第4話 滅びゆく世界


 月面世界ミナスの最果て、クレーターの山が見える場所に町がある。いや、あったと言うべきであろう。


 ミナスはしだいに衰退していて、この町も人が住まなくなって久しい。今では名前を思い出せる者もほとんどいないだろう。


 その廃墟と化した町の中央部に未だ荘厳な趣を失わない大きな建物がある。この世界が信仰心を失っていない時代には多くの人が訪れた神を祀り、敬う神殿として多くの信者が訪れた場所。


 その巨人でも出入りできそうな神殿の中から1人の青年が歩み出てきた。


「ここもダメか……」


 深青の髪を掻き上げた青年の口からため息が漏れた。


「何か月面世界ミナスを救う手立てが見つかればと思ったけど」


 新緑を思わせる瞳が翳りを帯びる。


 彼の名はアベル・アルバ。


 絶賛リーナが片想い中の彼は飛び級で院を修了し、若干23才で世界を飛び回る考古学者件探検家であった。


「このままでは近いうちに月面世界ミナスは人の住めない衛星に戻ってしまう」


 今でこそ数多の人が住むミナスだが元は母なる青き大地ガイアの衛星に過ぎず、当然ここは人の住める環境ではなかった。


 1万年前に発展を極めた魔導工学最盛期シデロスジェーノに魔導工学は人々を星の海へと導き、このミナスをただの衛星から居住可能な世界へと改変したのだ。


 だが、その魔導工学も衰退の一途であり、宇宙を渡る技術を失って久しい。もう千年以上ガイアとの往来はなく、ミナスは完全に孤立していた。


「いや、今の衰退の原因が分かっただけでも大きな前進だって思おう」


 見上げれば薄黒い雲が天を覆い、黒い粒子が降り注ぐ。まるで黒い雪が降っているようだった。


「俺の推論通り、この『黒いマナ』と魔導工学には密接な関連がある……」


 この黒い粒子は『黒いマナ』と呼ばれ、これの影響で霊獣達が魔獣へと変わって人々を襲うようになった。


「だから国は霊獣を殲滅しようとしたけど……」


 元の霊獣がいなければ魔獣も出ないという安直な考えだった。


「だけどそれは悪手だ」


 この黒いマナは魔導工学の発展と共に急増した。それはつまり、黒いマナが大気中のマナを使用した後の排ガスのようなものだと示している。


「霊獣はそれを浄化していた……いや、遥か昔は神々がその役目を担っていたんだ」


 太古の昔は魔術などで使用された後の黒いマナを神や霊獣が処理していた。しかし、人口が増え発展した魔導工学により発生した黒いマナの量が許容を超えてしまったのだ。


「それに信仰を失って神々がこの地を去ったのも大きい」


 もともと増えすぎた黒いマナを霊獣達だけで処理しなくてはならなくなり、許容範囲を超えて霊獣は魔獣へと変質した。それがアベルの推測であった。


 皮肉にも魔導工学は衰退し黒いマナの発生量が減少したことで人類は生きながらえている。しかし、昨今の霊獣狩りで霊獣が激減し再び黒いマナが発生し始めたのだ。


「急ぎ戻って霊獣狩りを止めさせないと」


 霊獣を狩れば狩るほど黒いマナは増え、魔獣達がよりいっそう活発化する。


「このまま黒いマナが増えれば魔導機関も動かなくなるかもしれない」


 魔導機関は大気中のマナをエネルギーへと変換する魔導工学の粋である。しかし、黒いマナが大気に満ちれば魔導機関が作動不良を起こす。


 実際、アベルは黒いマナの発生地を巡って魔導具の類が使い物にならなくなった経験をしている。


「魔導機関が動かなくなればミナスの大気を作り出している数々の魔導具も作動不良を起こすだろうし……」


 月面世界ミナスはもともと青き大地ガイアの衛星に過ぎず、人の住める環境になかった。


 魔導工学がもっとも隆盛だった魔導工学最盛期シデロスジェーノに人々は月まで渡り人の住める場所へと変えた。その魔道具群を総称して惑星環境改変機関ガイアフォーミングと呼ぶ。


 それらが動かなくなれば月面世界ミナスは大気を失い元の人の住めない死の星と化す。


「急いで戻らないと」


 アベルは月面世界の首都ミューズの方角へ視線を向けた。


「それに長いこと会ってないしな」


 ミューズには忙しくて会えなくなった可愛い幼馴染みがいる。その愛しい顔を思い浮かべてアベルの胸中に望郷の念が湧いた。


「リーナは元気にしているかな?」

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