ep11.異世界の芸術革命4

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 海の日 am08:00


――メルミーツェの拠点 製造所


「ミーツェ、降ろしてよぅ」


 肩に担いだスフェンが足をバタバタとさせて訴える。

 悩みが解消した嬉しさで思わず物みたいに運んでしまったことを反省した。



「ごめんね。すぐにでも作りたいものがあってさ、スフェンも手伝ってくれない?」


「いいよぅ、何作るの?」


おうレンズだね」


 光を集約するとつレンズに対して、おうレンズは拡散。

 レンズ越しに見ると実際の距離よりも像が小さく見える。

 物理的に離れて観れないならば見え方を変えてしまえばいい。



「凹レンズってなにぃ?」


「スフェンもモノが大きく見える道具使ったことあるでしょう? あれの逆で小さく見える道具もあるんだよ」


「どうやって作るのぅ?」


「透明な板を丸いヘコみができるように研磨する、かな? 僕も正確な作り方は分からないからどんどん試してみよう」


 ガラス、プラスチック、それとも他の何かか……

 どんな素材で、どんな方法が最適なのかは分からけれど、失敗しても素材の大半をリサイクルできる拠点の力ぼくのちからがあれば試行回数でゴリ押しができる。



「分かんないけど分かったんだよぅ、頑張るよぅ!」


「頼りにしてるよ、スフェン!」


 僕とスフェンは手始めに6インチのスマートフォン程度の大きさのガラス板を削ることから初めてみた。

 グラインダーを使って地道に削っていく僕に対し、スフェンは魔法でガラス板をまるで粘土を扱うように伸ばしていく。

 確かに石英せきえいは鉱物だけど、製造所で作ったガラスにまで魔法で干渉できるとは驚きだ……



「それ、反則じゃない……?」


 きょとんとするスフェンをちょっとだけ羨ましいと思いながら黙々と作業を続けた。

 しかし、グラインダーでの研磨も、魔法による形状変化を以てしても作業は難航した。

 どうしても歪んでしまったり、途中で割れてしまう。



「ぷぅ……難しいんだよぅ……」


「僕たちは職人さんじゃないしねぇ……」


 試行錯誤に煮詰まったスフェンがガラスに頬を押し付けて遊んでいる。

 ガラスは彼の頬の形にヘコんでいた。



「あーーーー!!!!!!」


 閃いた……

 一発勝負で綺麗なヘコみが作れないなら調整できる方法で作ればいい……!


 僕たちは緩やかなドーム状の鉄板を先に作り、ガラスに押し当てスフェンが魔法をかけながらプレスする作り方に切り替えた。

 歪んだ箇所を探して、その都度削って整え、金型とも言える鉄板を作り上げる。

 この方法なら量産だって出来るはずだ。


 こうして僕とスフェンは食事以外の時間を拠点で過ごし、ときにテンションがおかしくなりながら2日で歪みない凹レンズを作り上げた。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――レンズ完成から6日後、音楽酒場ユメクジラ



「か~んぱ~い!!」


 演奏を終えたラメンタさんと店のカウンターでグラスを軽く合わせる。

 マナ欠乏症が完治したラメンタさんには大きな環境の変化があった。

 他の奏者と共演するステージが増えたのだ。



五重奏クインテット、凄かったですね。独奏ソロも素敵でしたけど、主旋律のラメンタさんの音が羽ばたいてるみたいでしたよ」


「えへへ、ありがと~! メルたん、詩人だね~」


 詩人、と言われたが、”羽ばたいているみたい”は比喩だけれど比喩ではない。

 目の前の上機嫌に笑うバイオリニストはとんでもない魔法を使う。

 彼女は空気の振動、つまり”音”に干渉をすることができる。


 前世で言えば、フランジャー(シュワシュワ音)やリバーブ(エコー)をバイオリンから鳴らすって、それもう人間エフェクターでしょ。

 他にもあり得ない音鳴ってたし、ディレイ(やまびこ)をかけられたときは脳がバグるかと思ったよ。



「ところで、いつになったらアタシちゃんにもタメ口きいてくれるの~? ねぇねぇねぇ?」


「えっと……うん、分かったよ。タメ口にするよ、ラメンタ」


「ラメたん!」


「………………」


 ラメたんは恥ずかしいので、ラメンタさん改めラメンタが上機嫌なのは共演者が増えたからではない。

 そもそも彼女はアニマのバイオリンを弾いていれば満たされるのだ。


 じゃあ何故、アニマ大好きウーマンの機嫌が良いのか、それは……



「メルたんのレンズのお陰で先輩の絵を飾りたいって画廊が増えたもんね~」


「元々アニマの絵は素敵だからね、順当だよ」


 ふへへ、とふやけた笑顔でグラスを煽り、ラメンタは続ける。


「収穫祭で注目されれば美術館ギャラリーからだって声がかかるよね~」


「そう言えば収穫祭って何やるの?」


 よく考えれば僕は収穫祭のことを今まで聞いていなかった。

 収穫祭と言えば、その年の実りに感謝するお祭りだけど、食料自給が最低レベルのアルテスタとはイメージが結びつかない。



「ん~、収穫祭って言っても、食べ物はあんまり関係ないんだー。

どっちかと言えば、芸術祭って言った方がピッタリだと思うよ~? たくさんの絵画、彫刻、音楽、文学を街をあげて皆で鑑賞するの」


「じゃあ、なんで収穫祭なの?」


「この地域ってね、ノートスって神様を信仰する人が多いの。

 で、ノートスは豊穣神なのね、だからじゃないかな~」


 適当だなぁ、と苦笑いする僕に『だよね~』とケラケラ笑いながらもラメンタは店の入り口を頻繁に確認をする。

 彼女がそわそわしている理由を僕は知っている、だから少しだけ意地悪をしてみた。



「ちょっと遅いけど、アニマはすぐ来るって」


「そそそんなに分かり易かった!? でもさぁ先輩に会うの3日ぶりなんだよ!?」


「3日って普通だと思うよ?」


「メルたんは分かってな~い、ダメだよ? そんなちっちゃいのに枯れてるみたい」


 なんだと?

 分かってないの言葉は許そう、実際分かってないから。

 でも枯れてるは失礼だろう。

 いや、でも思えば僕って枯れてても仕方ない歳か……?


 それでも何だか悔しい僕は口を尖らせて反撃を試みる。



「僕、身体はラメンタより若いもん……」


「きゃはは! だからか~。枯れてるじゃなくて芽吹いてないんだね~」


「なっ……」


 倍のカウンターを喰らった僕はもう切り札をきることにした。

 絶対に勝てるカード、これはラメンタを即座に悶絶させることができる。

 別に彼女を傷つけるワケではないので遠慮なくバラしてやろう。



「アニマの絵の秘密を知らないラメンタに言われたくないよ」


「えっ!? 秘密って何!? 謝るから教えて~お願いー!!」


「いいよ、教えてあげる。あのね、アトリエにあるコントラバ――……」


 あと少しでコントラバスの絵の仕掛けをバラすところで入口の扉が開き、アニマが店にやってきた。

 僕もラメンタもお互いに『後でね』と目配せをし、アニマの席を空けて彼に手招きをする。しかしすぐに違和感に手を降ろした。

 アニマの顔が険しい、ただ、怒っているのか狼狽えているのか、どちらとも取れる複雑な表情だ。



「あ、あの、先輩? アタシちゃん、また何かやっちゃいましたか……?」


 僕たちの席まできたアニマにおずおずとラメンタは問いかける。

 そしてその返答は全く予想していないモノだった。



「アトリエが荒らされた……絵も、画材も全部やられた……」



 は? 意味が分からないよalmA。

 僕は小さな浮かぶ多面体を引き寄せて呆然とアニマの言葉を反芻した。

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