ep18.収穫祭2

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 獣の日 pm04:00


――アルテスタ 自由市場(収穫祭)


 アニマの作品を観ている観客を押し退けるように痩せ男と取り巻きたちが彼の作品へ詰め寄っていく。一人ではないからか、以前よりも随分と強気だ。

 ここで少し意外だったのはアイツの前に立って足を止めたのはアニマだった。



 へぇ……てっきりラメンタが出て来るかと思ったよ。

 アニマ、変ったね……いや、違うか、元に戻ったんだね。



「なんだぁ? 絵で評価されないから今度はワケの分からない箱を作ったのか? 

お前のやってることは画家じゃないだろう?」


「そうだな、オレもこれは絵画ではないと思う。

でもな、外国の文芸をモチーフにして、物語に沿うように音楽家が編曲して、それを技術者がオレの絵と合わせてくれた作品……新しい芸術品なんだよ」


「はんっ! そんなもん屁理屈だろう! 収穫祭は芸術を愛でる祭りだ、発明品は展示に値しない!」


「それを決めるのはお前じゃない。観てくれる人が決めるものだ」


 堂々と主張するアニマに観客からも『そうだ』と同調する者も出始めた。

 それが気に障ったのかエラトは遂に取り巻きたちにアニマの作品を撤去するするように指示を出す。



 随分短気だね……実力行使なんて後々問題になるって考え至らないの?

 もしかすると、それすら揉消せるのかもしれないけどさ……

 でも、そんなことさせるワケないでしょ。



「オーリ、撃っていいよ。奥の人から狙って」


 無線でオーリに射撃の指示を送る。

 麻酔銃は命中してすぐにバタンと倒れるワケじゃない。

 少しづつ昏倒するように倒れるんだ。

 だから早めに撃っておくに必要がある。



 奥に三人、エラトの近くに奴を護るように二人。

 僕はアニマに一番近い取り巻きをオーリに任せて、近くの二人を狙う。

 パスッっと空気が抜ける音と共に小型の注射筒が発射され、取り巻きたちの脚に命中した。

 当然、何かが刺さる感覚はあるので奴らは振り向くが、身を屈めた僕を見つけることはできない。



 こんなときはちっちゃい身体で良かったって思うよね。

 さて、あと1分もすればちょっとづつ意識が朦朧とするはず。

 次は時間稼ぎだけど……あ、いいこと閃いた!



 隠れていた人影から飛び出し、大きく息を吸う。

 そして観客にも聞こえるよう出来るだけ大きく、かつ芝居がかった口調で声を張った。



「さぁ! ヒロインに想いを寄せるティボルトはこうして決闘を申し込む!」


 いきなりのことでアニマもエラトも呆気に取られている。

 それでもお構いなしに僕は続けた。



「ティボルトは主人公の親友を殺めた仇敵! 

しかし! 彼は今それどころではない! ヒロインの元へ向かわなければ!」


 この騒動に便乗して、物語のワンシーンにしてしまえばいい。

 アニマに難癖をつけるエラト、あの場面のシチュエーションに似ている。

 物語の悲劇を加速させるきっかけの所謂いわゆる見せ場、丁度いいじゃないか。

 時間稼ぎも出来て、騒動も有耶無耶にできる。


 我に返ったエラトが喚きだすがもう遅い、何故ならもうすぐ1分経つだから。



「何を言っている! お前、以前にも難癖をつけてきた女だな!」


「ダメですよ~エラトさん、台本通りやってくださいよ~。

ティボルトはここで倒れることになってるじゃないですか~」


 大仰に耳打ちをする仕草でエラトが演技を間違ったように茶化す。

 もちろん馬鹿にしているので、痩せ男のこけた頬は赤くなっていく。

 しかし次の瞬間、怒りに満ちた表情は困惑の顔へと変わる。



「おい! ろうひた(どうした)!?」


 オーリが先に撃った取り巻きがバタバタと倒れていく。

 少しの間を置いて僕が撃った二人も昏倒した。



(呂律回ってないね、次はお前の番だよ?)


 今度は本当にエラトに耳打ちする。

 僕は飛び出す前にこいつも撃っていたんだ。


 気絶したエラトを嫌々抱きかかえ、ゆっくりとその場に寝かせ観客へ一礼する。



「突然のことでお騒がせ致しました! 

彼、エラト氏はあちらの作品の作者であるアニマートの画家仲間でございます。

この度は彼への応援で作品の一幕を演じてくださいましたが……どうやら演技に熱が入り過ぎて本当に倒れてしまったようですね」


 かなり無理のあることは分かってる、それでもこのまま押し切きるんだ。

 倒れたエラトや取り巻きをズリズリと引きずりながら観客へ向けて続けて話す。



「この決闘は悲劇のかけ違いが起きてしまう重要な場面でございます。

さぁ、物語の結末はどうぞ、あちらの作品にてご鑑賞ください!」


 言い切った後も観客はざわついていた。

 しかし、ラメンタが拍手が流れを変えるきっかけとなった。

 釣られて一人、また一人と広がり、やがて喝采になっていく。


 最終的にこの騒動が茶番だったと観客も納得したようだ。

 その後は邪魔が入ることはなく、アニマの作品は鑑賞の順番待ちができるほどだった。

 力ずくで作品を撤去されそうになったときは少し焦ったけれど、収穫祭は成功と言って良いだろう。



 僕はと言うと、騒動の後に増えた観客のせいで夜まで鍋を振り続けることになった……



「ポップコーンメーカー、造っとけば良かった……」



 二の腕パンパンだよ……almA。

 僕が浮かぶ多面体の手甲形態ガントレットシェイプを使えば良かった気づくのは収穫祭が終わった後だった。

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