ep15.小さな劇場1
■後神暦 1325年 / 冬の月 / 星の日 am11:50
――アルテスタ 『ラ・マガザン・ド・ブラン』
店を開いてもう3週間が経つ、早いものだ。
アニマも本当の意味での自分のアトリエを持ったことで、創作意欲に満ちている。
時折出かけては頭の中で構図を補完し、アトリエで描き上げ画廊へ持っていく。
今回でもう3枚目。
通い妻の如く、アトリエに毎日来ているラメンラと一緒にアニマを見送り、今は店のカウンターで彼女と雑談をしている。
「ねぇラメンタ、絵ってさ、普通もっと描くのに時間かかるんじゃないの……?」
「ん~、そうだね、何をどう描くかを考え始めてから数か月が普通って聞くねー。
アタシちゃんも初めて先輩が描いてるところを見たときはビックリしたなぁ~」
「だよねー、1週間前後って異常だよね」
「メルたんのかんそーそくしんざい? のお陰だって言ってたよ~」
乾燥促進剤、シッカチーフとも呼ばれる絵具の酸化を助ける液剤。
何となく前世で聞いたことはあったけれど、自由市場での売り込みの準備でリム=パステルに戻った際、ムルクスさんに教えてもらった。
と言うか、
筋トレ以外にも趣味あったんだね。
「でもでも、収穫祭用の絵はじっくり描いてるみたいだよ~」
「そうなんだ、どんな絵?」
「ふっふ~ん、それは秘密。先輩に口止めされてるからね~」
「あ、はい。まぁ収穫祭まで1か月を切ったし、当日の楽しみにするよ」
そう、収穫祭までもう1か月もない。
そしてアニマは画廊へ行った帰りに収穫祭での展示の申し込みをしてくるそうだ。
僕にも何か手伝えることないか、ラメンラに聞いてみることにした。
「前に収穫祭は芸術祭って言った方がしっくりくるって教えてくれたじゃない?」
「うん、そだね」
「展示ってどんな感じになるの? 僕もアニマには及ばないけど、お客さんに絵の見方とか説明したいなって思ってさ」
1日中、絵に付きっ切りになるのは難しいはずだ。
交代要員がいた方がアニマも楽なんじゃないかな?
「ん~、お手伝いはできると思うよー、アタシちゃんもするつもりだし」
「ラメンタは演奏しないの?」
「アタシちゃんはいいかな、もちろん演奏したくないワケじゃないよ。
でも、今年は先輩を、先輩だけを応援したいんだー」
健気ですなぁ……なんて内心ニヤニヤしながら、収穫祭について詳しく聞く。
僕たちも利用した自由市場、あそこを中心に絵画、彫刻などの造形、文芸、でエリア分かれ、演奏者は音が混ざらないように各エリアにバラバラに配置されるらしい。
何だか前世の音楽フェスみたい、楽しみが増えたかも。
後は屋台とかあれば完璧だね。
ただ、同じジャンルで固まって展示するってことは……
「エラト、だっけ? アイツらと近い場所での展示になるかもしれないんだね」
「だねー……、でも大丈夫! なんか言ってきたらアタシちゃんが追い返してやるんだから!」
「じゃあ僕も加勢するよ、相手がぼろっぼろになるまで論破してやろうね!」
シャドウボクシングのように拳で空を切るラメンタと笑い合っていると、店の入り口からアニマが帰ってきた。
アニマを見るや子犬のように駆け寄っていくラメンタだったが、違和感にすぐに眉が下がる、彼の表情から察せられるのは怒り。
しかし、それは自身に向けられているような苦い顔だ。
「先輩……? どうしたんすか?」
「……収穫祭の展示場所が空いてないらしい。
どうしても展示したいなら、文芸のところの隅で、と言われたよ」
「なんで!? おかしいっすよ!!」
話についていけない僕は二人に説明を求めた。
どうやら展示スペースが埋まるなんて今まで起きたことがないらしい。
それに文芸作品を披露するエリアは一人当たりに許されたスペースが極端に狭い。
ラメンタが『これくらい』と腕を伸ばして見せてくれた幅はおおよそ1.5m程度。
「意図的に枠を埋められたってこと? それに文芸の展示スペースだと、今描いてる作品には幅が足りない……?」
「……そうだな。絵画の場所は初めて聞く名前で埋め尽くされてた」
「ぜっっったいエラトたちだっ!! アタシちゃんには分かるもん!!」
僕が甘かった……無名の、そもそも画家かも分からない者をねじ込んでくるなんて考え至らなかった。
画材を買えなくしたと思わせておけば、ここまでの妨害をしてこなかったかもしれない。
下手に相手の資金にダメージを与えようとしないで水面下で動くべきだった。
なんて浅はかなことをしてしまったんだ……
「ごめん……僕が店を開いたから……」
「いや、違う。オレが画廊に絵を持ち込んでたのが原因だ、絵が描けてることを知られたからな」
「先輩! アタシちゃん抗議してくるっす!!」
「いや、いい」
「なんで!? 諦めるんすか!? そんなの嫌っすよ!!」
そうだ、僕も諦めるなんて嫌だ。
こんなことで負けてたまるか……!
「アニマ、あのさ……――」
「絵を描き直す」
「「え?」」
僕とラメンタの声が揃った。
てっきり彼がネガティブな思考に支配されてしまったのか思っていたんだ。
しかし、そんなことはなかった。
逆境に喰らいつく、そんな眼をしている。
僕はアニマの本質を勘違いをしていた。
2年もの間、自身の感性を貶され続け、後ろ向きな考えも生まれただろう。
フラストレーションを抑えられない場面もあっただろう。
実際に目の当たりにもした。
それでも彼は絵を描くことを辞めていない、芯は折れていない。
……そうか、これがアニマだ。
悩むのも、怒るのも、真剣に向き合っているから。
多分、もっと楽にたくさん稼げる仕事だってあっただろう。
それでも流行りの絵を仕事として嫌々ながらも描いていた、絵を描き続けていたんだ。
そして自分の感性も捨てなかった。
ラメンタが大好きな『先輩』はそういう人だ。
――なら僕には何ができる……?
芸術への造詣が深くない僕にできること……それは”造る”ことだ。
努力で得たものではなく与えられた
能力だろうが、現代知識だろうが、持てる力を総動員して彼の為の道具を用意するんだ。
「応援するよ、アニマ」
狩りでも採掘でも何でもするよ、ねalmA。
僕は浮かぶ多面体を引き寄せて拳を握った。
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