第8話 夢のお告げ


「う〜、どうしよう?」


 リーナの頭の中は許容オーバーの情報量にぐちゃぐちゃだった。


 久しぶりに会った幼馴染みから聞かされた話はどれもリーナの想像を越えたものだったからだ。世界滅亡の危機だけでもリーナの手にあまるというのに、アベルからのいきなりのプロポーズ。


 普通の女学生でしかないリーナがベッドの上で悶えながら悩むのも仕方ないだろう。


「世界の命運については私じゃどうしようもないし」


 それこそ女神様に祈りを捧げる他にリーナにできることがない。


「アベルの方は……う〜、まさかプロポーズしてくるなんて」


 幼馴染みの綺麗な顔とプロポーズの言葉を思い出し、羞恥にリーナは手足をバタバタさせた。


 あの場面でアベルは告白してくるとはリーナも予想していた。ただ、そこから恋人になってデートを重ねるものだとばかり思っていたのだ。


 それが一足飛びに結婚である。


「そりゃあ私だってアベルは好きよ。いずれは結婚も……なんて考えたこともあるけど」


 答えは保留にしてあるが、期限はそれほど長くはない。


「やめやめ、考えるのやめ!」


 勢いよくベッドから起き上がるとリーナは両手を組んで膝をついた。


女神様テーア、あなたの御加護により無事1日を終えることができました……」


 日課の女神への祈りだ。


 世界平和とアベルのプロポーズの件があるので今日は入念に祈らねば。リーナは祈祷の言葉を考え紡いでいく。


「正直私には世界の滅亡なんてよく分かりません。ですが、皆の幸せ……私の家族、私の友人……ネムや……それからアベルも、皆の平穏が壊されるのは耐えられません……どうか女神様の御加護が皆にもありますように……」


 祈りながら最愛の幼馴染みの顔が頭に浮かぶ。


「それから今日アベルからプロポーズされました。私はどうしたらよいかまだ判断がつきません。どうかどのような結果になろうと最後まで見守りください」


 つたない言葉を並べながらも強い想いを込めてリーナは祈った。




 その強い祈りのせいだったのだろうか。

 この晩、リーナはまた女神の夢を見た。


 だけど、それはいつもとは違う、リーナの運命そのものだった――




 ――そこは想い出の大神殿。


 だけど、よく見れば朽ちかけていた建物に壊れたところは無く、むしろ光り輝いていた。数々の並べられた神像も全て厳かな雰囲気がある。


 まるで建立されたばかりみたいだ。


 その中で神像を見上げる少女がいた。


「この地に私の同胞はもういない……」


 神像を見回す少女の瞳は寂しげだ。


「人々の祈りの声が絶え、世界から信仰が失われ、同胞かみがみは新天地を求め異界へと旅立ちました」


 それでは彼らは異界で今も息づいているのだろうか?


「私が生まれた時には彼らの残滓しか残されていませんでした」


 かつて栄華を極めた神々の像。


「私はこの地に1人だけの女神テーア

(あなたは寂しいの?)


「寂しい? いいえ、ここには祈りがあり、それが私を温かくしてくれる」

(祈り……それって私の?)


「私はあなた祈り。私の存在はあなたの願い。一途にアベルを想うあなたの愛」


 色の無い女神はリーナを見つめる。


「急いでリーナ」


 女神の細い腕が求めるようにリーナへ伸びる。


「世界が悲鳴を上げている……もう猶予がありません」

(世界が……滅びる?)


 女神は頷いた。


「あなたがもっとも強く想うアベルも消えてしまいます」

(そんなの嫌!)


「私はただの女神テーア。名も無き女神」

(名前が無い?)

「私にはまだ何の力もありません」


 女神はリーナに強く訴えている。それが何かリーナには理解できない。


「リーナ、あなたの助けが必要です」

(どうすればいいの?)


「私の元へ、早く私の元へ来てください」

(あなたはどこに?)


 しかし、女神はリーナの問いには答えず寂しく微笑んだ。


「リーナ、あなたのアベルへの想いが必ず正しい道を照らしてくれます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る