第7話 告白
学校帰りに待ち合わせの喫茶店に入るとアベルは既に来店していた。
「お待たせ」
「それほど待ってやしないよ」
リーナは席につきお茶とケーキを注文してウェイトレスが去って行くのを見送ってからアベルに向き直った。
「お仕事はいいの?」
「もう報告は済んださ」
アベルは一昨日ミューズに到着していたのだが、今回の発見を国に報告しなければならなかった。
本当は真っ先にリーナの元へ行きたかったが、さすがにそれは憚れた。それに
だからアベルは泣く泣く仕事を優先したのだ。
「最近、忙しくしてるみたいだけど体は大丈夫?」
「平気、平気、忙しいって言うより急いでいるだけだから」
そうなの?とリーナは小首を傾げた。どうにも違いが分からなかったのだ。
「ぜんぜんミューズに戻ってなかったみたいだけど?」
「うん、地方の神殿を回っていてね」
「神殿?」
そのワードにリーナは昔アベルと行ったミューズ近郊の大神殿を思い出した。リーナにとって神殿と言えばあそこしかない。
「神殿なんかで何の調査を?」
「あー、うん……それは……」
珍しくアベルの歯切れが悪い。ウェイトレスが運んできたケーキに気を取られリーナは特に疑問にも思わなかった。
アベルは去って行くウェイトレスを確認してから身を乗り出してリーナに顔を近づける。
「ちょ、ちょっとアベル!」
まるでキスでもされるのではないかと思える級接近にリーナは驚きとちょっぴりの期待をした。
「しっ!」
だが、唇に人差し指を当てるアベルはかなり真剣な表情で、さすがに鈍感なリーナにも何か深刻な事柄なのだと理解した。
「これは他言無用でお願いしたいんだけど」
「う、うん」
アベルの雰囲気に飲まれリーナはごくりと生唾を飲み込む。
「実は月面世界が滅亡するかもしれないんだ」
「滅亡!?」
「しっ、声が大きい」
リーナは慌てて両手で口を押さえて周囲をキョロキョロと見回した。誰も自分達に関心を示していないようでリーナはホッと胸を撫で下ろす。
「ごめんなさい、それでどういう意味なの?」
「言葉通りの意味だよ。リーナも増え続ける黒いマナや魔獣のことは知ってるだろ?」
当然誰もが知っている話題だ。生き難くなってきているのはリーナにも感じ取れている。だからと言って滅亡するなどとは想像もしていなかった。
「これは霊獣狩りが発端なんだけど……」
十年前から始まった霊獣狩り。それから魔獣被害や観測される黒いマナが目に見えて増加していった。
そこでアベルは黒いマナの発生と魔導機関、黒いマナと霊獣の関係に着目して過去の文献を探し回ったのだ。
その中で黒いマナが初めて登場したのが、神々が世界から消えた魔導工学最盛期【シデロスジェーノ】であると知った。
「神代の時代に黒いマナは存在していなかった……と言うより知覚できるほど増える前にマナに変換されていたんだ」
神々や霊獣が黒いマナを体内に取り込みマナへと戻して再び大気へと戻す。その循環が正常に働いていた。
「だけど魔導工学が発展しマナの消費量が飛躍的に増加してしまった。しかも神々がいなくなって黒いマナも霊獣だけでは処理しきれなくなったんだ」
それが魔導工学の衰退を招いた。皮肉にも衰退したおかげでマナの消費量も大きく減少し黒いマナの発生量も減った。
「待って、それじゃ霊獣を殺したら……」
「そう、黒いマナを処理する者がいなくなる」
あまりに重大な情報にリーナは青くなった。
「安心して。国には霊獣狩りを止めるように上申したから」
「それじゃあもう大丈夫なのね?」
リーナはホッと胸を撫で下ろす。
「当面はね」
「早く黒いマナをどうにかできればいいのに」
「だから俺はその方法を探して各地を回っているんだ」
アベルの世界を救おうとする高い志にリーナは改めて自分の幼馴染みを凄いと思った。
「私じゃたいして役に立てないけどアベルのこと応援してる」
「ありがとう……でもリーナじゃないとできないことがあるんだ」
いきなりアベルはリーナの両手を包み込むように握った。
「アベル?」
真剣だった新緑を思わせる瞳に熱がこもりリーナは戸惑った。今までアベルがこんな表情を見せたことはない。
「こんな時だからこそ後悔の無いように言っておきたいんだ」
「う、うん?」
「リーナももう18だろ?」
「え、ええ……」
アベルの手から伝わる温度がどんどん上がる。その熱量に当てられリーナの顔も熱くなる。
「それでリーナが学校を卒業したら……」
鈍感なリーナにもアベルが何を言おうとしているか予想できて、不安と期待に心臓がドキドキと高鳴った。
そして、次にアベルの口から出た言葉はリーナの期待を上回るものだった。
「俺達……結婚しないか?」
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