閑話.ブラン家の職業体験

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 海の日 pm01:00


――時間は少し遡り、『小さな劇場』完成5日前……



「本当にごめんね、もう収穫祭まで時間がないのに……」


「いいさ、丁度絵具の乾燥待ちだ。それに気分も変えられれる」


 アトリエで変わらずカンバスに向かうアニマは僕の頼みに快く応えてくれた。

 髪で隠れた隙間から優しく細めた目が覗く。


 アニマへの頼み事……それは子供たちに絵を教えて欲しい。

 一種の職業体験みたいなものだ。


 収穫祭への追い込み準備で僕はミスを犯した。

 あまりにもせわししなくあちこちに飛び回り過ぎて子供たちを疎かにしてしまった。

 寂しさの限界を超えるとこの子たちは癇癪気味になってしまうんだ。

 リム=パステルでも経験したのに、またやってしまうとは本当に情けない……



「お母さんは大変だね~、でもどうして先輩に絵を習うの?」


「あはは……この子たちに何でもお願い聞いてあげるから許してって謝ったら、『絵を描きたい』って言われてさ。

僕は絵のことは分からないし、アニマを頼るしかなかったんだ」


 いつも通りアトリエに通っているラメンタがケラケラと笑う。



「そっか~、音楽ならいつでもアタシちゃんを頼ってね!!」


「あー……それなんだけどさ……」


 僕の後ろからバイオリンを持ったルベラさんがモジモジと現れる。

 彼女はラメンタに音楽を教わりたかったらしい。

 子供たちが絵を習うと聞いて、ついでに頼んでくれないかとお願いされたんだ。



「え? ルベラちゃん、バイオリンに興味あったの!? 言ってよ~!」


「うん、バイオリンもミーツェさんに買ってもらったんだべ」


「もし良かったらお願いできないかな?」


「もちろんだよ~! メルたんも一緒にやる? アタシちゃんの貸してあげる~」


 それも良いかも。

 子供たちが絵を描いてる間、アトリエから離れられないし、僕も楽器に興味あるしね。


 こうして子供たちはアニマに絵を、僕たちはラメンタに音楽を習うことになった。

 普段静かなアトリエで賑やかな午後は過ぎていく。

 木炭で鼻の頭や頬を黒くする子供たちを見守りながらバイオリンの弓を構える。


 そして……




 ――ギギギギ……



 弓を引いても悲しいくらい音が鳴らない……



「メルたん……ちょっとビビり過ぎかなぁ……」


「はい……」


 そりゃそうだよ。

 ラメンタのバイオリンってアニマから貰った宝物でしょ?

 そんなの壊したらどうしようっておっかなびっくりにもなるって……


 隣からは少しブレながらも4弦の解放音が響く。

 ルベラさんはもう音を鳴らせている、手先が器用で大変羨ましい。

 編成の力のうりょくを使えば僕だってきっと上手く弾けるだろう。

 でもそれは何だか負けた気がするのでしたくはない。


 絶対に自分の力で弾けるようになってやるんだ!!

 そう意気込んだのも束の間……


「先ずは姿勢から! こうっ!!」


「あぐあっ……!」


 ボキッと音が鳴りそうな勢いで曲がった背中を正される。

 意外なことにラメンタはスパルタだった。

 でもその指摘は的を射ていて、ポンコツだった僕でも数時間経つころには簡単な弦を移動するスケールくらいは弾けるようになっていた。



「バイオリンって難しいけど楽しいね、僕、弦楽器ってやっぱり好きだよ」


「だね~、管楽器の音も素敵だけど、アタシちゃんも弦楽器が好きかな~」


 マラソンを走り切ったような達成感と共に、かいてもいない額の汗を拭う。

 集中し過ぎて、途中からまた子供たちから目を離してしまったが、二人とも楽しそうにカンバスにちょんちょんと筆を置いている。

 木炭に加えて絵具まで頬につけながら無邪気に笑う子供たちは天使のように可愛らしい。


 そこでふと思った、アニマが見たことのない顔をしている。



「アニマってさ、すっごく優しく教えてくれるんだね。なんかイメージが逆だなぁ」


「先輩って結構子供好きなんだよ? 昔は題材探しのときにチビちゃんたちと遊んでたし」


「へぇ~意外。あ、ラメンタが厳しく教えるのも意外だったよ?」


 スパルタ教師を少しだけ茶化しながら、今度こそ子供たちを見守った。

 一つの絵に阿吽の呼吸で色を置いている、双子だからできる芸当なのだろうか?

 そうして、窓から差し込む光が赤みを帯びたころ、二人の元気な声がアトリエに響く。



「「できたー!!」」


「凄いじゃないか~! 良い出来だ! 二人とも上手だったよ!」


「先輩、キャラ変わってるっすよ?」


 ニヒヒと笑うラメンタの反応にハッとしてアニマは咳払う。

 次に僕を見て悪戯な笑みを浮かべた。



「出来が良いのは本当だ。ミーツェ、見てみろ」


 促されてカンバスを覗く。

 二人が一生懸命に描いたその絵に僕の目は熱くなった。

 僕に、ティスに、オーリにヴィー、それに亡くなった二人の両親が描かれている。

 背景も恐らくツーク村の子供たちの実家。

 解釈はそれぞれかもしれないけれど……二人の本当の両親に並べてもらえるくらいに家族として想ってくれている、僕はそう解釈した。



「……すごく良い絵だね、僕、とっても気に入っちゃったよ!」


 胸に力を込めて泣いてしまうのを我慢しながら、『へへへ』と笑う子供たちの頭を撫でる。


 大好きだよ、オーリ。

 大好きだよ、ヴィー。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――同日 メルミーツェの拠点


「3点ね……」


「は? いくらティスでも怒るよ? 取り消して……!」


 拠点に戻り、さっそく二人の絵を飾ろうと額縁に入れる。

 しかし直後にティスがとんでもない事を言った。

 何点満点か知らないけど、こんな素敵な絵が3点なんてバカ言わないで欲しい。

 たとえティスでも今の言葉は許せない。



「いや、絵は素敵よ? あたしが言ってるのは額縁よ」


「……なんで? いいじゃん」


 素敵な絵を彩ることの何がいけないんだろう?



「派手過ぎるのよ!! 何このピカピカの金縁!? 絵より目立ってるじゃない!!」


「そんなことないよ、ねぇ……――」


 子供たちに同意を求めて振り返り気づいてしまった。

 僕を見つめる二人も微妙な表情であることに……

 一番値段の高い額縁を買って帰ったけれど、どうやら間違いだったようだ。



「……明日、買い直してきます」



 はは……美的センス、なかったみたいだよalmA。

 僕は浮かぶ多面体に泣きつきたい気持ちをグッと堪えて額縁から絵を取り出した。

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