chap.8 階層都市バベル

ep1.ファルナからの手紙1

■後神暦 1325年 / 秋の月 / 空の日 pm 07:30


――リム=パステル インディゴ商会 飲食店


「オーレリア奪還1か月を祝して! かんぱ~い!!」


「毎週やってませんか……? 僕、帰りたいんですけど……」


「ガハハ! よっぽど嬉しいのだろう、錆鉄さびてつの、久しぶりに吾と力比べをするか!!」


「嫌です……本当に勘弁してください……」


 乾杯の音頭を皮切りに、貸し切りの酒場で各商会の代表や関係者が酒を煽る。

 調印式を経て、正式にオーレリアも返還され浮かれに浮かれたベリルさんは、祝賀会と称した飲み会を頻繁に開催している。そして当然のように毎回僕は誰かしらに連れられ参加させられていた。


 ある時はムルクスさんに担がれ、ある時はウカノさんに騙され、参加を拒否したら『皆に怒られる』とパイロンさんに泣きつかれることもあった……



「おう、猫姫のチビたち、これも飲んでみるか?」


「何してんですかレイコフさん!! うちの子にお酒飲ませようとしないでくださいよ!!」


屠蘇とそって知らねぇのかい? 俺らんときゃガキんころから飲んでたぜぃ」


「絶っっっ対っダメです!! それにソレ、ただの酒ですよね!?」


 慌ててイスから立ち上がり、レイコフさんと子供たちの前に滑り込む。


 本来なら止めてくれる人たちがたくさんいるはずなのに、今に至ってはそれは期待できない。

 ティスはカニに夢中だし、アレクシアはウカノさんとパイロンさんとで女子トーク始めるし、ザックはもうベロベロだし、そもそもザックはまだ飲んじゃダメな歳じゃないか?


 とにかくうちの子を悪い大人から守るのは僕しかいない!

 でもこの子たちも最近は超敏感肌のシンディさんを突いてビクビクさせる遊びを覚えてちゃったし、保護者の僕としては亡き双子の両親シェラドさんとコリンさんに顔向けできないよ……本当にごめんなさい。



「はぁ……ベリルさんだけ、早めに戻れるようにポータルで連れ帰ったけど、失敗だったかな……」


「なんだぁ? 嬢ちゃんは俺にあの議会議員じじいたちと一緒に帰れって言いたかったのかぁ? 嬢ちゃんが調印式をバックレたことを誤魔化した俺は悪い奴かぁ?」


「……違いますごめんなさい」


 ベリルさんはもう出来上がってる……次に起こることは簡単に予想できる。

 オーレリアに関する苦労話だ、もう何回も聞かされて暗唱すらできるんじゃないかと思えるほどだ。


 力比べの申し出を断り、髪を結ってこようとする女性陣を躱し、我が子に飲酒をさせようとする大人を遠ざけ、最後に酔っ払いに捕まり、げんなりする僕だったが、そんな僕に天の助けが舞い込んだ。



「こんばんはッス!! ミーツェの姐さんいますか?」


「セイル? こっちこっち」


 僕は酒場に入口で辺りを見回す鼠人族の少年に声をかけ手招きする。

 こちらを見つけた彼は、ふわりと浮くような跳躍で、入口から2階に位置する僕たちの席まで一足で跳んできた。



「相変わらず面白い魔法だよなぁ、飛んでるみたいだもんな」


「ありがとうございますっス、ベリル代表の作った靴と姐さんのくれた服のお陰です!」


 にししと人差し指で鼻を擦るセイルをじっと見るアレクシアが、先ほどのジャンプのカラクリを聞いてきた。


「ねぇミーツェ、セイルって鼠人族よね? どうして飛べるの?」


「セイルってちょっと特殊でさ、鼠人族特有の”腐化”が使えないんだ。代わり重力操作なことが出来るっぽいんだよね」


 みたい、と言ったのは僕も彼も彼自身の魔法について良く分かっていないからだ。

 セイルは自分自身を軽くしたり重くしたりできる。


 それだけだと質量に干渉しているのかとも思ったけれど、彼が背負う荷物ごと軽くなったことや、宇宙飛行士が月面を跳ねるような動きをしていたので、現状は狭い範囲の重力操作と位置付けている。



「へぇ~、じゃあどうして街で配達してるときは真横に飛んでるの?」


「アレは滑空だね。ベリルさんが作った靴底から風魔法を噴射する魔導具と、僕があげたウイングスーツ、あとセイル自身の魔法でゆっくり落ちてるだけだよ」


「なんかムササビみたいね~」


「”腐化”も使えないし、もしかしたら鼠人族の中でも進化が違うのかもね」


 元スラム孤児だったセイルは親を知らずに育ったので、その辺りのルーツは分からない。彼の名前もブラン商会を立ち上げたときに配達人トランスポーターとして雇った僕がつけた。


 初めは屋根を跳び回って配達をしていたが、ベリルさんが興味を持って魔導具を作ってからは空を飛ぶような動きまで出来るようなった。

 地形を無視するその移動方法は、市街地でならalmAに乗った僕よりもずっと速い。

 一度に大量かつ迅速に運搬ができる能力を見込まれて、セイル指名でセルリアン商会から配達の依頼を受けることも増えた。オーレリアに書状を持ってきてくれたのも彼だ。



「姐さ~ん、ファルナさんから手紙っスよ!」


「ありがとう~、ファルナ元気だった?」


「はい、でもオーレリアを出るみたいっスよ、それで手紙を頼まれたんス」


「は? どうゆこ? いや、手紙読めば分かるのか……」


 ファルナはヴェルタニアには戻れないはずだ。

 オーレリアの一件を考えれば反逆者扱いをされていてもおかしくない。


 そんな彼女が街を出てどこに向かうのだろう?



「あ、あとコレも預かったっス」


「ロザリオ……?」


 前世のカトリック教会が用いるロザリオとは少し形が異なるが、女神エストへ祈るときにいつもファルナが使っていた。十字架に太陽、こちらでいう日神星を模した円を足したデザインのもだ。



 何だかドッグタグを渡されてみたいで不安だよalmA。

 僕は無意識に浮かぶ多面体を撫でるように触っていた。


==========

手紙を届けてくれたセイルが主人公の物語を書きました!

もしよろしければ、本編と併せてご覧頂けると嬉しいです。


【風の配達人~鼠のセイルと妖精アマリリス~】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076693437501

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