ep14.5.メルミーツェは聞いた

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 黄昏の日 pm04:00


――アルテスタ 『ラ・マガザン・ド・ブラン』


「ありがとうございました~」


 店内のカウンターから客を見送る。


 アニマが画廊のオーナーさんから店舗としても使える空き家を借りてくれてから、約2週間が経った。

 元々、この空き家はオーナーさんが以前に自宅兼画廊として使っていたようで、自宅スペースをアトリエへ、画廊スペースを店舗へと少し改装するだけで済んだ。


 思っていた以上に早くオープンできたのは良い。

 しかし店名はどうにかならなかったのかと未だに思う。


 店内のカウンター前面にもデカデカと彫られた店名を見て僕はため息を吐く。

『ラ・マガザン・ド・ブラン』、直訳すれば”ブランのお店”。

 安直過ぎるし、そもそもフランス語だ。

 一体誰がこの言語を持ち込んだんのやらと頭が痛くなる。



「アニマにネーミングセンスがなかったなんて思わなかったよ……

絵の才能に全部もってかれちゃってたんだね」


 商品を補充しながら独り言を呟く。

 とは言え、『じゃあ代案を出せ』と言われたら僕も思い浮かばないので偉そうなことは言えない。だからこれはただの理不尽な文句だ。



「最近あいつら来なくなったなぁ」


 カウンターに戻りまた独り言を呟く。

 あいつら、とは画材の買い占めをしたと思わられる奴らだ。

 耳の速い事に、この店を開いてすぐに商品を買い占めていった客がいた。

 どう見ても画家とは思えない風貌で、誰かに依頼されたとしか思えない。



 まぁ、いくら買い占めようがアニマの必要分は避けてあるから全然痛くないけどね。

 むしろ、爆買いしてくれて感謝したいくらいだよ。

 お陰で店をほとんど開けなくても収支は上々、無駄な散財ご苦労様。


 評論家気取りの奴らに邪魔さえされなければアニマはきっと素敵な絵を描き上げる。

 上手くいけば領主にも会えて僕の目的も果たせるはずだ。

 随分と時間がかかってしまっているが、隣国クリスティアは国境を全面封鎖している。


 ファルナだってそう簡単には国境を越えられるとは思えない。

 だから僕も焦らずに確実に越境できるタイミングを待つべきだ。


 客足もまばらでカウンターに突っ伏しながら、そんなことを考えているうちに日も落ち始め閉店の時間になった。

 僕は施錠を済ませ、帰ることをアニマに伝えにアトリエへと向かう。

 アトリエの扉をノックしようとすると、中から会話する声が聴こえる。

 きっとラメンタが裏口から来ていたのだろう。



 ここで僕の中の白ミーツェと黒ミーツェで議論が始まる……



(立ち聞きはよくないって。早くノックして帰ること伝えなよ)

(いやいや、二人の会話、聞いてみたいでしょ? 素直になんなよ)

(趣味悪いって、ラミアセプスにやられたみたいに知らないところで自分の話を聞かれてたら嫌でしょ!?)

(いーや、それは別の話だね。それに鏡見てみなよ、そんなニヤついて綺麗ごと言っても意味ないからね?)



 はい、黒ミーツェの勝ち。

 僕は扉の近くに腰かけて中から漏れ出る会話に耳を傾けた。

 隠密ステルスのスキルも編成に入れる入念ぶり。

 スキルの悪用とはこのことなのかもしれない。



『先輩、この絵、すっごく綺麗っすね~。相変わらず近くだとよく分かんないっすけど』


『ハッキリ言うな……まぁ、それで良いんだよ。オレには鮮やかに観えるから』


『別に悪いなんて言ってないっすよー、だってアタシちゃん、先輩の絵大好きっすもん』


 ふむ、大好きなのは絵だけかい?

 もっと突っ込んでいっても良いじゃないかな?


 きっと今の僕の顔は誰にも見せれられない。

 二人の会話は更に続く。



『特にこの緑、アタシちゃんいいな~って思うっすよ。先輩、この色だけいっぱい使い分けてるっすよね?』


『……表現の幅を広げる為だ』


 嘘吐け、緑だけバリエーションが多いって、それ理由あるだろ?

 言いなよ、言っちゃいなよ。


 僕は手をわきわきとさせながら、もどかしさに悶える。

 小刻みに体を左右に振っているとアニマが話題を変えたようだ。



『なぁ、バイオリン弾いてくれないか?』


『え? いいっすけど、何弾きます?』


『任せる、どんな曲でもきっとオレには響く』


『むふぅ! ならとっておき弾いちゃうっすよ~!』


 扉の向こうから鳥が歌うような高音が響く。

 弾き始めは短調からの技巧的で悲しげな旋律。

 途中から転調し、情緒的で雄大な長調へ。

 夜が明けるような、雲が晴れるような、影が消えるような、そんな旋律。


 ラメンタは芸術学校アカデミー時代、アニマのアトリエでバイオリンを練習していたと言っていた。

 このやり取りは二人にとって当たり前であり、だけれど特別なことなのかもしれない。


 そんなことを考えながら、すっかり聴き入ってしまった。

 演奏が終わると何故だか盗み聞きをしていることが急に恥ずかしくなって僕は立ち上がる。


 置手紙だけして帰ろう、そう思って扉から離れるとき、二人の会話が耳に入った。



『良い曲だな、誰の曲だ? タイトルは?』


『ふっふ~ん、アタシちゃんのオリジナルっす! タイトルは”翼ある音”!』


 聞こえてしまった。

 拡大解釈かもしれないけれど、ラメンタは絶望と共に古いコントラバスつばさを捨てて、希望と共に新しいバイオリンつばさを得た。

 与えたのはもちろんアニマだ。

 そう考えるとあの曲は彼に捧げた曲なのかもしれない。


 そんな妄想が全開になった僕は、足音が二人に聞こえないよう、摺足すりあしかつ駆足でその場から立ち去り、店舗スペースのカウンターで置手紙をしたためる。



 ――先に帰ります、表の鍵は閉めてあります。ごちそうさまでした。



 文末に本心を隠しきれなかったが仕方がない。

 そっとアトリエの扉前に手紙を置いて僕はポータルから家族が待つ船へと戻る。

 そして、甲板から日暮れの空を仰いで、もう本日何度目かの独り言を呟いた。



「もう付き合っちゃえよ……」



 あぁ……もどかしい……けど、良いモノだねalmA。

 僕はゲス顔を隠すように浮かぶ多面体にグリグリと額を押しつけた。

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