ep13.小さな来訪者1

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 海の日 pm 03:00


――バベル下層街 作業場


ドワーフ……――

 創作物のイメージでは屈強な戦士であったり、鍛冶のエキスパートだったりと、いずれにしても力強い印象が多い。そしてもう一つ、共通して背丈が低い、僕が持つドワーフのイメージもこれに倣っている。


 しかし、目の前に居る少年とも少女ともとれる中性的な人物は、身長こそ低いものの、どちらかと言えば瘦せ型で、眼光鋭い戦士や職人と言うよりは、遊び疲れて寝落ち寸前の子供と言った方がしっくりくる。


 とにかくマズいぞ、作業場で暴れられたらペニシリンが台無しになる。

 それに子供たちの前で人殺しなんて見せられたら堪ったものじゃないよ。

 マフィアが言う『殺されたいのか?』なんて洒落になってないって!!



「リェンさん! 一回落ち着きましょう! ここで暴れたら薬が台無しになります! この人が何かするつもりなら僕も戦いますから、先ずは話を聞いてみませんか!?」


ゥ……そうだナ、諫めてくれたコト、礼を言ウ」


 威圧する態度を解いてくれたリェンさんに胸を撫で下ろしつつ、霊鉱精ドワーフに向き直る。『上層街アッパーレイヤーの子飼い』って言葉は気になるけど、単に迷い込んでしまっただけかもしれない。



「それで……君はどうして此処に来たのかな? もしかして迷っちゃった?」


「むぅ~子供相手みたいな話し方は止めて欲しいよぅ」


「えっと……ごめん? じゃあ、もう一回聞くけど何で此処に来たの?」


「ソレだよぅ、ボク、ソレにすっごい興味ある」


 霊鉱精ドワーフが指差したのは子供たちを護らせていたalmA、どうしてこの子がalmAを知っている?

 探りを入れたいけど、眠そうなこの子の表情からは何も読み取れない。


 早々に読み合いを放棄した僕は直接疑問を投げることにした。



「なんでalmAを知ってるの? 初対面だよね?」


「almAくんって言うんだぁ~、娼館で会ってるから初対面じゃないよぅ?」


 娼館ってフェーリンだよね?

 でも……こんな印象的な子を忘れるワケないと思うんだけどなぁ。


 僕は今までの記憶を手繰り、一つだけ思い当たる節を見つけた。



「もしかして……ソシオが乗り込んできた時に奇声を上げて逃げていった子供?」


「むぅ~子供じゃないってば~。

そうだよぅ、ソシオ……は知らないけど、通りかかった時にalmAくんを見つけたんだよぅ……」


「……お前は白猫バイマオの魔導具ヲ奪いに来たのカ?」


「違うよぅ~、ボク、almAくんと仲良くなりたいんだよぅ」


「「は()?」」


 仲良く、とは?

 要領を得ない答えに僕は困惑し、リェンさんも思っていた展開ではなかったようで、呆気に取られた僕たちは互いに顔を見合わせた。


 そんな僕たちのことはどこ吹く風と霊鉱精ドワーフは続ける。



「ねぇいいでしょ~? almAくんを近くで見させて?」


「う、うん……良いけど、乱暴にしないでね?」


「もちろんだよぉ」


 ててて、とalmAに駆け寄っていく霊鉱精ドワーフを尻目に額に手を当て『なんなんダ』と呟くリェンさんに霊鉱精ドワーフについて聞いてみた。


 思った通り、彼らは古代種エンシェントで、バベルは彼らとの共生関係にあるそうだ。

 霊鉱精ドワーフは技術を提供、保守し、バベルは彼らに開発に専念できる環境と保護を約束しているらしい。

 ただし、今ではその技術のほとんどを上層街が独占し、元々あった貧富の差に加え、インフラの掌握によって支配構図が出来上がってしまっているそうだ。


 曰く、上層街と下層街では魔導具の技術や兵器による武力が雲泥の差なんだとか。



霊鉱精ドワーフは総じて偏屈ダ、発明にしか興味のナイ奴、兵器を使っタ戦いを生き甲斐にする奴、かく一つのことにやらたと執着するんダ」


「戦いが生き甲斐なのは危険ですが、それ以外は問題ないんじゃないですか?」


霊鉱精ドワーフだけで考えれバナ。あいつラを囲ってル上層街の奴らハ、自分たちが独占できナイ技術や知識が広まるのを嫌ウ。過去にそういったモノの略奪、破壊をマフィアワレら霊鉱精ドワーフにやらせてキタ」


 中々過激な話だね……前世でも知識層を問答無用で虐殺した歴史のある国があった。

 思想こそ違えど、やっていることはそれに近いんじゃないかな?



「だから白猫バイマオ、気は抜くナ」


「……分かりました」


 しかし、当の霊鉱精ドワーフは遠巻きに警戒をする僕たちなど気にする素振りもなく、ティスたちと談笑しながら背伸びしたり寝そべったりとalmAを様々角度から観察し、一通り見て満足したのか、今度は狭い歩幅でこちらに駆け寄ってきた。



「君、ミーツェって言うんでしょ~? ボク、スフェン。ねぇ、明日からボクも作業場ここに来てもいい? almAくんともっと仲良くなりたいよぅ」


「えっと……」


 リェンさんを見るとまだこの子を見定められていないのか複雑な顔をしている。

 どちらにしてもそれは無理だ、なぜなら……



「ごめんね、僕たち明後日にはこの街を離れるんだ。だから明日は大丈夫だけど、それ以降はalmAはいないよ」


「えぇ~、やだよぅやだよぅ、もっといてよぅ~」


 そう言ってスフェンはその場に転がって駄々をこねた。

 子供じゃないと言うけれど、僕から見ればオーリやヴィーよりもずっと子供に見える。


 この駄々っ子をどうするべきか逡巡していると、開けっ放しにしていた入口から大声が響いた。

 ジズさんの声ではない、僕は新たな人物の乱入に脳のキャパシティの限界を感じ始めていた。

 こんなことリム=パステルで代表たちに次々と会ったとき以来だ……もう嫌……



「こったらところにいたのか! いきなりいなくなるなって言ったべや! 何回言ったら分かるん!?」


「お姉ちゃんお姉ちゃん。お姉ちゃんも一緒にお願いしてよぅ、almAくんにバベルに居てってお願いしてよぅ」


 お姉ちゃんと呼ばれた鮮やかな赤髪の女性は眠そうな目ではないけれど、それ以外の顔のパーツがそっくりだ。

 ただ、話し方が全然違う、前世で言うところの東北訛りにイントネーションが近い。


 彼女はスフェンを引っ張り起こし、気まずそうに頭を下げた。



「弟がご迷惑をお掛けしました。ほれスフェン、アンタも謝れ。それにもう帰るよ、父ちゃんも心配してたんだかんな?」


「やだよぅやだよぅ、お願いだよぅ。薬作るの手伝うからもっといてよぅ」


「「――!?」」


 僕たちはスフェンの言葉でたちまち身構えた。

 リェンさんに至っては先ほどの殺気の籠った視線を姉弟に向けている。

 当然だ、僕たちは作業場ここで何を作っているか一言も言っていない。



 まさかリェンさんが言ってたことが本当になったよalmA。

 僕は浮かぶ多面体を子供たちのところに待機させハンドガンを抜いた。

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