黒いマナが増えれば惑星環境改変機関ガイアフォーミングが作動しなくなっちゃうわ」

「あっ!?」


 リーナの指摘にネムにも現状が最悪の事態だと気がついた。


「ネムはシェルターに避難してて。きっと私が――ッ!?」

「ぎゃぁあ!」


 その時、リーナの言葉を大きな悲鳴が遮った。


「リーナ、あれ!」

「魔獣!?」


 大きな獣が通行人の男性に襲いかかっていたのだ。


 それはリーナ達より2回りは大きく、全身を黒い体毛に覆われ、口からは長く鋭い2本の牙が覗いている。


 その牙を男性に突き立て、辺り一面に血飛沫が舞う。


「あっ、あっ……」


 その光景にネムが恐怖に足をすくませた。


「ネム、こっち!」


 ネムの腕を引きリーナは魔獣から逃げ出した。しかし、身体能力で圧倒的に優る魔獣はあっという間にリーナ達を追い越し前方に回り込んだ。


「くっ!」

「リ、リーナ」


 震える親友の体を守るように抱き締め、リーナはキッと魔獣を睨みつける。恐ろしい魔獣に対処する術はリーナ達にはない。


「私が囮になるからネムは逃げて」

「い、嫌」


 もはやどちらかが助かる方法を選ぶしかない。だが、ネムは泣きながら首をふる。


「お願い」

「リーナ!」


 リーナはネムの背を押し自分は魔獣の前に立ちはだかった。


「行って!」

「う、うん……」


 リーナは魔獣を睨みつけながらネムを叱咤する。背中で彼女が遠ざかっていくのを感じながら少しだけホッとする。


 もっともリーナの状況はまったく好転はしていないが。


「魔獣も獣と同じなのね」


 睨み合っていると魔獣は警戒し、簡単には襲ってこない。だが、リーナがちょっとでも怯めば魔獣はいとも容易くリーナを八つ裂きにするだろう。


 この絶体絶命のピンチに、だけどリーナは恐怖をあまり感じていなかった。何故か大丈夫だと思えたのだ。


「きっと来てくれる」


 リーナの頭に深い青の髪と新緑の瞳の青年の顔が浮かぶ。


「アベル……」

「ぐおぉぉぉ!」


 その言葉に反応したのか、それとも痺れを切らしてしまったのか、ついに魔獣がリーナへと襲いかかった。


 刹那――リーナの視界に走る一筋の光が入った。


 次の瞬間には魔獣が真っ二つになり、ドウッと大きな音を立てて地に墜ちた。


 魔獣の影から現れたのは一振りの剣を持つ青髪の青年。それはリーナが待ち望んでいた愛しい幼馴染みだった。

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