ep9.異世界の芸術革命2

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 星の日 pm01:00


――アルテスタ 自由市場


 アニマの絵にケチをつける痩せた身体に不健康そうな肌の男。

 恐らく猫人族だとは思うが、毛艶の悪くて判断ができない。

 それに猫……と言うよりハイエナに近い、セイルのような派生進化か?



「エラト……」


「アニマ、知り合い?」


芸術学校アカデミーの同期だ」


 あー……なるほど、さっきの言い方だとコイツも評論家気取りの一人なのかな?

 アニマの顔色も悪い、よっぽど思い出したくないんだね。


 エラトと呼ばれた瘦せ男はズンズンとアニマ、正確にはアニマの絵に歩み寄る。

 暴れたりはしないだろうけれど、絵に手を出されては堪らない。

 僕は遮るように痩せ男の前に割って入った。



「何をされるおつもりでしょうか?」


「どけガキ! 私があの駄作を評価してやる」


「不要ですね。それをするのは貴方ではありません、ご購入なさるお客様です」


 実力行使は簡単だ。

 自惚れかもしれないが、力でこの男に負ける要素がみつからない。

 ただそれでは意味がない、この手のやからは同じ土俵で撃退しないと必ずまた絡んでくる。



「ほう、なら聞こう。そこのモデルになったご婦人、貴女はこの絵をどう思われる?」


「えっと……ちょっと……」


 男女の客なのにわざわざ気の弱そうな女の人の方を狙うか……


「俺は良いと思うぞ、このお嬢さんに説明されて良さが解ったからな!」


 ありがとう彼氏さん!!

 彼女を守る姿も素敵だ、アニマも見習わないとダメだぞ!


 モデルとなってくれた男性が毅然と言い放ち、エラトは悔しそうに口をつぐむ。

 欲を言えばここでトラウマを振り払ってアニマに立ち上がって欲しい。

 僕は立ち位置を変えずにアニマの方に振り返るが、彼はうつむいている。

 負けないで欲しい、そう祈るような気持ちでアニマの動きを待った。


 しかし、彼よりも先に動いた者がいた、ラメンタさんだ。

 演奏を止めてステージから駆けつけた彼女は僕の隣に立ち、両手を腰に手を当て威嚇するようにエラトと対峙した。



「また先輩に絡んでるんすか!? コネしか先輩に勝てないからって突っかかってくるのは迷惑なんすよ!!」


「うるさい! 神罰を受けた奴が口を出すな!!」


 神罰、マナ欠乏症のことを言いたいのだろう。

 言葉の意味を理解した周りの客の僕たちを見る目も変わった。

 絵の話から相手を言い負かせる話題にすり替える、それも差別を助長する言葉を選ぶなんて随分といい性格をしている。


 でも問題ない、今の言葉でこの男は墓穴を掘った。

 言い返してやろうとしたが、僕よりも早く背後から怒気を孕んだアニマの声が響く。



「ふざけるな!! ラメンタコイツノートスに罰なんか受けていない!! オレの絵をいくらこき下ろそうが好きにしろ、でもな、今の言葉だけは取り消せ!!」


 アニマは『こき下ろそうが好きにしろ』、確かにそう言った。

 トラウマをラメンタさんへの想いで乗り越えたことを嬉しく思う。

 時間がなくてをアニマに伝えらなかったことが良い方に働くとは……

 これは神罰どころかおぼしだ。


 僕は両手で器を作ってラメンタさんの目の前に突き出す。



「アニマの言う通りですね、嘘はさっさと取り消してください。

 ラメンタさん、喉乾いたのでお水をもらえませんか?」


「いーよー、でも手でいいの~?」


 ラメンタさんが水を生成する生活魔法を使う姿を白々しく大衆へ見せつける。

 アニマもぽかんと口を開け、何が起きたのか理解が追いついてない様子だ。

 僕はお構いなしに手に溜まった水を飲み干し、ついでにおかわりをしてみせた。



「ぷはっ! ご馳走様です。さて、神罰とはなんですか?」


 エラトを問い詰める。

 ラメンタさんの病気はアレクシアに相談して既に治癒済みだ。

 先ほどまでマナ欠乏症を警戒していた周囲の人たちも、今はエラトを冷めた目で見ている。



「私は彼らが芸術と詐称した作品未満を買わされそうなところを助けようとしただけだ!!」


「話をそらさないでもらえます? 絵についても言いがかりだと思いますけど、まずラメンタさんへの言葉を取り消して謝罪されるべきでは?」


「あの絵が作品未満なのも、この女がマナ欠乏症なのも事実だろう!?」


「はぁ……もういいや。アンタに敬語はいらないね、敬えないもん。

まずね、僕の故郷だとアニマの絵の画法は既に確立されてるの。それもアンタらの遠近法より後に編み出された先鋭的なやり方だよ?

次に、ラメンタさんの病気は治ってるよ。治療方法は秘密だけど、なんなら彼女の血を飲んで見せようか?」


 エラトは押し黙った。

 でも僕はこれで許すつもりはない。

 畳みかけるように言葉を繋ぐ。



「自分たちの芸術こそ正道だと思ってない? そりゃそうだよ、自分たちの意見しか肯定する気のない集団なんて考え方が凝り固まるのは当たり前だって。

僕の故郷でもエコーチェンバーって言って、アンタらと似た感じに視野が狭くなって失敗する人多かったよ? 分かったらさっさと謝ってくれないかな?」


「うるさい!! 我が国ではアニマートコイツは邪道だ!! 外国の評価は関係ない!!」


 捨て台詞を吐いてエラトは立ち去った。

 追いかけようとしたが、それはアニマとラメンタさんに止められた。

 憎たらしい奴だったけれど、一連の騒ぎで注目が集まったのか、アニマの絵に興味をもつ人が増えたは怪我の功名だ。


 一人、また一人と彼に絵を描いて欲しいと言い、いつの間にか順番待ちの列ができていた。



「これは……絶対1日じゃ捌き切れないね」


「でもアタシちゃんは嬉しいよ~。だって皆先輩の絵が気に入ってくれたってことでしょ?」


 僕とラメンタさんは近くのイスに腰かけて、忙しくも生き生きとカンバスに向かうアニマを見守った。


 取り合えず、走り出しは悪くないはず。

 でもあのエラトって奴が言ってたことで納得できる部分もあるんだよね……

 この国で認められなきゃ目的を果たせない。


 一般層をターゲットにしたの正解だったと思う。

 次の課題はパッと観て絵の本質に気づいてもらえるようにすることだ。

 さて、どうしようか……



「ん〜ダメだ、今は思いつかないや……」



 今は一人でも多く観衆を集めるしかないねalmA。

 僕は浮かぶ多面体に覆いかぶさって次の課題を先送りした。

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