ep12.ブラン商会の本気1

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 星の日 pm09:00


――アルテスタ 芸術学校アカデミー アトリエ


 アトリエを荒らされたと聞いて、僕とラメンタはアニマを引っ掴んで酒場を飛び出した。落ち着けと彼に言われたが、そんなのは無理だ。

 アニマをalmAに乗せ、僕はフィジカル全開の編成に切り替えてラメンタを背負って美術学校アカデミーへと坂道を駆け抜ける。


 とにかく走った、守衛門を抜け、街路樹が立つ華やかな道に目もくれず、重々しいアトリエ寮の扉を乱暴に開け、角部屋へ向けて全速力で。


 そして目に映ったのは想像以上に荒れ果てた光景。



「酷い……」


 ただ荒らされただけじゃない、明確な悪意があった。

 絵具は飛び散り、カンバスに刺さったペインティングナイフはひしゃげ、何より恐らく制作中の絵がこれ見よがしに斜めに切り裂かれている。



「なんで……なんで、こんなことされるの…………先輩の……頑張って描いてた絵が…………」


 嗚咽混じりで振り絞るラメンタの声に全身の血が暴れだす。

 エンジンみたいに鼓動する心臓は壊れたかと思うくらいだ。


 そうだ、こんなこと許しちゃいけない……



「任せて……僕が必ず、必ず報いを受けさせる……」


 バベルで見てきたマフィアの制裁やりかた、あんな恐ろしいことは否定したい僕だったけれど、今はそれすら肯定できる。



「待ってくれ、そうじゃない」


「「ふぇ……?」」


 泣きじゃくるラメンタと憎悪を燃やす僕を宥めたのは被害者のアニマだった。



「アトリエが荒らされたのは悔しい。それは間違いない。

でも仕返しがしたいんじゃないんだ、一番大切な作品モノは無事だったからな」


「あ……」


 アニマが指差したのは部屋の隅に無傷で立てかけられたコントラバス。

 作品として認識されなかったのだろう、不幸中の幸いだ。

 その事実に激流のように身体を駆け巡っていた憎悪は幾分か収まっていく。

 それでも完全に納得できたワケではない。



「でもさ、作品を滅茶苦茶にされたんだよ? ……それで良いの?」


「良くはないさ。でもな、カンバスに描かれた絵はいくらでも描き直せる。

問題は画材がな、買えないんだよ」


「金欠? だったら言ってよ。僕がパトロンになってあげる!」


 描き直せる、そう言ったアニマにこれ以上、僕が私怨で報復を促すものではない。

 それに問題が金銭ならばどうにでもできる。

 僕は自分自身の気持ちも切り替えようと、ワザと大仰にドンっと胸を叩いて援助を宣言した。


 しかし、アニマは複雑そうな顔で話を続ける。



「いや、違うんだ。金じゃない、そもそも買い占められて店に置いてないんだ」


「は? あり得ないでしょ。だってアルテスタは芸術の街でしょ?」


「アタシちゃん分かった!! ぜっっったいエラトだ!! あのお金とコネしか取り柄のないヤツなら絶対やるもん!!」


 泣き止んだラメンタが今度は頬を風船よりも膨らませて憤る。

 彼女の予想が当たっていたとして、街中の画材を買い占める資金力は厄介だ。


 でも、こんなことで泣き寝入りなんてしてやらない。

 僕を、ブラン商会ぼくたちをナメるなよ……



「いいよ、だったら僕が用意する。絶対に思い通りにしてやるもんか」


「外国から取り寄せてくれるのか? でもそれだと時間が……」


「いや、作るよ。どこにも負けない品質のモノを用意してやるんだ!」


 そう、作ってやる。

 ついでにアルテスタに店を構えてやる。

 向こうの資金が尽きるまで画材を売り続けてやる。

 拠点の力チート相手にチキンレースで勝てると思うなよ。


 コントラバスアニマのたからものは僕が預かり、二人にあることをお願い事をして、その日は解散した。



――翌日 ヨウキョウ ゾラ家 客間



「ミー姉様! お久しぶりです!」


「クレハくん久しぶり、急に来ちゃってごめんね」


 アトリエの一件から僕はすぐに動き出した。

 アニマの画材のほとんどは失われた、その中でも絵具は厄介だ。

 絵具の材料の一つである乾性油(主に植物性の油)は拠点では作れない。

 いや、作れるのかもしれないが作り方が分からない。

 ならば植物に詳しくて、仕入れができるコネがある人を頼れいい。



「あのね、亜麻あま胡桃くるみ、もしくは芥子けしの油が欲しいんだけどアヤカシこのまちで手に入ったりしないかな?」


胡桃くるみの油は聞きませんが、亜麻あまの油はあります。芥子けしは……油を取るに足りるか分かりませんけどアヤカシでも栽培されていますよ」


「良かった! じゃあミヤバさんが帰ってくる頃にまた来るよ。あと、亜麻あま芥子けしを栽培するにはどうしたらいいかな?」


「えっと……どちらも適度に乾燥した土地が良いと思います。カルミア兄様のお墓のある草原とかは最適だと思います」


 島かぁ、サーシスさんも花に詳しいし相談してみようかな。

 今はヨウキョウで油を調達するしかないけれど、島で栽培ができたら今後は独自ルートが作れるね。



 そこから僕はクレハくんと遊びたがる子供たちをゾラ家に預かってもらい、サーシスさんに会いに島へ向かった。

 島ではサーシスさんに経緯を説明して栽培への協力を取り付けることができた。

 そして久しぶりに友人にも会いに行く。



「カルミア、久しぶり、あれから結構頑張ったんだよ。

知ってると思うけれど、霊樹精エルフもこの島で安全に暮らせてる。

見ててね、散り散りになった人たちもきっと助けてみせるから。

……じゃあ、また報告にくるよ」


 カルミアのお墓参りを済ませ、子供たちを迎えに拠点へと戻った。

 ヨウキョウへの扉をくぐったあたりで気づいたが、同行してくれていたティスがニマニマと含みのある笑顔をこちらに向けている。

 なんだろう、特に変なことをした覚えはないはずだけど……



「どうしたの? 僕なんか変なことした?」


「変なことはしてないわ。ミーツェ、今回はちゃんと周りに頼れたわね、えらいわ」


「僕そんなに子供じゃないよ、前に言われたことは覚えてるって」


 お姉さんぶるティスに頬を膨らませて見せたが、実際、彼女の言う通りだ。

 バベルでティスに指摘されたこと、『自分一人で解決しようとするようになった』。

 僕はカルミアとの約束を守ろうとがむしゃらになるばかりに周りへ相談や頼ることを疎かにする癖がついていた。


 それはとても傲慢なことだ、僕は神様じゃない、どれだけ汎用性のある力を持っていても一人でできることには限界がある。


 それを教えてくれたはティスだ。



「そうね、ふふ、わかってるわ」


「もういいよ、早くオーリとヴィーを迎えにいこう!」


 ぶっきらぼうに返してみたが、ティスに褒められて悪い気はしない。

 ただ、ほんの少しだけ、こそばゆいんだ。



 たまに見せる大人っぽさってズルいよねalmA。

 僕は浮かぶ多面体に同意を求めた、もちろん答えは返ってこない。

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