第28話:ターニングポイント

 あれからどれだけ経過しただろうか。5分か、10分か、20分か……それとも1時間か。その間、ひたすら晴子の頭を優しく撫で続けていた。

 今はベッドの上に移動して座り、壁を背もたれにしている。晴子はずっと俺の胸元に顔をうずめたままだ。

 お互いに一言も喋らずにいた。本当ならば気のきいた言葉をかけてやりたかったが、生憎なにも思いつかなかった。


 こうしている間にも色々と考えていた。

 晴子は今どんな心境なんだろうか。ずっと悩んでいたんだろうか。もしかして俺のことを恨んでいるのではないか。そんな考えがいつまでも頭の中で駆け巡っている。


 今まで楽しんでいたように見えたのは演技だったのか?

 ――いや違う。それは無いだろう。俺がそう感じるのだから間違いないはずだ。

 

 ずっと生理について悩んでいたのか?

 ――そんな風には見えなかった。それならば、一体なぜ今になってこんなに落ち込んでいるのだろうか。

 

 まさか俺のことを恨んでいる?

 ――なぜか否定できない。けれども聞くのが怖い。もし本当に恨んでいたとしたら……いや、止めよう。

 ……考えれば考えるほどネガティブになっていく。

 駄目だ、思考を変えよう。


 そもそもなぜ晴子は現れたのだろうか。晴子は一体何者なんだろうか。

 あまりにも唐突に現れたものだから深く考えていなかったが、そもそも晴子は何処から来たんだ?

 まさか別世界から来たとか……? いわゆるパラレルワールドってやつだ。まぁ本当にそういう世界が存在するということが前提になるけど。つまり“女”の俺が存在する世界からやってきたという説だ。

 ……いや、少し考えたがこれは違うな。何故なら“男”の記憶を持っているからだ。

 本当に“女”である世界から来たのなら、中身も“女”であるはずだ。だけど晴子は明らかに“男”の記憶を持っている。つまりこの説は除外される。


 あとは何だろう。

 ドッベルゲンガー?

 クローン人間?

 宇宙人?

 ……我ながらアホみたいな発想しか出てこなくて泣きそうになる。

 やめやめ。正体が何であろうと晴子は晴子だ。何だっていいじゃないか。

 それよりも元気付ける方法を考えなければ。


 俺はどうすりゃいい?

 何かしてやれることは無いのか?

 晴子――――




「………………くっくっくっ……女の子に初めて抱きつかれた気分はどうだ?」


 ……晴子? 

 突然なにを言い出すのかと思いきや……


「あの……一体何を――」

「だってこんな風に抱かれたことは無かったじゃねーか。小学生の頃、美雪にタックルされたぐらいか?」


 いつの間にか俺のことを見上げている。そしていつものムカつく笑顔。


「お、おい晴子。お前大丈夫なのかよ……」

「何がだ?」

「い、いや……ほら……さっきの……」

「あー……アレね。別に気にしてねーよ」


 んん?

 さっきと明らかに態度が違うぞ?


「大体よぉ。女になった時から覚悟はしてたんだ。今さらビビるかっての」

「そうなのか?」

「ああ。突然のことに少し驚いてただけだよ」


 本当にそうなのか?

 あの落ち込みようは〝少し〟じゃ済まされないと思うんだが……


「ま、だからさ。気にすんな」

「お、おう……」


 俺から離れた晴子はベッドから降り、そのままドアへと向かって行った。


「さっさとメシにしようぜ。春日が作ってくれるんだろ?」

「えっ……あ、うん」

「んじゃ下で待ってるから。お前も早く来いよ」


 そう言い残し、部屋から出て行った。


 まったく……強がってるのがバレバレだっての。

 抱きついてたときは手が震えてたくせによ……

 本当に大丈夫なんだろうか。出来る限りのことはしてやりたいと思うが、今の俺には何も出来そうにない。とりあえずしばらくの間は優しくしてやろう。

 それよりも朝食にしよう。そう思い部屋から出ることにした。



 ――この日を境に、『ノイズ』は急激に増えていった……

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