ep21.掃討戦のその後

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 獣の日 pm 08:00


――バベル下層街 はる月兎亭つきうさぎてい


 地下貧民街アンダーグラウンドでの一件から僕は丸一日寝潰してしまったらしい。

 代わりに子供たちの面倒を見てくれていたザックへお礼を兼ねて一緒に階下の酒場で遅い夕食をとった。



「んで、結局クスリ捌いてた奴らを追っ払うついでにお嬢は遊ばれた、と?」


「そう、酷いよね」


「まぁラオばあちゃんの血筋なら仕方ねェんじゃね? 無茶を無茶と思わなそうだろ?」


「そうそれ、線引きラインがおかしいんだよぉ……僕、本当に必死だったんだから……」


 手元のパスタを必要以上にグルグルと巻いて愚痴をこぼす。

 むくれた僕に苦笑いをするザックは話を続けた。



「その、ルパ・リンチェ……だっけ? そこを潰したならオレらの薬も必要なくなるのか?」


「いや、暫くは必要だと思うよ。それにバベルでの需要が低くなっても生産は続けて欲しいんだ」


 ペニシリンは別に梅毒だけの特効薬ではない。

 僕たちはこれからファルナも向かっている戦場を目指す。

 そこには実際の戦闘以外でも様々な命を落とすリスクがある、破傷風なんかはいい例だ。

 そんな感染症に効果のある薬は今後必要になると確信している。



「そっか、なぁお嬢、バベルここの地下ってスラムなんだろ? そいつらを雇えねェかな? なんか他人事に思えねェんだよ……」


「リム=パステルと重なるよね。僕も同感だけど、流石にペニシリン生産の作業だけだと焼石に水と言うか、もっと彼ら自身で稼げる方法も提示できれば良いんだけど……」


「だよなぁ……あの支配人オーナーがスラムから出て猫の娼館で成功してる奴もいるって言ってたけど、男は難しいもんなぁ。そもそも娼館しか選択肢ないのも良くねェし」


 ザックの言う通り、スラムに産まれた時点で選択肢が少な過ぎるんだ。

 僕はあまり宗教の是非について思うところはないけれど、カースト制度のように生まれながらに貴賎きせんが決まってしまうことについては否定的だ。

 綺麗事と分かっていても選択肢は多くあるべきだと思う。



「男の娼館とかあった良いのにな! ハハ、それはねェか!!」


「……いや、アリだよザック。そっか、その手があった!」


 僕が真に受けたことでポカンと口を開けるザックを他所に、大急ぎでパスタを平らげ、フェーリンへ向かった。

 目的は柘榴鼠シーリュウスウにアポイントを取ってもらうこと。

 それなりに稼いでいるつもりではあるが、それでも先立つ物が足りない。


 だったら、投資をしてもらえば良いだけだ!!



――バベル下層街 娼館フェーリン


 フェーリンに到着してすぐに、僕は支配人オーナーの私室に通された。

 そこには、いつものように紫煙をくゆらすカプリスさんが肘掛けにもたれている。

 特に長居するつもりもない僕は、入口に立ったまま要件を伝えた。


「リェンさんとお話ししたいことがあるのですが、いきなり伺うのは失礼かと思いますので仲介をお願いできないでしょうか?」


「あい、承知しんした。それで、今度は何を企んでるのでありんすぇ?」


「いや……企んでませんって……地下貧民街アンダーグラウンドの人のお仕事を増やせないかと思ってるだけです」


「ほぅ……ふぅむ……ミーツェ、わっちにもそれを噛ませなんし。金子が必要なんでありんしょう?」


 カプリスさんは見透かしたようにくすくすと笑う、この人は本当にやり難い。

 とは言え資金が必要なのは事実だ、僕は彼女に計画を打ち明け、資金援助の約束を取り付けた。


 よく考えれば、本命の柘榴鼠シーリュウスウと交渉する前に協力者ができたのは大きい、ある意味後ろ盾を得たようなものだ。

 もしかするとカプリスさんこのひとはそこまで分かって僕に話すように促したのかもしれない、百戦錬磨の女性は恐ろしい……


 恐々としながら僕は翌日の交渉に向けて宿に戻り眠りについた。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――翌日 中層無法地帯ロウレスライン 柘榴鼠シーリュウスウ拠点


 ここ二日、眠り過ぎかもしれなが、たくさん睡眠をとったことでスッキリとした頭で交渉に臨むことができる。

 淹れてもらったお茶の香りで気持ちもリラックスした、コンディションはすこぶる良いと言っていい。

 初めて柘榴鼠シーリュウスウの拠点に連れてこられたときは、緊張と恐怖でお茶の味すら分からなくなった僕も成長したものだ。



「よく来たナ、銀華猫インファマオ


「インファマオって何ですか?」


「通り名みたなモノでスワ。あの件で『柘榴鼠シーリュウスウ銀華猫インファマオを飼っている』と噂されていマス」


 ジズさん曰く、ルパ・リンチェとの戦いで空を駆け、不可視の矢を射り、地を揺らすあやかし柘榴鼠シーリュウスウに味方した。色こそ違うがあれは金華猫きんかびょうに違いない。

 そんな噂が立ち、金華猫にちなんで銀華猫インファマオと呼ばれ始めたらしい。


 いや……この世界で金華猫って認知されてるんだ……前世の世界の妖怪じゃん……

 それに『空を駆け、不可視の矢を射り、地を揺らす』って……

 almAに投げてもらって飛んで、ハンドガンを撃って、almAが地面殴っただけだよ……



「それデ、今日ハどうしタ?」


「はい、実は地下貧民街アンダーグラウンドの人たちを雇って商売がしたくて……――」


 新たな二つ名のことは一旦考えるのを止め、計画いていること、それに伴う資金援助をして欲しいことについて話した。


 計画は先ず、歓楽街に女性向けの酒場を作る、言ってしまえばホストクラブだ。

 グラティオ・イーシスはフィエルテを始め割とイケメン揃い、彼らにも手伝ってもらい資金を増やす。

 次に昼夜逆転している飲食店を作り、歓楽街に宅配のネットワークを作る。

 これらの人的リソースは地下貧民街アンダーグラウンドから雇い入れ、徐々に雇用の幅を広げていく。


 柘榴鼠シーリュウスウには資金援助をしてもらう代わりに、売り上げの一部を納金する。

 地下貧民街アンダーグラウンドに干渉しないマフィアの掟に触れないように、ブラン商会から用心棒を依頼する対価としてそれらを支払う、所謂”おしぼり代”だ。



「なるホド……分かっタ、資金を出そウ。どの道、銀華猫インファマオが何か望んだラ叶えルつもりだっタ。前回ノ詫びと礼ダ」


「ありがとうございます! でも銀華猫インファマオは止めませんか?」


「何故ダ? これから商売ヲするなラはくはついた方ガ良いだろウ?」


 確かにその通り……その通りなんだけど……

 どうしていっつも二つ名が付くんだよ!!

 神様のバカ……


「それにしテも……地下貧民街アンダーグラウンドの暮らしヲ良くする為だかラ何も言わないガ、掟ノ抜け穴ヲ衝くとはお前も悪どいナ」


「アハ……アハハ……」


 僕だってこんなこと、ゲームか漫画でしか知らないよ……


 こうしてブラン商会は柘榴鼠マフィアのフロント企業のような立ち位置となった。

 ”白”を冠した商会が黒いことをしていないか不安にはなるけれど、スラムを助ける為だから仕方がない。


 そう、『これは黒寄りのグレー』……そんな言葉を内心繰り返し、自分に言い訳をしながら帰路についた。



 絶対に子供たちに顔向けできないことはしないからねalmA。

 僕は浮かぶ多面体に跨りゆさゆさと揺らして返ってこない同意を求めた。

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