閑話.オペレーション・ドレスアップドール
■後神暦 1325年 / 秋の月 / 星の日 am 11:30
――バベル
「あれ……? 誰もいない……」
下層街で商売を始めるにあたって
……そう思ってカプリスさんと一緒に
「茶の湯にも湯気が立ってありんす、きっと席を外してるだけでありんしょう。さてミーツェ、ジズ様を探してきておくんなんし」
「えぇ……なんでですか……待ってればいいじゃないですか……」
「うふふ、その方が面白そうだからでありんすぇ。ささ、お願いしんしたよ」
ソファーにゆったりと腰かけるカプリスさんをムスっと
通路の一番奥の扉は他と比べ豪奢、恐らくリェンさんの私室か何かだろう。
僕は手前から順にノックをしていくことにした。
――コンコン……コンコン……
何戸ノックしても返事がない。
予想はできた、何故ならどの部屋もまったく人の気配がしないからだ。
無意味な行為に段々と嫌気が差してくるころ、一室だけ気配を感じる部屋があった。
気配と言うより、笑い声が漏れているのだ。
それも『あはは』といった快活なものではなく、どちらかと言えば『ぐへへ』といった少しいやらしい笑い声。
ただ、その声には聞き覚えがある。
「ジズさん……?」
僕は二つの過ちを犯した……
一つはノックをしなかったこと。もう一つは勝手に部屋に入り彼女に声をかけてしまったこと。
彼女の部屋にはA3 サイズ程度の幼いころのリェンさんの肖像画が飾られている。
そこに服を着せ替えさせるように遠近法を使って目の前に服を広げるジズさんが居た。
こちらに気づいた彼女は目を全開に僕を凝視する、その瞳孔は完全に開き切っていた。
「あ……カプリスさんと伺いましたが、僕たち大部屋で待ってますね……ハハハ……」
「待ちなサイ……」
何も見なかったことにして立ち去ろうとしたが、それは許してもらえなかった。
ジズさんの長身から繰り出された脚技は僕が逃げようとした扉を蹴り閉め、あっと言う間に壁に追い詰められた。
「見ましたワネ……」
追い詰められ壁を背にする僕に彼女は『逃がさない』と言わんばかりに腕で退路を塞ぐ。
所謂”壁ドン”、男女逆でも普通の女の子ならばトキメキもあろう、しかし瞳孔が開き切った彼女は、圧倒的な高身長も相まって僕にはカツアゲをしようとするヤンキーにしか見えない……
「言いなサイ……」
「みみみ見ました! ごめんなさい!!」
終わった、心からそう思った。
殺されはしないだろうが、きっと碌なことにならない。
迫りくるジズさんの顔を直視できず目を強く瞑ったとき、入口からクスクスとこれまた聞き覚えのある笑い声が聴こえた、カプリスさんだ。
「おやぁ?
「ハァ……白々しいでスワ。カプリス、面白がるのも大概にしなサイ」
「ふぇ?」
落ち着きを取り戻したジズさんは恥ずかしがりながらも事情を話してくれた。
彼女は実は見た目に寄らず可愛いものが好きで、特にリェンさんに可愛らしい服を着せたいそうだ、なんだそれ……
「さて、ミーツェの出番でありすねぇ?」
「どうしてそうなるんですか?」
「わっちは友の望みを叶えたいのでありんす。それにわっちはミーツェのパトロン、少しくらい融通してくれんしても良いと思いんす」
「んぐ……」
絶対この人知ってた!!
知ってて僕を部屋に入らせた!!
もう嫌だ……百戦錬磨の人怖すぎる……
リェンさんに違和感なく着せ替えをさせる。
方法はなくはない、でもあの人に
あぁもう!! どうにでもなれ!!
――同日 バベル下層街 娼館フェーリン
「
「あぁ、そうだな。この前はどうしてイーリエンが
「アハ……アハハ……凄イデショ?」
子供たちを寝かし、almAを護衛につけた後、僕は日中に
リェンさんに疑われることなくジズさんセレクトの服を着せる方法、それはお風呂に入ってる間に服をすり替える。
ラオばあちゃんを餌にすればリェンさんは簡単に喰いついた。
服は洗濯してるでも何でも言い訳が利く、昔なんかの漫画で読んだ。
名付けて、
ラオばあちゃんを誘えたことで途中までは順調だったんだ……
「ミーツェ、なんであたしをジッと見てるの?」
「ごめんね……
僕は背中を流す役、つまり
それなのにカプリスさんたちにあれよあれよと脱がされて一緒に入浴するハメになった……
周りにはカプリスさんやジズさん、ピエタさんまでいる。
目のやり場をなくした僕は、ティスを見続けるしか湧き上がる罪悪感に抗う術がないんだ。
セルフ針の
ここからが本番だ……
「
「おやぁ? 申し訳ありんせん、どうやらウチの者が一緒に洗濯をしてしまったようでありんすねぇ」
「困るゾ、この後、おばあ様と酒場に行きたいんダ。それニこのままでハ風邪ヲひいてしまうだろウ」
「仰る通りでござりんす、では、乾くまでこちらをお召しに……」
今回のたくらみを
この服を選ぶのに僕たちはジズさんの部屋で1時間近く待機させられたんだ。
リェンさんを着せ替え人形にしようとしていることがバレればタダでは済まない。
特に作戦立案者の僕は間違いなくあの柔拳の餌食になるだろう。
この一蓮托生な状況でのカプリスさんはalmAより頼もしく思える。
「ナッ……!? こ、これハ……ちょっとワレにハ似合わないだロ。他にないのカ……?」
「ん? そんなことないぞ、可愛くていいじゃないか」
ナイスアシスト! ラオばあちゃん最高!!
作戦のこと話してないのにこの援護射撃は大きいぞ!!
「そうですカ……? で、でハ着てみまス」
「リェンお嬢様、ワタクシが着付けのお手伝いを致しまスワ」
ここぞとばかりに手伝いを申し出るジズさんだが、顔が完全に緩んでいる。
バレるから本当に勘弁して欲しい……せめて口は閉じてくれ……
こうして、フリルが豊かにあしらわれた洋服に着替えたリェンさんはジズさんを護衛に連れ、ラオばあちゃんと夜の街へと消えていった。
僕は同行する勇気も気力もなく、酒場でご飯を食べたそうにしていたティスを連れて宿に戻った。
後日、フリフリの洋服を着たリェンさんを撮った写真をジズさんに渡したことによって、ブラン商会は彼女から格別の高配を賜ることになったのは別の話である。
自分が着せ替えさせらなくても、こんなに疲れるんだねalmA。
僕は浮かぶ多面体に複雑な気持ちを吐露した。
【着せ替えイーリエン イメージ】
https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093073734691228
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