第41話:恐怖心
家に帰ったあと晴子をベッドの上に座らせたが、ひらすら暗い表情で無言のままだった。
「なんか飲むか?」
「…………」
「腹は減ってないか?」
「…………」
さっきから話しかけても反応が無い。やはり男に襲われそうになったことがよほどショックだったようだ。
あのくらいのナンパなら1人で対処できる……と思ったけど、晴子は女だ。
こいつも少しずつ変わってきてるからな。女になったことで考え方も変化していってるのかもしれない。
とりあえず今はそっとしておこう――
「――女になってからさ……」
「え?」
晴子はポツリポツリと喋り始めた。
「女になってから……力も弱くなったみたいなんだよな……」
それはそうだろう。男と女では体の作りが違う。
「それでさ、あの男に手をつかまれた時に振りほどこうとしたんだよ。でもそれが出来なかった。女だとこんなにも力が弱くなるんだって痛感したよ……」
「…………」
「同時にさ、男に力ずくでこられたら1人じゃ何も出来ない。そう思った。だからその瞬間、体が震えてすっげぇ怖くなったんだよ……」
やはりか。女だとこういうところで悩むようになるんだな。
「春日が助けに来てくれなかったらどうなってたか……そんな考えたくも無いことで頭がいっぱいになっちゃったんだよ……」
「晴子……」
それでずっとダンマリだったわけか。あれだけ怖い目にあったんだ。無理も無い。
「……うん。話したらちょっとスッキリした。もう大丈夫」
「本当か?」
「本当だって。ああそうだ、助けてくれてサンキューな。マジ感謝してる」
「気にすんなって」
晴子が立ち上がろうとした時、お腹からぐぅ~っと可愛らしい音が鳴った。
「……そういやまだ食ってなかったな」
「なんか作ってくるよ」
「頼む」
「……って忘れてた。冷蔵庫の中ほとんど無いんだった。急いで買物に行ってくるよ」
「そういやそうだったな。んじゃオレも――」
「晴子はジッっとしてろ。まだ本調子じゃないんだろ?」
「……すまん」
そしてすぐに支度を済ませてから外に出た。
……本当に大丈夫なんだろうか。
本人は平気だと言ってたけど、いつもより元気が無かったのは明らかだった。トラウマになってなきゃいいけど……
「ふぁ~~」
翌朝。気だるい欠伸をしながら起床した。今日は学校があるので早起きしなければならない。けれどもアラームが鳴るより10分以上前に起きてしまった。
まぁいいや、起きてしまったものはしょうがない、さっさと起きるか。そう思い、ベッドから降りようとした時だった。
ん? なんだこれ?
すぐ横に、布団が大きく膨らんでいるのを発見する。よく見ると、人サイズまで膨らんでいる。
いや……これは……誰か居る……
急激に目が覚め始める。
………………ってあれ?
前にもこんな展開あったような?
布団をめくると……やはりそこには晴子が居た。
なんで俺と同じベッドで寝てるんだよこいつは。人の気も知らないでスヤスヤ寝やがって。とりあえず起こすか。
「おい晴子。起きろ」
「……ん~」
「おい! さっさと目を覚ませ!」
「んだよ……もうちょっと寝かせろよ……」
「いい加減起きろ!」
晴子は上半身を起こしてから軽くアクビをし、周りを見渡した。そして今どんな状況なのか理解し始めたらしく、苦笑しながらこっちを向いた。
「いやぁ……悪い悪い」
「なんでお前が俺の布団に入り込んでるんだよ。寝る前はそうじゃなかっただろうが」
「あー思い出した。夜中に目が覚めてトイレに行ってたんだよ。んで戻ってきた時に寝ぼけててこっちに移動したっぽい」
「おいおい……」
「今度から気をつけるからさ。許してくれよ」
「まぁいいけど」
少し早いけど朝食を作ってこよう。そう思って部屋から出ようとした時だった。背後から声がしたのだ。
「あっ……」
「ん?」
振り返ると、晴子が何か言いたそうな表情でこっちを見つめていた。
「なんか用か?」
「いや……ごめん、何でもない……」
「……?」
少し気になったが、部屋を出ることにした。
まぁいいや。今はとりあえず朝食を作らねば。
「ふぁ~~」
気だるい欠伸をしながら起床する。今日も学校に行くために早起きをした。
ん?
すぐ横に、布団が大きく膨らんでいるのを発見する。
…………
確認するまでもない。晴子だ。
なんでまたこっちに入り込んでるんだよこいつは……
すぐに叩き起こして理由を聞くことにした。
「お前なぁ……なんで昨日と同じ寝ぼけ方するんだよ……」
「悪い悪い」
「全然そう思ってないだろ」
さすがにこれはワザとしか思えない。いくらなんでも二日連続で同じミスをするのはありえない。
「最初に別々の布団で寝ようって決めたよな? 今さらどうしたんだよ」
「…………」
「晴子?」
「……次から気をつけるからさ、もう許してくれよ」
「お、おう……」
本当にどうしたんだろう。というかなんで俺の布団に入り込んだんだ?
元男だった晴子が、男である俺と密着して寝るのは精神的に嫌だと思うんだけどな。
分からん……
そして学校から帰って部屋に入った時だった。晴子から突然話しかけてきた。
「なぁなぁ。一緒に本屋行かないか?」
「本屋? 1人で行けばいいだろ。俺は少し疲れたしゆっくりしたいんだよ。今日は体育で動き回ったからな」
「頼むよ。今日は新刊の発売日なんだよ」
「だから1人でいけよ。あ、ついでに買物してきてくれ。おかずはお前に任せるから――」
「……お願い。一緒について来てくれよ……」
「……ッ」
本当にどうしたんだ。なんでそんな弱弱しく、脅えたような声なんだよ……
さすがに断るわけにもいかず、一緒に行く事にした。
しかし家から出た途端、すぐに俺の腕に抱きついてきた。
「お、おい。止めろって。歩き難いだろうが」
「…………」
だけど何度言っても離れてくれず、抱きついたままだった。
いっそのこと力ずくで離そうかと思ったときに気付く。晴子の顔が今にも泣きそうなぐらい暗い表情だったのだ。
そうか……やはりまだ怖いのか。外だと俺と離れたくないんだろうな。いつまたナンパされるか分からんからな。
さすがにそんな様子を見て離れろとは言いづらく、結局抱きつかれたまま本屋に向かう事にした。
本屋に到着し、中に入ってから別々に行動することにした。
特に欲しい本もないので雑誌を立ち読みでもしていよう。
そしてしばらくそうしていると、晴子に服を引っ張られた。
「どうした? もう目当ての本は買ったのか?」
「…………あのさ」
「ん?」
「その、これ……買ってきてくれないか?」
そう言って本を差し出してきた。まだレジを通していないのかビニールに包まれたままだった。
「いや、さすがにそれくらい1人でやれよ。なんで俺がやらなきゃならないんだ」
「…………頼むよ」
「だから俺に頼む理由はなんだよ」
晴子はレジにいる店員を指差した。その人を見てハッっと気付く。
男の人がレジを担当しているからだ。
まさか…………
「な、なぁ。もしかして
俺の問いかけに晴子は肯いた。
なんてこった……
晴子のやつ、『男性恐怖症』になってやがる。それも店員すら避けるほどに。そういや店内でも男性客の周辺は避けて通ってた気がする。
一緒に本屋に行こうと言ってきたのはこれのせいだろう。これじゃあ1人で買えないはずだ。
兎に角、今は俺がなんとかしないと。
「分かった。買ってくるから待ってろ」
「……ごめん」
「気にすんな」
無事に本を購入してから店から出る。外に出ると同時に、晴子は再び腕に抱きついてきた。
しかしこれはマズいことになったぞ。やはり男に襲われそうになったことが原因でトラウマになっているんだろう。
けど元男だったくせになんで男性恐怖症なんかになってるんだ。男だったのに男を怖がるってのは変な話だ。
今は女だし、見た目的には間違っては――
…………
ああ、そうか。男だったからだ。
でも俺だって男だ。なぜ俺だけ平気なのか。その理由はなんとなく察しがつく。
晴子は俺の全てを知っているからな。だから平気なんだろう。それこそ文字通り『世界で唯一信頼できる男』という存在が俺ということだ。
だがどうする?
さすがにこのままにしておけない。こういうのは時間が経てば経つほど『根』が深くなるって聞いたことがある。
すぐにでも解決策を見つけなければ……
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