ep16.小さな劇場2

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 星の日 pm03:10


――アルテスタ 『ラ・マガザン・ド・ブラン』


 アニマは新たに展示スペースに合った絵を描き直すと言った。

 彼の絵は素晴らしいものだと僕もラメンタも知っている。

 しかし、展示する場所が悪い、文芸を好む者たちが絵画を観てくれるだろうか?

 それはアニマ自身も懸念してるようだ。



「新しい絵をどうするか考えないとな、時間がない」


「アタシちゃんたちも協力するっすよ!」


「もちろん僕も手伝うよ。”三人寄れば文殊の知恵”、きっと良い案が出るよ」


「もんじゅー? 何それ?」


「僕の故郷の呪文だよ」


 コトワザ、と言っても伝わるか怪しいので適当に流してしまって申し訳ない。

 しかし協力すれば良い結果が得られるはずだ。

 店のカウンター前で僕たち三人はうんうんと唸りながらもアイデアを出し合う。



「あっ! 今描いてる絵を小さく描き直すんじゃダメなんすか?」


 確かに、そのままスケールダウンさせるのは悪い手じゃない気がする。


「いや、それだと細部が小さくなり過ぎて何を描いてるか分からなくなる」


 そうなんだ……

 新しくて、目立つ方法……あっ!!


「縦に伸ばすのは!?」


「縦……か、となると空や背の高い建物に題材が限定されるな。

それもアリだけど、長尺のカンバスをどう支えるか、どこで描くかも課題になるな……」


 確かに……良い案だと思ったんだけどなぁ……

 支えは作れても室内で描き上げられないよねぇ……


 形を以て奇をてらう方法がダメとなると、残るは内容になる。

 だけど、そもそもアニマの絵は革新的だ。

 これ以上、新しい要素なんて加えられるのか……

 そんなことを考えていたが、ラメンタが呟いた一言がブレイクスルーになった。



「う~ん……展示の絵って1枚じゃないとダメなんすか?」


 ……そうだよ、複数の絵が切り替わるなんて珍しいんじゃないか?


「いや、そんなことはないけど、場所が……――」


「本をめくるみたいに絵が切り替わるのはどうっ!?」


 紙芝居のように絵にストーリー性を持たせて次々に変えていく。

 展示場所も文芸のエリア、物語との相性は良いはずだ。

 見たままの風景を描くことに重きを置くアニマだけど、今回は彼の反応も悪くない。

 元々、アニマは絵をシリーズ化する傾向があるとラメンタも言っていた。



「なら次はどうやって絵をめくるか、だよね~」


「スフェンに相談してみるよ、ちょっと心当たりがあるんだ」


「読み物のように表現するならば元になる物語が必要だな」


「う~ん……僕の故郷の物語で良ければ幾つか話そうか?」


 …

 ……

 ………

 …………


 僕は若干記憶が怪しい前世の物語を二人に語った。

 それは古典的な物語から現代のサブカルチャーまで。

 幸いアニマの琴線に触れる物語もあったようで、さっそく描き始めると言ってアトリエに籠ってしまった。


 ラメンタに至っては途中からただ物語を聞きたいだけになっていた気がする。

 語っているうちにすっかり日も暮れてしまったので今日はもう解散だ。

 船へ戻ったらさっそく、スフェンとアレを作ろう。

 ラメンタの協力も必要だ、それにしても……



「……どの世界でも、恋愛の物語は刺さるもんなんだねぇ」


 アニマとラメンタ、どちらにも気に入られた物語。

 それは劇作家シェイクスピアの悲恋の名作。

 四大悲劇の物語ではなく、対立した家同士の子息・令嬢の許されざる恋の方。


 ラメンタなんかボロボロ泣いてたよ。

 うろ覚えで適当に語ってしまって申し訳なくなっちゃった……


 でも二人が喜劇ではなく悲劇を選ぶのは意外だったな。

 そんなことを考えながら僕は日の落ちを道を船へと急いだ。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――約3週間後 収穫祭前夜



「絵はここにセットして……」


「メルたん! 早く!早く……!」


 展示品の方向性が決まったあの日の翌日から僕たちは別々に作業を始めた。

 アニマは言うまでもなく絵を描き進め。

 ラメンタは物語に合う楽曲のアレンジと譜面起こし。

 僕はスフェンと装置造り。

 そうして出来上がったモノが今、ラメンタが僕に早く見せろと急かすモノ。



「もう何回も観たでしょ?」


「絵と一緒には観てないもん! 先輩も観たいっすよね!?」


「あぁ、そうだな。正直オレも楽しみにしてたんだ」


 アトリエにイスを並べ、アニマ、ラメンタ、それに僕の家族にスフェン姉弟、全員で出来上がった装置でアニマの作品を鑑賞する。


 僕たちが作ったモノ。

 それを言葉にするのであれば、『小さな劇場』。


 セットした順に一定間隔で絵が切り替わり、オルゴールの音が常に流れる。

 オルゴールのシリンダーの回転に連動して、字幕のように物語を絵画の下部に流す。

 演者の代わりに絵画を、台詞の代わりに文字を、オーケストラの代わりに琴の音を。

 悲恋の物語を演目にする、まさに小さな劇場。


 しかし、ここまでストーリー性が出せるとは思っていなかった、何故なら……



「まさか本当に宣言通り8枚も描き上げるなんて思わなかったよ」


「絵が乾くまでに次が描けたからな」


「頭の中どうなってるの……?」


 枚数が多いほど、シーンが増えて物語が躍動する。

 とは言え、複数の絵を短期間に何枚も平行して描いたら普通は混乱すると思う。

 それをやってのけ、イスに座ってさも当然と言い放つアニマには苦笑いするしかなかった。



「先輩! アタシちゃんもルベラちゃんと頑張ったんすよ~!」


「ウチはほとんど鉄を削っただけだべ。ラメたんが頑張ったんよ」


 いつの間にか愛称で呼び合うほどに仲が良くなった彼女たちは僕とスフェンが歯車と格闘している間に、オルゴールの櫛歯くしば(音のなる振動板)とシリンダーを作ってくれた。

 ラメンタの音感と霊鉱精ドワーフの技術が噛み合った傑作オルゴールだ。



「むぅ……ボクも頑張ったんだよぅ……」


「そうだね、スフェンが一番頑張ったって僕は知ってるよ」


 少し拗ねたスフェンを撫で宥めたが、”一番頑張った”は本当だ。

 何故なら僕の造りたいモノの説明とオルゴールの実物を見せただけで、図面を起こし始め、小さな試作機を造ってしまったのだから。

 動力こそアストライト(=魔石)製で拠点の力僕のちからで造ったけれど、それ以外はスフェンが造ったと言っても良い。



 思えば、アニマにラメンタ、それにスフェン、この場に天才が三人もいるよ……

 僕だって借り物だけど編成の力のうりょくでそこそこ博学なんだよ?


 誰に訴えているのか分からないことを内心で訴えながら、『小さな劇場』に動力を繋いでモーターを回す。

 涼しげで美しいオルゴールの音が鳴り、鮮やかな絵画が舞台へとせり上がる。

 子供たちもパチパチと拍手をして流れる物語に釘付けだ。

 ただ、思えば内容が少しセンシティブだ、後でこの子たちに質問されたときの返しを今から考えないといけない……



 ま、まぁ名作に触れるのは情操教育に良い……はず……?



 とにかく、これで収穫祭の作品は完成。

 お披露目が今から楽しみだ。



 今回もド肝を抜いてやろうねalmA。

 僕は浮かぶ多面体に両肘をついて子供みたいに体を揺らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る