第27話:女になるということ

 明日は日曜日。待ちに待った美雪とのデートする日である。

 この日をどれだけ待ち望んだことか。


「……やけに機嫌がいいな」


 浮かれていたら、晴子がテンションの低い声で話しかけてきた。


「そりゃそうだろ。明日はデートだぜ? いやぁ楽しみだなぁ!」

「……そっか」

「なぁなぁ。この格好で大丈夫かな!? 美雪に変だと思われないかな!?」


 今はデートに行く服装にしている。準備はしっかりしておかないとな。


「……いいんじゃないの」

「だよな! 苦労して選んだ甲斐があったぜ!」


 俺が何時間もかけて選び、奮発して買った服だ。

 これなら美雪にも意識してもらえるかもしれない。あわよくばそのまま――なんてな!


「早く明日にならねーかな!」

「……だったら早く寝たらどうだ?」

「そうするか! でも興奮して眠れないんだよな!」

「明かり消せばそのうち眠くなるだろ」

「そうだな……んじゃそうするか!」


 それにしても晴子のやつ……やけに元気ないな。んー……

 まぁいいか。それより明日のデートだ。気合入れていかないとな。


「……ま。がんばれよ」

「おう!」


 パジャマに着替え、明かりを消そうとしたときだった。スマホが震えたのである。手に取り確認すると、美雪からのメールだった。

 そして内容を確認し――


「んなっ!? マジかよ……」

「……どうした?」


 そんな馬鹿な……なんてこった……


「おーい?」

「……明日のデート…………中止になった」


 美雪からのメールは、デートの中止を伝える内容だった。

 ちくしょう……楽しみにしていたのに……


「…………ほう。ふーん。へぇ! そっかそっかぁ!」


 な、なんだこいつ。急に元気になったぞ。

 そして何故か近づいてきた。


「いやぁ残念だったねぇ! 愛しの美雪とのデートが中止になってさぁ!」

「なんでそんな嬉しそうなんだよ……」

「べっつにぃ? ただ可哀相だと思ってな! 慰めようとしただけだって!」


 この野郎……ここぞとばかりに煽ってきやがる。

 それにしてもムカつく笑顔だ。女じゃなかったらぶん殴ってるところだ。


「あ、そうだ! なんなら代わりにオレとデートするか?」

「お前とはもう行っただろ」

「いやいや。遠慮するなよー。慰めてやるからさぁ!」

「してねーよ! ええい! 引っ付こうとするんじゃねぇ!」


 こいつ何で急にテンション上がったんだよ……

 さっきとは立場が逆になった気分だ。


「はぁ……」

「そう落ち込むなって。何なら添い寝してやるからさ」

「いらん!!」


 くそぉ……イキイキしやがって。


「そんで? なんで中止になったんだよ」

「美雪が風邪ひいたんだってさ。今は寝込んでいるらしい」

「なるほど。もしかして春日の風邪が移ったんじゃねーの?」

「なっ……そ、それは無いだろ! それなり日が経ってるはずだし……」


 というかそれだけは無いと信じたい。


「ところで明日はどこ行くよ?」

「だから行かねーよ!」


 駄目だ。何言ってもこいつに弄られる。

 今は完全にペースを掴まれてる。構ったら晴子が喜ぶだけだ。もう寝よう。


 それにしても本当に残念だ……

 はぁ……


「んじゃ。映画でも見に行くか?」

「…………」


 無視無視。

 すぐに明かりを消し、布団をかぶり、目を閉じた。


 だがこの時、明日は強く記憶残るであろう日になるなんて、思いもよらなかった。


 それはあまりにも衝撃的で……



 俺と晴子の違いを決定付けるものだったからだ――




 翌朝。いつものように朝食を作る。

 本当ならばこの後にデートの準備をするはずだったんだけど……キャンセルになってしまったので予定がぽっかり空いてしまった。

 美雪のお見舞いに行きたくても、メールには“移すと悪いから来なくて大丈夫”という感じで追記されていたので、行きたくても行けなかった。

 仕方ないので二度寝することにしよう。

 晴れない気分で部屋まで戻り、布団に入った


 すぐに眠気が襲い、そのまま意識が遠のき――




「う、うわあああああああああああ!」

「――!?」


 突然、晴子の悲鳴が響いたので飛び起きる。


「おいどうした!? 晴……子……」

「…………」


 隣の布団に居た晴子に視線を移し、言葉を失った。

 何故ならば――


「お、おい……それってまさか……」

「あ、ああ……」


 ズボンの股間部分には、血で真っ赤に染まっていたからだ。

 一瞬驚いたが、晴子が女であることを考えるとすぐに冷静になった。

 股間から出血する現象について、ある一つの可能性を思い浮かべたからだ。


 女にあって、男にはない現象。

 そう――


 生理だ。


 とりあえず布団のシーツを取り替えよう。このままでは染みになってしまう。


「後始末は俺がやるから、晴子は風呂場行ってこい」

「…………」

「晴子?」


 ……晴子の様子がおかしい。

 血で染まってる部分を凝視し、まるで信じられない物を見たような表情をしている。


「おい晴子。聞いてんのか」

「…………」


 どうしたんだこいつは……

 肩を揺さぶっても反応がない。


「おい! 晴子!」

「………………あ、ああ。なんだ……?」

「なんだじゃねーよ。後始末は俺がやっとくから。お前はシャワー浴びて来いって」

「わ、わかった」


 晴子はゆっくりと立ち上がろうとし――よろける。


「――っと」


 転びそうになったところにギリギリ手を伸ばし、晴子の体を支える。


「おい大丈夫かよ」

「わ、悪い……風呂場まで肩貸してくれないか……」

「あ、ああ……」


 さすがにフラついたままだと、階段から転げ落ちそうになると思い、肩を貸しながら風呂場まで一緒に着いていくことにした。

 晴子を風呂場まで送った後、急いで部屋に戻り、作業を始めた。


 しかし、どうしたんだあいつは。あの驚く様は普通じゃなかった。

 一応、女なんだから既に経験済みだと思ったんだけど……もしかして一度もなったことが無いのか?

 それならあの態度にも納得できるが……


 兎に角、今は作業に集中しよう。




 遅い。もう30分は経とうとしてる。

 既にシーツは取り換え終わっている。けれども晴子が一向に帰ってこないのだ。

 シャワー浴びるだけのに、さすがに遅すぎる。


 様子を見に行こうとした時だった。ドアが開いたのだ。

 そこにはうつむいたまま、暗い表情をした晴子が居た。


「……遅かったじゃないか」

「…………」


 やはり様子が変だ。ここまで落ち込んでいる晴子は初めて見る。

 さっきのアレが余程ショックだったのだろうか。


「大丈夫なのか?」

「…………」

「とりあえずシーツは換えといたから安心しろよ」

「…………」


 さっきからダンマリだな……

 空気が重い。


「あー……メシでも食うか? そういや朝食はまだだったしな」

「…………」

「俺が作ってやるから晴子は――」


 開けたドアの前に居た晴子が、ゆっくりと動き出した。

 そのまま近づき、そして――


「お、おいっ!?」

「――ッ!」


 目の前まで来たと同時に抱きつかれ、胸元に顔をうずめ始めた。


「晴子……」


 そんな晴子に対し、俺は優しく頭を撫でることしか出来なかった。


 晴子は俺の記憶全て持っている。だから考えてることは大体分かってしまう……はずだった。

 しかし日が経つにつれ、徐々に分からなくなっていったのだ。

 それはまるで『ノイズ』が混じったかのようだった。

 ノイズは段々と大きくなり、もはや大半のことは漠然としたままだった。


 そして今の晴子の心境も、俺には察することが出来なかった。




 なぁ晴子。お前なんで女なんだよ。


 男のままだったら、そんな思いしなくて済んだだろうに。


 晴子が現れてからさ、本当の兄妹ができたみたいで結構楽しかったんだぜ?


 もし男のままだったら、もっと楽しく過ごせただろうに。


 そしたら有名になれるかもな。双子以上の関係だもんな。

 もしかしたらテレビにも出れるかもしれない。


 とまぁ……こんな感じでさ、互いにアホなこと語り合ったり出来たかもしれないのに。



 なぁ晴子。これでも感謝してるんだぜ?


 美雪に言われたよ。前までの俺は暗かったってさ。

 でも晴子のお陰で元気を取り戻せたんだと思うぞ。


 だからさ……そんな落ち込まないでくれよ……


 お前が暗くなってどうするんだよ……



 なぁ……


 俺の分身ともいえる人が――




 もう1人の自分が女だったらどうすればいいんだよ……

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