ep9.中層無法地帯のマフィア1

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 天の日 pm 10:30


――バベル 中層無法地帯ロウレスライン ???


 下層街に何本も建つ天井まで届く支柱、あれは上層へ行くエレベーターのような機能があった。

 フェーリンから出た後、あれよあれよと支柱から上層街の一歩手前、中層無法地帯ロウレスラインまで連れてこられた。


 下層街とは違い、中層無法地帯ここには空もなく、まるで通路と建物で構成された迷宮のよう。

 僕がイメージしていた九龍城そのものだ。

 そんな迷宮を奥へ奥へと進んで、広い建物に通され今に至るワケだけど……



「おや、花茶は口に合いませんかの?」


「いえ……大好きです…………アハ……アハハ……」


 間接照明のみの薄暗い室内で革張りの真っ黒いソファーに座らされ、出されたお茶を飲んではいるものの、緊張で味なんて分かるワケがない。

 ソファーの後ろには僕を拉致したジズ様と呼ばれた女性、テーブル横にはお茶を出してくれた老齢の猫人族の男性。猫と言うか虎と言うべきか……好々爺こうこうや然とした立ち振る舞いと表情だけど、居るだけで圧迫感を感じる妙な雰囲気を纏っている。


 根拠はないが、この人が一番ヤバい。


 なるべく目を合わせないように両手を膝に置き、お茶をジッと見つめていると、奥の扉が開き一人の鼠人族の女の子が部屋へ入ってきた。

 美しい刺繍の入ったチャイナドレスを着たその少女は、僕の対面の一人掛けソファーにどかりと座り、こちらを見据えながら口を切った。



「待たせたナ、お前がジズが言っていた商人ダナ?」


「……はい、メルミーツェ=ブランと申します」


 この人が”長”?

 かなり小柄だし、背だって僕と同じくらい、この二人のどちらかの子供かと思ったよ。



「お前……今小さいと思ったダロ?」


「――!! いえいえ、そんなことありませんよ!」


 フェーリンのときといい、僕ってそんなに思ったことが顔に出てるの!?

 何にしてもマズい、機嫌を損ねて『翌日冷たくなった猫人族の少女が発見されました』なんてニュースみたいなオチは嫌だよ!

 僕は無事に帰って子供たちのいるベットで一緒に眠るんだ!!



「リェンお嬢様、初対面の方ニ、毎回それを聞くのはどうかと思いまスワ」


「ふぇ?」


フンッ! ドウセお前たちだって思ってるんダロ!?」


 よく分からないけど、顔に出てたワケじゃなくて、この人の被害妄想ってことで良いのかな?


「ほれほれ、拗ねてないで話を進めなさい。旦那様のように立派な長になるんじゃろう? 先ずは自己紹介からじゃないのかのぅ?」


「分かってル! メルミーツェと言ったナ? ワレはイーリエン=ラオだ、名乗りが遅くなって悪かっタ……」


 好々爺さんに諫められ、頬を膨らましながらも素直に言う事を聞くイーリエンさん(様?)は可愛らしく、幾分か緊張も解けた。しかし、この人たちがマフィアだということは忘れてはいけない。



「すみませんのぅ商人殿、お嬢様は齢40を超えてもこの通りまだ子供でして」


「40!?」


ゥ……お前……やっぱりワレを子供だと思ったダロ?」


「いえ! そんなことはありません! それにしてもラオ様のお名前は親近感が湧きます、僕の国にも同じ名前の女性がいまして、とってもお世話になっているんですよ!」


 僕はどうにか話を逸らそうと別の話題を振る。

 安直かもしれないけれど、名前の話題なんて初対面での話の取っ掛かりとしては十分だろう?



ッ!? の人はどんな人ダ!? お前は北の地方から来たのだロウ!?」


「え? え? あの……アルコヴァンという国の首都で皆から慕われている女性です。150歳を超えていますが、とんでもなく強くて”スラムの女帝”なんて呼ばれてますね」


 苦し紛れの話題だったが、イーリエンさんは異常なほどに喰い付いた。

 尖った歯を見せて無垢な少女のように満面の笑みだ。

 反面、好々爺さんはひどく渋い顔をしている……マズいことを言ってしまったのか?


 もう僕の上着は絞れるかと思うくらいに汗まみれだ。



「チョンバイ! アルコヴァンだゾ!? 間違いない! おばあ様ダ!!」


「リェン、飛び跳ねるのはしたないですぞ、落ち着きなさい」


「あ、あぁ、そうダナ」


「ところで商人殿、その首都にはクソ猫……ンンッ!! レイコフと言う男はおりますかな?」


 今クソ猫って言った?


「……はい、います。首都リム=パステルの有力一族の代表の方ですね」


「チッ……」


 え、何? 怖いんだけど……


「ソウかぁ、コレもきっと父様と母様が引き合わせくれたのだろうナァ……」


「あの……すみません、どういう事でしょう?」


おお、そうだったナ、すまなイ、実はナ――……」


 イーリエンさんの話では、新参ながら今では中層無法地帯ここの三大勢力となったマフィア、”柘榴鼠シーリュウスウ”の初代がラオばあちゃんだそうだ。

 まさかマフィアの首領ドンだったとは驚きだが、老齢でおかしな強さの理由が分かった気がした。


 ラオばあちゃんは、ある日ふらっとバベルに現れたレイコフと意気投合して、自分の子供、つまりイーリエンさんの父親にトップを譲ってバベルを去ってしまったのだとか。


 子供が居るのに駆け落ちしたってこと? 旦那さんは?

 でも、レイコフさんとラオばあちゃんって結婚してないよね?

 レイコフさんの方がだいぶ年下だけど、連れ出しといて結ばれてないとか……あの人何してくれてんのさ。

 どうも好々爺チョンバイさんはこのことを良く思ってないっぽいし、お陰で僕ピンチなんだけど……?



「ほほ、そう構えなくても良いですぞ。

全てレイコフの責任、もし会うことがあったらぶち殺……ケジメをつけさせるだけですじゃ」


「チョンバイ、父様も言ってタゾ、おばあ様は望んでバベルを去ったンダ。

 会ったことはないガ、おじ様は悪くナイ」


 そうなんだ、レイコフさんに会ったことないってことは、イーリエンさんはラオばあちゃんにも会ったことないのか。でもここまで慕ってるってことは、お父さんがよほど理解があったんだろうね。



「もちろん分かっておりますぞ、1発殴るだけですじゃ」


「お前が殴ったラ、内臓が破裂するダロ……」


 破裂するんだ……


「話が逸れたナ、今回来てもらったのはメルミーツェにあるモノを用意できないか尋ねたかったからダ」


 本題か……あるモノって何だろう……?

 マフィアだったら武器?まさか麻薬とか言わないよね……


「何がご入用なんでしょう……?」


治療薬くすりダ」


麻薬くすりですか……ちょっと危ないモノは取り扱いがありません……本当に申し訳ありません……」


 ヤバいヤバいヤバい、本当におクスリだった!!

 どうしよう、どう切り抜けよう!?


ウン? 病を治療する薬が何故危ないンダ?」


「はえ? でも麻薬くすりって……」


~、違ウ違ウ、もしかして麻薬ドゥピンと勘違いしてるナ? ルパ・リンチェの連中じゃあるまいシ、ワレらはそんなものは扱わナイ」


 僕の間の抜けた声にケラケラと嗤うイーリエンさんは、訂正ついでにマフィアの構図について少し教えてくれた。


 中層無法地帯ロウレスラインの三大勢力は、イーリエンさんたち”柘榴鼠シーリュウスウ”、先ほど名前が出た”ルパ・リンチェ”、最後に娼館でソシオが言っていた”メドヴェージ”、それぞれ収入源としている商売が違うそうだ。


 その中で麻薬売買を主な収入源としているのはルパ・リンチェで、元々そういったことが嫌いなラオばあちゃんが対抗組織として作ったのが柘榴鼠シーリュウスウらしい。

 なのでイーリエンさん自身も麻薬売買には嫌悪感があると語っていた。



「察しはついてると思うガ、ワレらの収入源は歓楽街ダ。元々病とは隣り合わせの商売だガ、ここ数年で死に至る病がかなり増えているんダ」


「どんな病気なんでしょうか?」


楊梅瘡ようばいそうと言ってナ、斑点が身体に出ル。暫くすると斑点は消えるガ、次第に全身を蝕み、は腐り、鼻を落とす恐ろしい病ダ」


「それって……」


 たぶん梅毒ばいどくだ……

 対抗策は……ある。

 でも生物由来のものは拠点では作れない。



 どうしよう……almA。

 僕は部屋の外にいる浮かぶ多面体に抱き着きたくなった。


【イーリエン イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093072913042118

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