ep10.異世界の芸術革命3

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 地の日 pm07:00


――アルテスタ 停泊所マリーナ 動力船甲板


 自由市場の3日間は大盛況だった。

 日を追うごとに客は増え、最終日にはラメンタさんも演奏ではなく手伝いに回ってくれた。

 アニマも休む間もなく絵を描き続け、持ち込んだ絵具をほぼ使い切るほどだったそうだ。



 このまま噂が広まってくれるのを待つのもアリだけど……

 もっと何か、最後の一押しができないかなぁ……


 僕はあの3日間の後、数日に渡って街を散策した。

 そこかしこに飾られる絵を観て回り、トレンドを調べていたんだ。

 傾向としては神……宗教に結びつくような絵が多かったように見える。

 前世の朧げな記憶だと、ルネサンス期はそんな絵画が多いと先生が言っていた。



「アニマは日常にありふれた風景を描いてる、中々ギャップあるよねぇ……」


 独り言を呟きながら甲板でティスにせがまれた燻製が出来上がるのを待つ。

 それにしても考えごとをしながら、もくもくと漏れる煙を見つめていると段々と眠くなってくる。

 我慢できず舟を漕ぎはじめ、あと一歩で眠りに落ちそうな僕を現実に引き戻したのは停泊所マリーナに響くラメンタさんの声だった。



「メルた~ん!! いる~!?」


 突然の大声に驚いて桟橋側へ向かうと、ぴょんぴょんと跳ねながら両手を振るラメンタさん……と、彼女の後ろで死にそうになりながら木箱を運ぶアニマの姿があった。


 どういう状況?



「どうしたんですか!? 今ハシゴ降ろしますね」


「ありがと~!! せんぱ~い、遅いっすよー急いでくださいよ~」


「……ぉ……ぅ…………ひゅ……」


 アニマが何を言っているかさっぱり分からない。

 すぐに船から降りて彼の荷物を運ぶのを手伝った。


 木箱はずっしりと重い。

 カチャカチャと鳴る音から中身は恐らくビンだと思う。

 船に乗り込んだアニマは膝から崩れ落ち、反対にラメンタさんは両手を広げて僕に抱き着いてきた。



「メルた~ん!! なんと! なんとね! 先輩の絵が画廊がろうに飾られることになったんだよ~!!」


「んぐぐぐぐぐ…………」


 息できない!!

 離して、死んじゃう!!


 アニマの絵が認められたようでラメンタさんは大喜びだが、それどころではない。

 顔に押し付けられたたっぷり(比喩)に殺されそうになり、必死に彼女の二の腕を叩いた。



「あ、ごめん。大丈夫?」


「……はい、もうちょっとで意識飛ぶところでしたけど大丈夫です」


 聞くところによると、自由市場でアニマの絵を買った客の中に小さな画廊をやっている人がいたらしい。

 順番待ちが出来ていたので、その時は声をかけられなかったが、後日わざわざ芸術学校アカデミーまで来て出展の話をくれたそうだ。



「でね! でね! 今日その話が纏まったからお祝いしようと思って来たの~!!」


「うぇ……げほっ……いきなり来てすまない……でも、帰れと言わないでくれないか? もう一度これを運ぶのはオレには無理だ……」


「いや、いいけどさ……大丈夫? 出展前に死にそうだけど?」


 今にも灰になりそうなアニマと、『もっと鍛えなきゃダメっすよ~』とケラケラ笑うラメンタさんを船内へと招き入れた。

 二人を見つけたスフェンが駆け寄って彼らを歓迎する。



「あ~! いらっしゃいだよぅ」


「スフェンちゃん、こんばんは~! 今日は先輩のお祝いでパーティだよ~」


 ラメンタさんはスフェンと手を繋いでステップを踏み始める。

 初めは古代種エンシェントや妖精族に驚いていた二人も今ではすっかり慣れて仲良くしてくれるのは本当に嬉しい。

 こうして見ているとやっぱり、偏見から差別が生まれているのだと改めて思う。

 ただ、何故原因である偏見が生まれたのかは未だに分からない。



「いっぱいお酒もってきたんだよ~。もちろん双子ちゃん用にジュースもあるよ~」


 まぁ、今それを考えても答えは出ないか。

 せっかくのお祝いだ、楽しもう。


 アニマが必死に運んできてくれた木箱を開けて飲み物を取り出す。

 別室にいたティスや子供たちも呼んでちょっとしたパーティが始まった。

(主にラメンタさんが)ひとしきり飲んで騒いで落ち着いたところで、僕はアニマに今回の話を詳しく聞くことにした。



「画廊って絵画を展示して、気に入ればその場で販売もしてくれるところだよね?」


「あぁ、それであってる。取り合えず1点だけ置かせてもらったんだよ」


「へぇ、でもどうして一つだけなの? 狭いの?」


「確かに狭いのもあるけど、古い作品はほとんど壊れたからな」


 壊れた……アニマを殴り飛ばしたときに巻き込んだやつだ……


「僕のせいだよね……ごめん……」


「ミーツェが悪いワケじゃない。それに過去より『今』の作品を観て欲しい。

これがオレの視ている景色だって自信をもって描いた絵を観て欲しいんだ。

お前やラメンタのお陰だ、だからあの後に描いた絵だけでいい。

壊れて良かったんだよ」


「そっか、じゃあこれからどんどん増えるんだね」


「あぁ、ただ不安もあるんだ……――」


 アニマの懸念、それは画廊に飾られた絵を理解してもらえるか。

 画廊はギャラリーのように広くない。

 少し離れて観てることで美しく表現された世界が視える彼の絵は、展示する場所の広さによってサイズが限定される。


 今回、展示した絵も画廊の広さで理解してもらえるギリギリの大きさらしい。



「オーナーも説明はしてくれるらしいんだけどな、それでも不安なんだよな」


「そうだよね……頭ごなしに否定してくる奴だって一定数いるだろうしね」


 自由市場でも感じた通り、やはり一目観てすぐに理解してもらえる方法を見つけるのが次の課題だ。

 ただ、それは考え続けているが、未だ良い解決策が思いつかない。

 悶々としたままその日はお開きとなり、アニマとラメンタさんを見送り眠りについた。



――翌日



 一夜明けて、いつも通り顔を洗い、朝食を作り子供たちを起こす。

 ルーティンをこなす間も頭の片隅には常に昨晩のことがあった。

 考えても考えても答えが出ずに船内をうろいろしていると、スフェンが以前作ったカラーガラスを光にかざして覗き込んでるいる姿が目に入る。



「スフェン? 何してるの?」


「あのね、これ離して覗くと景色が逆さまになるんだよぅ」


「そんな小さいのよく見えるね……それは凸レンズみたいになってるからだよ。

 近づけて見てみな? 多分景色がひっくり返ると思うよ」


 ん……?

 凸レンズ、拡大……逆は…………


「これだーーッ!!!!」


 僕の突然の大声に驚いてスフェンはガラスをぶち撒けた。

 あわあわしているスフェンの両脇を持ち上げてクルクル回る。

 ようやく答えが出た嬉しさで、後の片づけのことはどうでも良くなっていたんだ。



 やったよ、ようやくモヤモヤが晴れたよalmA。

 僕は困惑するスフェンと一緒に浮かぶ多面体を連れて拠点へ戻った。

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