第6話 蠢動する王家


 月面世界ミナス青き大地ガイアとの交流が途絶えて、ミューゼル王家により統一された。それ以降ミナスは絶対王政が敷かれている。


 現在の執政は第53代国王エドワードが行っている。今も彼は各所で増加する魔獣被害のせいで回されてきた書類と格闘中であった。


 机の上に山積みにされた書類を見上げたエドワードの口からため息が漏れる。


「いくらなんでも魔獣が増え過ぎではないか?」


 エドワードとしてはあらゆる手段を講じてきたつもりだ。


 霊獣さえいなければ魔獣は発生しないはずと、有識者とも相談して十年前に霊獣の狩猟を解禁した。


 ところが魔獣は減少するどこか増える一方。それを境に黒いマナも増加して、場所によっては魔導機関が完全に沈黙。各地の都市がゴーストタウンと化していっている。


「これ以上いったい何をすればよいのだ」


 エドワードは机の上で頭を抱えた。


 魔獣を討伐しても駄目。霊獣を狩っても駄目。黒いマナの研究に援助はしているが未だに成果は上がっていない。


 このままでは月面世界ミナスは破滅へと向かうだろう。


「一番まずいのはミューズに黒いマナが増加して惑星環境改変機関ガイアフォーミングが停止してしまうこと……」


 そうなれば月面世界は終わりである。


 ミナスは大気を失い元の衛星へと戻り、この地に根付いた数千万の命が全て失われるのは明白だ。


「どうして私の御代でこんな難題が巡ってくるんだ」


 多量の仕事と多大な責任にエドワードは押し潰されそうになる。


「陛下、一大事です!」


 そこへ更なる凶報がもたらされた。


 慌てた様子で執務室に飛び込んできたのは魔導工学省の長官カッセルである。エドワードはもう嫌な予感しかしなかった。


惑星環境改変機関ガイアフォーミングの出力が安定しません!」

「ついにか」

「近日中に停止してしまう可能性もあります」


 もっとも恐れていた事態となってしまった。


「いかが致しましょう?」

「いかがも何も、それを調査し対応するのがカッセル君の仕事じゃないかね?」


 だが、報告を受けたからといってエドワードに打開策があるわけでもない。専門家は目の前の魔導工学省の長官の方なのだ。


「君に理解できないことが素人の私に分かるはずないだろう」

「そ、それはそうなのですが」


 ダラダラと流れる汗をハンカチで拭きながらカッセルは挙動不審に目を泳がせる。


「陛下、報告があります!」


 更に追い討ちをかけに王室官房長官ゼーマンが書類を抱えて入室してきた。また何かあるのかとエドワードは逃げ出したい気分になる。


「次から次へと……」

「は?」

「いや何でもない。それで何かね?」


 逃げたいが逃げる場所もなく、エドワードは報告を聞く以外の選択肢は与えられていない。


「はっ、実は昨日地方へ調査を行っていた研究員から調査報告書レポートが提出されたのですが……」


 それはアベルが書いた報告書で、黒いマナと霊獣、黒いマナと魔導機関の関係を綴ったもの。


 簡潔に言えば大気中のマナを魔導機関がエネルギーに変換する際に排泄されるのが黒いマナであり、これを再びマナへと戻すのが神々、霊獣の役割である。


 更に言うと黒いマナ量が増えている地域は大気中のマナが枯渇していることを示す。当然マナで動く魔導機関は作動しなくなるのだ。


「つまり私が推奨した霊獣狩りは逆効果で事態を悪化させていたと?」

「この報告書が正しければそうなります」


 正しいだろうなとエドワードは直感で理解した。確かに霊獣が少なくなってから大量の黒いマナが降り注ぎ、魔獣被害が増加していったのだ。


「これが国民に知れば暴動に……」


 ゼーマンが青くなっているが、エドワードは暴動など恐くもない。と言うよりゼーマンは事態をまったく理解していない。


 暴動の前に惑星環境改変機関ガイアフォーミングが停止し、月面世界の住民は死に絶えるのだ。


「……逃げる」

「「は?」」


 突然のエドワードの逃避宣言にカッセルとゼーマンは意味を測りかねた。


「もう嫌だ。私は逃げるぞ!」


 カッセルとゼーマンは顔を見合わせて微妙な表情になった。エドワードは手にあまる事態に精神をまともに保てなくなりつつある。そうカッセルとゼーマンは思ったのだ。


「逃げると言ったってどこへですか?」


 何故ならゼーマンが訊ねたように、この月面世界全体が死の世界になるのだ。逃げ場などどこにもない。


青き大地ガイアだ」


 だが、エドワードは二人の予想を越えることを言い出した。


「そ、それは不可能です」

「カッセルの言う通りです」


 青き大地と交流が途絶して千年あまりが過ぎている。途絶えた理由は単純に動かせる宇宙船が無くなったからだ。


「大丈夫だ」


 だが、エドワードは自信満々である。


「王城の地下に一隻だけ船があるのだ」

「「何ですって!?」」


 高官の自分達にも教えられていない事実に2人は驚きを隠せない。


「元々、建国時の千年前に王族の脱出用に隠されていた代物だ」

「そんな昔の遺物が正常に動くのですか?」


 カッセルは猜疑の目をエドワードへ向けた。


「おいおいカッセル君、惑星環境改変機関ガイアフォーミングはそれよりもずっと昔の1万年前の魔導機器だぞ」

「いえ、それは1万年前の技術がもっとも進んでいたのとメンテナンスを繰り返してきたからです。さすがにずっと放置されていた宇宙船がまともに動くとは……」


 惑星環境改変機関は完全なオーパーツだ。その技術は千年前の比ではない。果たして千年前の衰退期に建造された宇宙船が使えるかどうか。


「では君は残りたまえ」

「待ってください。魔導技術は私の領分ですよ!」


 だが、他に方法もないし、もし使えるなら置いていかれるのはカッセルとしてもたまらない。慌ててエドワードに詰め寄った。


「ではさっそく整備をしてこい」

「はっ!」

「ゼーマンは搭乗人員の選別だ」

「承りました」


 国民全てを見捨てる最低の判断。だが、その国民は全て死に絶え歴史が残ることはない。もはやエドワードに恐いものはなかった。


「いいか、外部には気取られるなよ」


 問題は情報が外部に漏れて脱出を邪魔されることだけ。


 こうして国民が知らぬ水面下で月面世界脱出計画が動き出したのであった。

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