ep14.小さな来訪者2

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 海の日 pm 05:30


――バベル下層街 作業場


「貴様ラ、何処の家の差し金ダ? 話さなけレバ話すまで指ヲ切り落としてお互いニ喰わせルゾ?」


「僕の家族に危害を加えるつもりなら、僕は絶対に赦さないよ」


 僕たちは既に臨戦態勢だ。

 もしかすると薬のことはティスたちと話している時に聞いたのかもしれないが、先ほどリェンさんに上層街と霊鉱精ドワーフの関係を聞いたばかり。憶測で油断なんて出来ない。

 銃を知らない目の前の二人には脅しになるか分からないが、それでも僕は銃を彼らに突きつけた。



「答えて……どうして作っていたのが薬だって知ってるの?」


「待っで、待っでください! たぶんスフェンこの子は見たらわがったんです! スフェン、アンタの考え言いなさい!」


「そうだよぅ、だってアレって菌の培養する魔導具でしょ~? それに蒸留水を作る装置もあるんだよぅ。だから銃は怖いから降ろして欲しいんだよぅ」


「……何で銃を知ってるの? それに菌の培養まで……おかしいよ」


「やっぱリ、貴様ラ事前に何か知っていたんだロウ……?」


 スフェンの言葉で益々疑惑が深まった。

 バベルに滞在してまだ日は浅いけど、僕が持つ銃はもちろん、黒色火薬を使うマスケット銃の類いすら見たことがない、細菌を認知する程の医療技術なんて論外だ。


 僕たちの警戒が一段上がったことを察したスフェンの姉は蒼白な顔で、両手を上げ精一杯敵意がないことをアピールし弁明を始めた。


「違うんです! スフェンこの子は言葉足らずですげど天才なんです! えっと……えっと……あ! スフェン、あれ見て、あれは何か解るべか?」


 そう言って彼女が指差したのは壁に立てかけてある僕の爆砕槌バーストハンマー

 姉に言われた通りにスフェンは瞬きもせずにハンマーを凝視し、1分も経たずに答えた。



「たぶん、持ち手の引き金を引いたら爆発するんだよぅ。金槌の片方に穴があるから、ブンって早く振れるんだよぅ」


「……当たってる」


「偶然ダロ?」


 その後も『あれは? あれは?』と姉が指差す物を次々と言い当てていく。

 almAやペニシリンが入った容器などは素直に解らないと言うが、その際も何故解らないかを説明し、姉が足りない言葉を付け足すと筋が通るように思えた。



「リェンさん……この子、本当に天才かもしれませんよ……」


ゥ……一つ答えロ、貴様ラの家名はなんダ?」


「家名は……ないです……ウチらの集まりはネッカムって呼び合ってます、それが家名みたいなもんです」


~、得心がいっタ、そうカ、お前ラ行雲流水こううんりゅうすい霊鉱精ドワーフカ」


「こううんりゅうすい?」


 話に置いていかれている僕に、”ネッカム”との言葉で警戒を解いたリェンさんが説明してくれた。


 上層街の庇護を受けずに、下層街や地下貧民街で自分たちの力だけで、自分たちのやりたいことをする変人霊鉱精ドワーフの集まりがあるそうだ。

 上層街は彼らを『無価値な物ネッカム』と蔑称で呼び、逆に下層街の者たちは忌避される古代種エンシェントであっても、庇護を受けることを拒否する彼らを、『空を行く雲の如く、川を流れる水の如く、縛られない者』とある種の尊敬を込めて行雲流水こううんりゅうすいと呼んでいるらしい。


 つまりスフェンたちは上層街とは無関係ってことか。

 それにしても、自分たちの呼称に蔑称を選ぶなんて皮肉が利いてるね。

 黒人たちが自身のコミュニティーでお互いを”nigger黒んぼ”と呼び合うみたいなものかな?



「すまなかっタナ、もう行っていイゾ」


「は、はい! だば失礼します!」


 誤解も解けて解放されたスフェンの姉は一刻も早く立ち去ろうとするが、スフェンはそれを許さない。姉の腕を掴み反対側に全体重をかけて踏み止まっている。



「やだよぅやだよぅ……一緒にお願いしてよぅ」


「スフェン、ごめんね。僕たち急いである場所に行かないといけなくてさ、船で旅をしてるんだ。だから乗り遅れるワケにはいかないんだよ、お姉ちゃんも困ってるから聞き分けてあげて、ね?」


「やだよぅ、ならボクがもっと速い船造るからもっと居てよぅ」


 ついつい子供をあやすような口調で話してしまっても、スフェンは気にする素振りもないほどに必死に僕たちをバベルに留めようとしている。

 しかし、滞在期間を延ばす為に自ら船を造る発想に至るとは、本当に自由な人たちなんだなと、ある意味関心した。



「オイ、スフェン、もし本当に船ヲ造れるナラ明日までに証明して見せロ。白猫バイマオが出発前に考エ直させるニハ、それしかないゾ」


「いや、流石に無理ですって……――」


「分かったよぅ! 証明するから絶対絶対もっと居てよぅ!」


 僕の言葉を遮るように宣言をし、今後はスフェンが姉の手を牽いて作業場から走り去っていった。


 無理難題を吹っ掛けて諦めさせようとしていたリェンさんは、予想外過ぎた反応に呆気に取られている。僕がどうしようと問うと、ただ一言『すまン』と返ってきた、マジか……


 その後、姉弟と入れ違いのタイミングで戻って来たジズさんから膿を受け取り、培養作業に戻った。スフェンなら本当に船を造ってしまいそうでだ……その場合、僕はどうすれば良いか、考えているうちに時間が過ぎ夜になってしまった。



――翌日正午 バベル下層街 作業場


「本当に造ってきちゃったよ……」


「むふぅ、約束は守って欲しいんだよぅ」


 意気揚々と作業場にやってきたスフェンが手に持ったものは、動力船と思われる船のミニチュア。

 ただし、模型のようなチープなものではない、付き添いで来た彼の姉曰く、機能をそのまま縮小したもので、耐久性まで加味して建材の厚みまで縮尺通りに出来てる、らしい。


 うん、何を言っているか全然解らない。



「えっと……これをそのまま大きく造ったらスフェンが言う『速い船』になるの?」


「そうだよぅ、特に横に付けた機構はマナ効率を最大化してぼかーんってなるんだよぅ」


「最後急にIQが下がったね……ブースターみたいな物なのかな……? どれくらいの出力なの?」


「ん~、後ろに人が立ってたら死ぬくらいだよぅ」


 死ぬんだ……

 いや答えになってない、お姉ちゃん翻訳して……


「ね? ね? 約束だよぅ、ミーツェは嘘吐かないよねぇ?」


「んぐ……」


 やめてくれ、潤んだ瞳で見つめないでくれっ!!

 これで断ったら僕が頑張った子供を裏切る毒親みたいじゃないか……

 それはダメだ、オーリとヴィーも見てる、完全に詰んだ……



「わ、わかった……でも必ず船造ってよ? ミニチュアで終わりはナシだよ?」


「もちろんだよぉ! ネッカムは嘘吐かないんだよぅ」


 ファルナごめん……

 もし遅れそうなら陸路を使ってでも駆けつけるから、もう少し時間を頂戴……



 断れない日本人気質な自分が恨めしいよalmA。

 僕はスフェンと共に浮かぶ多面体をペタペタと触った。


【スフェン イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093073180224163

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