第40話:休日のデート

「なぁ。映画見にいかねーか?」


 部屋でのんびりしていると、晴子がそんなことを言い出した。


「映画って……何見るんだよ?」

「ほらあれだよ『エイリアンVSシャーク』。見てみたいと思ってたじゃねーか」

「あー思い出した。予告見たらなかなか面白そうで気になってたやつか」

「そうそう。今週で終わっちゃうからさ、もう今日ぐらいしか見に行くチャンス無いと思ってさ」

「よく覚えてたな」

「んでどうするよ」


 確かに見てみたいとは思っていた映画だ。こういうのはDVDとかじゃなくて映画館で見たいんだよな。

 今日は特に予定は無いし、行ってみるか。


「よし行くか!」

「そうこなくっちゃ!」


 そして準備をして部屋から出ようとした時だった。晴子はなぜか挙動不審になっていたのだ。


「なにしてんだ晴子。早く着替えろよ」

「えっと……そのさ……」

「?」

「先に行っててくれないか。ちょっと時間かかるからさ」

「はぁ?」


 時間かかる? 

 言ってる意味がよくわからん。


「なんだよそりゃ」

「だから……その……」

「ハッキリしないなぁ。何が言いたいんだよ?」

「と、とにかく! 先に行っててくれよ! 駅で待ち合わせな!」

「お、おい! 押すなよ!」


 そのまま晴子に押され、部屋の外へと追い出されてしまった。

 なんだよあいつは。支度するのがそんなに時間かかるのか?

 いつもは手短に済ませてすぐに終わるくせに。

 まぁいい。とりあえず先に行くか。たしか駅で待ち合わせだったな。




 ………………遅いな。

 駅についてから15分は経とうとしている。でも晴子は一向に現れない。メールを送っても『もう少し待ってて』としか返ってこないし。

 いくらなんでも時間かかりすぎだろう。先に映画見に行こうって言い出したのは晴子の方なんだぞ。それなのにここまで待たせるのはどうなんだ?

 あとで文句言ってやる。


 そんなことを考えていると遠くから声がかかった。


「悪い悪い! 待たせたな!」

「遅いぞ晴子! 一体何分待ったと――」


 振り向いた瞬間、そこに居た晴子を見て固まってしまう。なぜならいつもと違う服装だったからだ。


「そ、その服はどうしたんだ?」

「こ、これも新しく買ったんだよ」


 晴子の着ている服は一言でいえば『女の子用』の服だった。

 可愛らしく落ち着いた感じのブラウス、そしてやや短めのスカート。全体的に派手すぎず地味すぎない服装をしている。正直すごく俺好みだ。

 そして髪型もいつものポニーテールではなく、ロングストレートになっている。

 ジーっと見つめていると不安そうな表情で話しかけてきた。


「……な、なんか言えよ」

「えっ!? い、いや……いつの間に買ったのかなーって……」

「そうじゃないだろ!」


 いきなり怒られた……

 意味分からん。


「だ、だからさ。オレの格好だよ……」


 ……ああ、そういうことか。今の姿を見て感想を言えってことか。

 予想以上に似合っていたのでありのまま本心を言うことにした。


「えっと……すごく可愛いぞ……」

「――っ!!」


 言った瞬間、晴子の顔がみるみるうちに赤くなり、そっぽを向いてしまった。


「あ……う……えと……その……と、とにかく早く行くぞ春日!」

「ちょ……置いてくなよ!」

「うるさい! こっち見るな!」

「はぁ?」


 なんだよあいつは。聞いてきたのは晴子の方だろうに。

 遅くなった原因はオシャレしていたからだろう。やけに気合が入っていたからな。

 というかどうしてあんな服装で来たんだろう。これではまるでデートみたいじゃ――いやいや、落ち着け。相手は晴子だ。それに映画を見に行くだけじゃないか。

 アホなこと考えてないで俺も早く行こう。置いていかれそうだ。




 電車から降りて駅から歩いているが、晴子とすれ違って振り返る人が何人もいた。その気持ちはよく分かる。今のこいつはすごく魅力的だからな。俺だってこんな美人が居たらつい振り返ってしまうだろう。

 それに今の晴子は俺の服ではなく、女の子らしい服を着ているからな。それも相まっていつも以上に注目を浴びている気がする。


 そんなこんなで映画館に到着。

 そしてチケットを買おうとした時だった。チケットカウンターのお姉さんがとんでもないこと言い出したのだ。


「お二人ならカップル料金で購入することが出来ますがどうします?」

「カ、カップル!?」


 確かに今の俺たちはカップルに見えなくはないだろう。でも別にカップルというわけでもない。

 だから通常料金で買おう――


「んじゃそれでお願いします!」

「お、おい! 晴子! 何を勝手に――」

「はい。かしこまりました」


 結局カップル料金でチケットを買ってしまった……

 そして映画館の中に入ろうとして、晴子が嬉しそうにして話しかけてきた。


「なぁ聞いたか? オレらのことカップルだってよ」

「……だからどうした」

「んだよ。ノリ悪いなー」

「つーかなんでカップル料金にしたんだよ!? 普通に買えばよかっただろうが!」

「別にいいじゃんかよ。安くなったんだし」

「だからって……」


 なんとなく騙したみたいで心苦しい。後で怒られたりしないよな……?


「しょうがないな。だったら――」


 そう言って俺の腕に抱きついてきた。同時にやわらかい感触が伝わってくる。


「な、なにしてんだ」

「これならカップルっぽく見えるだろ?」

「わざわざそんなことしなくてもいいっての」

「んー」


 何かを思いついたのか晴子はニヤリと笑った。


「ほらさっさと行くぞ。はる君・・・

「んなっ!? そ、その呼び方はやめろォ!」

「あーそっか、お前は別の呼び方がよかったか」


 そう言ってコホンとセキをし、


「早くいこお兄ちゃん」

「だ、だからやめろって言ってんだろ!!」

「えー、お兄ちゃんひど~い」


 この野郎……卑怯だ!

 こいつは俺の性癖や好みを全て知っているんだぞ。それをいいことに毎回からかいやがって。

 まるで恋愛ゲームの攻略キャラになった気分だ。


「早くしないと席取られちゃうぞお兄ちゃん」

「ちょ……引っ張るなって!」


 ちくしょう。やられっぱなしで悔しい……

 いつか絶対仕返ししてやる。




 映画も見終わり、今は雑談しながら外でブラついている。


「意外と面白かったな『エイリアンVSシャーク』」

「ああ。まさかサメが進化して宇宙にいくとは思わんかった」

「つーかあの終わり方は続編作る気マンマンだろうな」

「続編きたらまた一緒に見ようぜ」

「そうだな。続き気になるし」


 しばらく歩き回ってるとトイレの標識が目に入った。

 そういやトイレ行き忘れてたな。


「悪い。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「あいよ。オレはあの看板の下で待ってるよ」

「わかった」


 そして用を足してから晴子を探しに外に出た。


 んーと確か……おっいたいた。

 遠くのほうに晴子の姿が見えたが様子がおかしい。知らない男と話している。どうやらナンパされてるらしいな。

 一応あいつも美人だしな。しかも今日は可愛らしい服も着ている。そんな人を見かけたらナンパされてもおかしくない。

 まぁ晴子も困ってるみたいだし、助けてやるか。そう思いゆっくりと近づく。


 しかし、遠くから眺めていると――突然男が晴子の腕を掴んだのだ。

 ……これは急いだほうがよさそうだ。




「なぁ。おれと一緒に来いって。絶対楽しませてやるからよぉ」

「うるせぇ! だから行かないっての! さっさと離しやがれ!」

「なかなか気が強い女じゃねーか。実にそそられるねぇ……」

「……ッ!!」

「なーに。悪いようにはしないって。だから暴れるなよ」

「イ、イヤ……」

「ほら、一緒の楽しもうぜ? 後悔させないからさー」

「だ、誰か……たす……け――」


 パシャパシャ


「!?」


 俺はスマホを構えたまま、男と晴子の元へと接近した。


「そこまでにしとけ。嫌がってんだろ」

「な、なんだテメェは!?」

「さっさと晴子から離れろ」

「テメェは関係ねーだろ! すっこんでろ!」


 ……ったく。しつこいな。


「最近は便利な世の中になったもんだよなぁ?」

「はぁ? なに言ってんだコイツは……」

「警察からとあるアプリが配信されてるの知らないのか?」

「だから何なんだよ! 知らねーよ!」


 ふむ。


「俺のスマホにはそのアプリが入っているんだよ。これはな、犯人とかを撮った写真を警察に送ることができるんだ。それからGPSで位置を割り出して、すぐに警官が駆けつけてくれるってわけさ」

「なっ……」

「さてどうする? 1秒もあれば今撮った写真をすぐに送れるぞ? それでめでたくお前は指名手配犯の仲間入りだ」

「……じょ、冗談だよな……?」

「なら試しにやってみるか? まだ使ったこと無いし、いい機会だ」


 それを聞いた男は明らかにうろたえている。


「か、勘弁してくれよ……こんなのただの悪ふざけだろ?」


 ざけんな。明らかに晴子は嫌がってただろうが。


「ならさっさと失せろ!!」

「く、くそっ……」


 そして男は脱兎の如く逃げ出した。

 とりあえず一安心か。


「んなもんねーよ。バーカ」


 男の姿が見えなくなったあとにそうつぶやいた。

 俺がさっき言ったことは嘘八百、つまり完全なデタラメである。とっさの嘘にしては我ながらよく出来たと思う。

 でもスマホで撮ったことは本当だ。これであの男も二度と近づくことはあるまい。

 画像を保存してスマホをしまい、晴子に近づいた。


「おい晴子。あのくらい一人でなんとか出来るだろ。つーかナンパされるなよ」

「…………」

「晴子?」


 うつむいたまま何も喋らず、その場に突っ立っている。


「なぁ聞いてるのか? 何とか言えよ」

「…………」

「どうしたんだ? どこか具合でも――」


 晴子は突然動き、俺に近づく。

 そして――


「ちょ……お、おい!」

「……ッ!」


 そのまま勢いよく抱きつかれる。


「晴子? 一体どうしたんだよ」


 ……もしかして震えてる?


「…………」

「晴子……」


 その後も何度か呼びかけたが返事は無かった。

 結局、家に帰るまで晴子は一言も喋ることは無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る