ep15.地下貧民街のギャング1

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 黄昏の日 pm 07:00


――バベル 中層無法地帯ロウレスライン 柘榴鼠シーリュウスウ拠点


 リェンさんをリム=パステルへ連れて行ってから1週間……

 ペニシリンの生産も順調、より薬効を高くする工程にも移行できている。


 後で知ったことだけど、柘榴鼠シーリュウスウが僕に薬がないか聞いた理由は、ある娼館の女性を救いたいとリェンさんが救いたいと願ったことがきっかけだそうだ。

 関係性までは聞かなかったが、その女性にも薬を投与し経過も良好だ。これから薬効が上がれば、回復もより早く望めるだろう。


 ペニシリンに関係する事柄は全てが順調に思える。

 しかし、目の前の依頼主、マフィア柘榴鼠シーリュウスウ首領ドン、イーリエン=ラオは酷く不機嫌に見える……いや、不機嫌と言うよりキレている。


 ……僕がいったい何をしたと言うんだ?



白猫バイマオ、来てもらっテすまないナ……」


「リェンお嬢様、足を揺すルのはお止めくだサイ、はしたないでスワ。

それニ、白猫バイマオが怯えテしまっていマス」


 そう、それっ!!

 本当に怖いから止めて欲しいんだよね、何があったんだろう?



「チッ……分かってル! 白猫バイマオ、実はナ、昨日下層街に在るワレらの倉庫の一つが襲撃されタ。目的ハ薬だったんだロウ、全て奪われてイタ」


「薬の強奪ですか……? 人的被害ありませんでしたか?」


「怪我人は出たガ……死人はいなイ」


 人が死ななかったのは良かった、それに薬効が強い株は作業場にある。

 だから僕たちのやってきたことが振り出しに戻ることはない。



「それは不幸中の幸いでしたね……。

注射器や点滴は作業場に保管しています。ペニシリンは飲んでも効果が殆どありません」


 僕は敢えてペニシリンを結晶化させいない。

 それは上層街はさておき、バベルの下層街には注射や点滴で直接体内に投薬する医療的な概念がないからだ。

 盗まれたとしても、間違った使い方をして効果が現れなければ、今後狙われるリスクが減ると思っていた。しかし襲撃からの強奪は予想外だった。



「そうカ、それハ重畳。襲撃者は地下貧民街アンダーグラウンドのガキどもだト分かっタ。それでダ、白猫バイマオ、そいつラを釣り出しテくれないカ? 効果が薄イと分かれバ、更に数を欲するはずダ」


「え? 嫌です、怖いです」


 マフィアに喧嘩を売るような『ガキども』って絶対ギャングとかみたいな集団でしょ?

 スラムのチンピラとワケが違うじゃん、無理だって。



「大丈夫ダ、釣り餌にはなってもらうガ、喰いつかせても喰イ逃げはさせナイ。心配するナ」


「餌って言った! 僕のこと餌って言った! やだーやだやだやだー!!」



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――翌日 バベル下層街 地下貧民街アンダーグラウンドへの階段


 結局、リェンさんに押し切られ、柘榴鼠シーリュウスウを襲撃した集団に近づく為に地下貧民街アンダーグラウンドに放り込まれることになってしまった……


 昨日は不安であまり眠れなかった……職業軍人のような兵士より、前世のヤバいイメージと紐づき易く、何をしてくるか予想できないマフィアやギャングの類いの方が僕は恐ろしいと感じてしまう。


 下層街から地下鉄の入口のような階段を下った先は、下層街より天井は低く薄暗い陰鬱とした空気が漂う広い空間。まさに地下貧民街アンダーグラウンドの名前通りの場所だった。



「うぅ……どうしていつもこうなっちゃうんだろうね……」


 一応変装も兼ねて瞳の色もコンタクトで変えて髪も染めてきたけどさ、こんな鮮やかに発色するとは思わなかったよ。白髪って凄いよね、色の入りが半端じゃない。

 ザックは笑ったけど、ティスの色で僕は良いと思うんだけどな……ザックのバカ。


 内心愚痴をこぼしながら、バラック小屋が並ぶ狭い道を抜け、何の建物跡地かも分からない廃墟へと足を進める。


 リェンさん曰く、今回の襲撃は地下貧民街アンダーグラウンドの”グラディオ・イーシス”と名乗るストリートギャングで、僕が向かっている廃墟を拠点にしているらしい。

 そこまで分かってるのであれば乗り込んで捕まえて欲しいものだが、マフィア同士の協定で地下貧民街アンダーグラウンドは不可侵と決められていて、上層街も絡む話なのでしがらみも多いそうだ。



「不可侵ねぇ……そう言って絶対マフィアの息のかかった組織が入り込んでたりするんだろうけどね。現に僕が送り込まれてるワケだしさ……ハァ……嫌だなぁ、怖いなぁ」


 廃墟に近づくにつれ、壁に至る所にギャングのエンブレムと思われるマークが描かれている。

 それは偶然だと思うが、この世界とは違う歴史を知っている僕には驚くほどミスマッチに感じるエンブレムだった。


 ”フルール・ド・リス”、昔のフランス王家の紋章にそっくりだ……

 ギャングが王家の紋章を掲げるって何かの冗談にしか感じないね。



 崩れかけた建物を更に奥に進むと、元はホールだったと思われる開けた場所へ繋がっていた。

 そこには集まっていたのは見るからに”ガラ”の悪い男女が十数名、イメージしていた若者が多いギャングとは違い年齢層が割と広いように思える。


 そして中心には崩れた石段に肘をつき座る見たことのない種族の青年、特徴は馬に近い。

 たてがみのような長髪は、よく手入れをされているのかサラサラで、金色の毛が輝いて見える。

 尾も同じく毛並みが揃い気品すら感じる。紋章といい、まるで玉座に坐する王様だ。

 こんな場所にいなければギャングに見えないだろう。


 リーダーと思われる青年が放つ妙な風格に気おくれしてしまったが、僕は意を決して彼らに声をかけた。



「あのっ!! ここに楊梅瘡ようばいそうに効く薬があると聞いたのですが!!」


「あん?」


 うわぁ……一斉に振り向かないで、怖すぎるって。


「誰に聞いた? それに見ない奴だな」


「はい、下層街の歓楽街に住んでます。昨日、柘榴鼠シーリュウスウの人が外のマークと同じものを見せながら地下貧民街アンダーグラウンドの人を匿っていないか一軒一軒聞いて回っていたんです。

楊梅瘡ようばいそうの薬を保管している倉庫が襲撃されたって言ってました」


「クソが……もうバレてんのか!」


「それで、僕のお姉ちゃんが楊梅瘡ようばいそうで……薬を売ってもらないかと思って……」


 憤るギャングたち相手になるべく哀れに見えるように泣いてみせる。


 今回は感情を読める”テラス”の他に、プロフィールが交渉人ネゴシエーター詐欺師スウィンダラー語り部ストーリテラーのキャラクターを加えて騙す気満々の構成だ。

 実在しない姉を騙るのは気が咎めるけれど、強気に嘘で丸め込むのはいくら編成の力このちからがあっても自信がない。


 せっかくのメルミーツェこの見た目なんだ、同情でもなんでも買ってやる。



「そうか……姉君が……それは辛いな。しかしな、この薬は効果がないみたいなのだ」


 僕の演技に反応したのはリーダーと思われる石段に座る青年。

 彼の琴線に触れたのだろうか、目頭を押さえ涙を浮かべ、こちらを心底憐れんだ態度を見せる。

 読み取れる感情も”憐憫れんびん”一色、何だか騙していることが申し訳なくなってしまう。


 しかし、薬なんて全てが即効性があるものではない、それでも『効果がない』と思ってくれたのは狙い通りだ。



「少女、もし薬を手に入れられたらお前の分を残しておいてやる。名を聞いてもおいてもいいか?」


「……ジェーン=ドゥです」


 この人めちゃくちゃ良い人じゃないか?

 もしかして何か事情があって襲撃したのかも……


 人情味のあるリーダーに一礼し、僕はグラディオ・イーシスの拠点から立ち去った。

 下層街に帰った後は宿で髪色を戻して柘榴鼠シーリュウスウへ報告に向かったが、心に引っかかるモヤモヤを拭えずいた。



 心が痛い、心が痛いよぉalmA。

 僕は留守を任せた浮かぶ多面体を想い内心を吐露した。


【ジェーン(メルミーツェ) イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093073296298125

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