第25話:文化祭②

 文化祭もはじまり、徐々に一般の人たちが見え始める。

 メイド喫茶も最初は客が殆ど居なかったが、少しずつ増えている。満席になるのも時間の問題だろう。これも晴子のお陰と言ってもいい。

 客が教室内を覗き込み、入ると決心したのは、メイド姿の晴子を見たからだろうと推察したからだ。


 他の女子も何人かメイド姿になっているが、やはり晴子だけひと際目立っている。それだけ晴子の姿は魅力的なのだ。

 当の本人はまだメイド服に慣れていないらしく、少し動きがぎこちない。しかしそんな不慣れな動きも目の保養になっているのか、客たちも満足気に眺めていた。




「……なんでお前がここに居るんだよ」

「なんでって……俺は客だぞ?」


 そして俺は席に座り、晴子を指名して呼び出しだのだ。


「それより初めてメイド服を着た気分はどうだ?」

「……うっせーよ」


 微かに頬を染めている表情もいいな。


「つーかオレに何の用――」

「『オレ』だぁ? メイドがそんな口調でいいのかなー?」

「んなっ――!?」

「ここはメイド喫茶なんだから、メイドっぽく振舞わないと駄目じゃないか」

「こ、この野郎……!」


 ……やっべ。これ予想以上に面白いな。

 いつもは晴子にやられっぱなしだったからな。今日はトコトン楽しませてもらうぜ!


「ほれ。どうした? 真面目にやらんと服返さねーぞ?」

「…………ッ!」


 しばらく悩んだような表情をしていたが……深呼吸してから口を開いた。


「わ、私に何の用ですか?」


 少し顔が引きつっているが……まぁいいか。


「客として来たからな。普通に注文しようと思っただけだ」

「で、ではご注文をどうぞ……」


 んーそうだな……

 やはり定番のアレでいこう。


「じゃあスマイルくれ!」

「くたばれでございます」


 チッ。駄目か。

 しょうがない。普通に頼もう。

 少し迷ったが、オムライスを注文することにした。




 数分後。

 オムライスを持ってきた晴子は、乱暴にテーブルの上に置いた。

 すぐに立ち去ろうとするが……まだ用は済んでいない。


「あっ。ちょっと待ってくれ」

「……何か?」


 ギロリと睨まれた。意外と怖い。


「アレやってくれよ。ケチャップで文字書くやつ」

「そんなサービスねーよ!!」

「口調口調」

「……その様なサービスはございません」


 うん知ってる。やる予定無かったし。

 だが少しぐらい優遇してくれてもいいだろう。


「別にいいじゃんかよ。それとも服返してほしくないのか~?」

「…………くそぉ!」

「ほら」


 テーブルに置かれていたケチャップの容器を手渡そうとする。晴子はそれを引ったくり、蓋を開けてオムライスの上に垂らし始めた。

 数秒後。完成したらしく、叩きつけるように容器を置いた。


 さっそく覗き込んでみる。

 するとオムライスの上には、汚い文字で『死ね』と書かれていた。

 うむ。愛情たっぷりだ。

 しかし何か物足りないな……


「そうだ。ついでにアレもやってくれよ」

「アレ?」

「前にテレビで見たことあるじゃん。アレだよ。アレ」

「…………? ま、まさか……」


 さすが晴子。すぐに気付いたようだ。

 そして気付くと同時に、徐々に晴子の顔が青ざめていくのが分かる。


「じょ、冗談だよな……?」

「いい機会だし。やってくれよ~」

「で、でも……ここだと皆見てるし……」

「んじゃ、帰りはその格好でいいんだな?」

「ぐぬぬ……」


 あー楽しい。すごく楽しい。至福の時間だ。

 服を人質に取ってる限り、ずっと遊べるな。

 晴子にしてみればかなりの屈辱だろう。そう思うと笑いが止まらない。もっとも顔には出さないけど。

 いつも俺のことをからかう時も、こんな気持ちだったんだろうな。だから今日は少しぐらい仕返しても許されるはずだ。


 覚悟を決めたらしく、俺のすぐ横に立った。


 そして両手でハートマークを作り――


「おいしくなぁ~れ♪ もえもえきゅん♪」

「……………………ぶはっ!」


 い、いかん……耐え切れずに吹き出してしまった。

 確かに俺が言った“アレ”とはこのセリフのことだけど……まさかポーズまで真似してくれるとは思わなかった。

 しかも猫なで声でやってくれるとは予想外。並大抵の男ならこれでイチコロだろう。


 本人もやりすぎたと思ったらしく、顔を赤くしてプルプルと震えている。

 いいもん見れたし、このくらいにしとくか。


「混雑してきたし、もう戻っていいぞ」

「…………オボエテロヨ……コノヤロウ……」


 晴子は呪詛みたいなセリフを吐いた後、接客へと戻っていった。

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