ep10.中層無法地帯のマフィア2

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 天の日 pm 11:00


――バベル 中層無法地帯ロウレスライン 柘榴鼠シーリュウスウ拠点


 戦争と侵略、そして航海技術の発展と共に世界中に一気に広まった感染症。

 歴史上、”ヴィーナス病”なんてロマンチックな名前で呼ばれることもあったが、その実、身体も精神も蝕む恐ろしい病、それが梅毒だ。


 ただし、それは治療法が確立していない時代の話であって、がある現代では治療が難しい病ではない。ここまでが僕が元々持っている知識。


 ここからは編成の力で研究者メルミーツェの知識を借りる。

 細菌感染症の特効薬はペニシリン系抗菌剤、青カビが持つ抗生物質。

 作り方は青カビの培養、抗生物質の分離、抽出、やってやれないことではない。

 問題はこれらは僕の拠点の力、つまり製造所では作れないこと。


 それにもう一つ、時間が足りない……

 もう数日で立涌丸たてわくまるの出航の準備が整う、見送ってしまえば陸路か次の船を待つことになる。

 子供たちを連れて危険は陸路は選べない、それに次の船がいつ来るかなんて知らない。今の最善は『薬は知らない』と言って関わらないことだ、でも……



「どうダ? 薬に心当たりはあるカ?」


「……すみません、やっぱり扱いがないと思います」


「そうカ……急に連れて来てしまって済まなかっタナ。ジズ、送ってやってクレ」


 丸い鼠耳をぺたんとさせたイーリエンさんの指示で、僕はジズさんに連れられて下層街へ戻って来ることができた。宿へ帰るころには日付も変わり、モヤモヤとした気持ちのまま、子供たちの寝るベッドに潜り込んだ。



――翌日 下層街 はる月兎亭つきうさぎてい


 一晩寝ても気分は晴れなかった。僕がペニシリンを作らなかったとして、それで命を落とす人がいても僕の責任だと言う人は少ないと思う。


 病で命を落とす人、

 戦争で命を落とす人、

 飢餓で命を落とす人、

 その他にも色々、

 全てを救うなんて神様でもきっと無理だ。


 今の僕が優先するべきは、家族の命を護ること、戦地で命の危険と向き合う友人の助けになること、分かっている、全部分かっている、でも……でも。



「ミーツェ、どうしたの? 朝から変よ?」


 伏し目になっている視線と合わせるようにティスがふわふわと仰向け飛び、僕の顔を除き込む。

 彼女の表情に不意に懐旧の情が湧いた、一人で消化できない感情を溜め込んでしまったこの状況、ツーク村で初めてティスに自分が転生者であることを告白したときと似ている。

 そう気づくと僕の口から次々と、取り留めなく言葉が出てきた。



「あのね、昨日、マフィアに拉致られてさ。それは大丈夫だったんだけど、病気の薬がないかって聞かれて、僕、知らないって答えたんだ。でも本当は知ってるんだ。

薬を作るのは時間がかかるんだけど、僕はファルナのとこに行かないといけないし、船を待たせることもできないでしょ? かと言ってティスたちを連れて危ない陸路は選べないんだ。でも、薬がないと人が死ぬかもしれなくてさ、それで、それでさ……」


 我ながら支離滅裂で、要領を得ない説明を黙って聞いてくれたティスから返ってきたのは、たった一言の質問だった。


「で、本当はどうしたいの?」


「……薬を作って安全に旅がしたい、ファルナの助けにもなりたい」


「そう、じゃあそうしましょう」


 ティスは事もなげに言う、僕だってそうしたい、でも方法がない。

 現実的ではない答えに少しだけ棘のある口調で僕は返す。



「できないよ、無責任なこと言わないでよ」


「あら、できるわよ? だってミーツェには力を貸してくれる人が沢山いるじゃない」


「……どういうこと?」


「一人で時間が足りなりなら誰かを呼べばいいじゃない、それが出来る力を持ってるでしょ? 霊樹精エルフを助けるって言い出した時くらいからかしら、ミーツェって何でも自分一人でやろうとする癖がついたわ。

それって悪い癖よ、前は違ったのにどうしちゃったの?」


「そう……なのかな? でも、ティスの言う通りだね。

僕がバベルを離れたとしても薬を作ってくれる人が居れば解決する。でもその為には……」


ポータルのことを誰かに話さないといけないわね。

それも含めて考えれば良いんじゃないかしら? どう? さっきよりは前向きに考えられるんじゃない?」


「……うん、ありがとう、ティス」


 ティスに諭されてからの僕の決断と行動は早かった。

 やはり救えると分かっている命を見捨てるのは嫌だ。


 ペニシリンを作る上で重要なのは薬学知識よりも抽出後の効果検証、その為の量産を短縮できて、僕が信頼を置ける人物は彼しかいない。


 僕は宿の部屋にピンを突き立て、拠点からリム=パステルの自宅に戻りスラムへ走った。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――同日 バベル下層街 娼館フェーリン


 夕刻、リム=パステルから戻った僕たちは娼館のエントランスでソファーに座り、下働きの子に呼びに行ってもらったカプリスさんを待っていた。

 既に娼館が営業中なこともあり、周りはわっくわくの男たちで少し気まずい。



「なぁお嬢、お嬢が力貸してくれって言うなら喜んで手ェ貸すけどよ。なんで娼館にきてんの?」


「えっとね、目的地への行き方がわからなくてさ、フェーリンここの人に協力てもらうくらいしか思いつかなかったんだよね」


 今回、僕が協力を求めたのはザックだ。

 微生物の活動を加速させる”腐化”が使え、今や発酵のプロフェッショナルと言って良い彼はペニシリン生成に適任なんだ。



「よくわかんねェけど分かったよ。しっかし、ここって本当に違う街なんだな」


「うん、拠点の力このちからのことは秘密にしてね」


「おう、もちろんだ。お嬢もさ、普通に言ってくれれば良いのに、変なポーズでお願いしてくるから頭おかしくなっちまったかと思ったぜ?」


「いや……あれは百戦錬磨の手練手管と言うか……まぁ忘れてよ……」


 拠点の力を打ち明けるとき、秘密を守って欲しいことをカプリスさんの真似をしながら伝えてみたが、可哀想な子を見る目を向けられてしまった……


 好奇心はメルミーツェをも殺す、僕の黒歴史に新たな1ページが刻まれた。



「待たせんした。もう来てくれないと思いんしたよ。それで、どうしんしたか?」


「……もう騙し討ちは勘弁してくださいね。

柘榴鼠シーリュウスウの方と連絡を取りたいんです、『薬の件』と言って下されば分ると思います」


「うふふ、ご免なんし。ではすぐにジズ様に遣いを出しんす。お越しになるまで、わっちの部屋でゆるりとしておくんなんし」


 僕たちを迎えてくれたカプリスさんに続き、彼女の部屋を向かう。

 途中、ザックが柘榴鼠シーリュウスウについて訪ねてきた。

 ここで僕は彼に今回の依頼者について話し忘れていたことに気づいた。



「なぁ、ジズ様ってのは誰なんだ?」


「えっーと……マフィアの偉い人」


「マフィア!?」


 カプリスさんの美貌にデレデレだったザックの顔が一気に青ざめた。


 ごめん、本当に忘れてたんだ。

 話したら協力してくれないかもとかの打算は一切ないよ、いや、うっかりうっかり。



 報連相って大事だよねalmA。

 僕は浮かぶ多面体をザックとの間に入れて彼から目を逸らした。


【ザック イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093072950389825

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