ep22.バベル出航

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 黄昏の日 am 10:00


――バベル周辺 停泊所マリーナ


 バベルで商売を始めると決めて数日、立ち上げ準備は順調そのものだった。

 資金面は柘榴鼠シーリュウスウのお陰で不安はなく、人脈面はカプリスさんの協力で準備段階で既に歓楽街で噂になるほどだ。


 開店に向けて手配に奔走しているうちにスフェンの船造りの目途がたったようで、連絡を受けた僕たちはバベルの港、立涌丸たてわくまるでこの地を訪れたときに寄港した港へとやって来た。



「どうやってバベルで船を造るのかずっと疑問だったけど、現地で組み上げるんだね」


「んだ、流石に船なんてデカ過ぎて門を通れねぇべ?」


 ニカッと歯を見せて笑いながらも作業続ける初老の霊鉱精ドワーフのロカさん。

 スフェンのお祖父じいさんで今回の仕上げを手伝ってくれている。


 バベルで何度か会っているが、気さくで快活なおじさん、と言った印象だ。

 ロカさんはトンカントンカンと小気味よく金槌で既に出来上がっている無数の部品パーツを淀みなく組み上げていく。



「おじいちゃんが手伝ってくれれば頑丈な船になるんだよぅ」


「頑丈?」


霊鉱精ボクたちは金属とかの形を変えられる魔法が使えるんだよぅ。おじいちゃんがやってくれればピタッとカチッとだよぅ」


「また最後……まぁいいや……溶接みたいに隙間なく組み上がるってことかな?」


 最近ではスフェンの文末だけIQが下がる会話にも慣れてきた。

 時々ワケの分からないことを話し出すが、彼の物造りの才能は本物だと最近では理解できる。

 船の部品はもちろん、僕が見せたチェーンソーや爆砕槌バーストハンマーを模倣して独自の工具まで作り出した。



「立派な船にするから任せて欲しいんだよぅ」


「そっか、ありがとね。じゃあ僕は皆の宿とってくるよ」


 船の組み上げで僕にできることは少ない、彼らの邪魔にならないよう宿で部屋をとり、残りの部品パーツを取りにバベルへ戻る。


 再び停泊所に戻る頃にはもう空は赤みがかっていた。



――同日 バベル周辺 停泊所マリーナ付近の宿


 日も落ちて当日の作業を終えたロカさんたちと食事をとり、部屋で船について説明を受ける。

 組み上げを手伝ってもらっているので、本当なら食堂でお酒でも奢らせてもらいたいところだが、停泊所に建つ宿であるここではそれは難しい。


 宿泊客のほとんどが、外部から訪れる船乗りや商人の為、古代種エンシェントを忌み嫌う人は多い。

 不要なトラブルを避けるには人目に付かないのが一番だ。


 せめてもと用意しておいた清酒をロカさんにグラスへと注ぐ。



「これは美味い! これが商会長さんとこの酒かぁ。いや~こったらもんまで貰ってすまねぇな」


「いえ、こちらこそ、窮屈な思いをさせてしまってすみません……」


「気にすんなって! ワシらが絡まれんように気ぃ遣ってくれたんだべ?」


 ロカさんは昼間と同じようにニカッと笑い、一拍置いて船の説明と海路について知っていることを教えてくれた。


「まず、海流のことは知ってるべか? 大陸をぐるーっと周るやつだけんど、スフェンこいつの船は多少それに逆らって進むこともできる」


「前にスフェンが”後ろに人が立ったら死ぬ”って言ってた動力を使うんですか?」


「んだ、マナを溜めたモンを使うから常に使えるワケじゃねぇんだけんどな。

幾つか予備を積んでおくからすぐにヘタれる心配はいらんべ」


 外付けのバッテリーみたいなものかな?


「で、隣の常秋の地域のデカい国が内乱中なのは知ってっか?」


「はい、そこを目指しています」


「……あ~なるほど、多分なんだけどな、その国の港には入れないと思っとった方が良さそうだべな。情報が古いかも知んねぇけど封鎖されてんだわ」


「そんな……それじゃあせっかく船を造ってもらっても無意味がない……」


 想定していなかった話に愕然としたが、ロカさんは『心配するな』と言いカバンから地図を取り出しテーブルに広げた。



「その国を通り過ぎて……ここ、この港に着けば陸路で行けるべな」


「ほぼ秋と冬の地域の境目ですね……」


 指差されたのは僕たちが目指している国の逆サイド、つまり大陸をほぼ半周することになる。以前メイグロウさんがバベルに寄港できないと長期間船旅をすることになると言っていた意味がようやく分かった。


 僕の不安を察したのかロカさんは明るい口調で話を続けた。



「心配いらねぇべよ、あの船は速い。船旅に十分な食いモン詰んでも普通の船の倍以上の速度は出る。それにさっき教えた港町からの陸路は、もしかするとワシらん故郷を通って行くこともできるかもしれねぇんだべ」


「故郷、ですか?」


「んだ、霊鉱精ドワーフは元々、雪の降る冬の地域に住んでたんだわ。山脈に穴掘ってありの巣みてぇに張り巡らせてたらしい。まぁ行ったことねぇから今もあるかは分かんねぇけど、坑道が生きてれば近道できるべな」


「……わかりました」


 坑道が生きていれば、か……

 ロカさんの口ぶりだと、その山脈の霊鉱精ドワーフが滅びたんだろうね……

 それでも”故郷”と呼ぶのは望郷の念があるのかな。


 考えれば僕は霊鉱精ドワーフについて知らないことが多過ぎる。

 霊樹精エルフも流れ流れてヨウキョウに近い森にやって来たと聞いた。

 バベルの霊鉱精ドワーフも似たようなものなのかもしれない。


 何もしていないのに忌避され、故郷も追われ、それでも歪まない彼らの鋼のような芯の強さに敬意を抱くと共に、少しやるせない気持ちになった。


 これから挑む航海の不安やファルナへの心配。

 その間にも進めないといけないバベルでの商売。

 考えることや、やるべきことは多いが、きっとやり遂げてみせよう。

 改めて決意を固め、その日は眠ることにした。


 翌日からも今後の店の開店準備や薬の生産、空いた時間は船の部品の運搬と、忙しなく時間は過ぎていった。


 そうして数日過ぎる頃には遂にスフェンの動力船が完成した。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



■後神暦 1325年 / 秋の月 / 星の日 pm 02:00


――バベル周辺 停泊所マリーナ


「何だかんだ随分長くいたわね~」


「うん、まさかこんなに長く滞在するなんて思わなかったよ」


 完成した船に荷物を積み込みながらティスとバベルでの日々を思い出し談笑する。

 とは言え、リム=パステルもそうだが、今後バベルにも頻繁に戻ることになるだろう。


 新しい商売の代表はザックにお願いをした。

 しかし、彼には薬の生産もあるのでカプリスさんにサポートを頼んである。

 そして、おおやけには言えないが、柘榴鼠シーリュウスウも裏から助けてもらえるようリェンさんに相談済みだ。



「さぁ、行こうか!!」


 積み込みも終わり、教わった通りに操船し停泊所マリーナから離岸する。

 船の操縦なんて経験がなく不安ではあったけど、驚くほど波に流される感覚がない。

 流石、霊鉱精ドワーフの謎技術、もしかすると車の運転より簡単かもしれない。


 小さめの中型クルーザーほどの動力船はぐんぐんと速度を上げて1時間もしないうちに海流に乗ることができた。後は流れに任せれば進んでいくらしい。


 操舵席から離れ甲板で気分よく伸びをしていると、船底の荷物を積み込んだあたりからティスの声が響く。



「ちょっとミーツェ来て!! 早く!!」


「何!? どうしたの!? もうトラブル!?」


 尋常ではない声に慌てて船底に下りるとティスが焦っていた理由が分かった。

 僕も唖然とした、そこには荷物に紛れてスフェンが乗り込んでいたのだ。


 僕たちの困惑をよそにドヤ顔の彼は宣言する。



「むふぅ、ボクも一緒に行くんだよぅ」


「いや、ダメだって……おじいちゃんやお姉ちゃんはどうするのさ?」


「二人とも良いって言ってくれたよぅ、船のメンテナンスも必要なはずだよぅ?」


 おい嘘だろ……?

 放任主義過ぎるでしょうに……


 その後も『お願いだよぅ』と食い下がられ、終いには子供たちまで同調したことで、僕とティスは折れざるを得なくなった。

 こうして半ば強引にスフェンも旅に同行することになり、僕は親戚の子供を預かるような妙な緊張感を持ったまま常秋の地域を目指すことになった。



 絶対に護り切らなといけない人が増えちゃったよalmA。

 僕はスフェンと子供たちにじゃれつかれる浮かぶ多面体をただただ見つめた。



◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇

[chap.8 階層都市バベル]をお読み頂きありがとうございます!

今章でミーツェは人に頼ることの大切さを再認識しました。

上層街の謎や、マフィア間の勢力関係、ミーツェの新事業の今後など、

まだ残されたエピソードはありますが、それは別の機会にchap化、もしくはスピンオフで語ります。

この後はあるキャラクターの別視点の話を二つ挟み、次章に移ります。

引き続きお付合い頂ければ幸いです。

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