ep18.メルミーツェ再び焦る

■後神暦 1325年 / 夏の月 / 黄昏の日 am 09:40


――オーレリア街壁付近 破壊された橋の下


「どう? オーレリアの兵士いそう?」


「うーん……いないわね。ラミアセプスだっけ? 本当に鏖殺おうさつしたのかも、狂ってるわ」


 almAに乗って橋の下に隠れ、ティスが飛ばすドローンで壁外から街の中を偵察してもらっているが、巡回はもちろん建物の中にも兵士が居る気配はないみたいだ。


 今朝、ティスに全てを話した。


 オーレリアで起きたこと、

 ファルナたちと共闘したこと、

 夜にラミアセプスに会ったこと、

 そして街のその後を確認したいこと、


 一通り黙って聞いてくれたティスは、一緒に行くことを条件にもう一度オーレリアに向かうことを許してくれた。



「ちょっと高度上げるわね。……あ、ミーツェこれ見て!」


「遠くて画質荒いけど、人だかりができてるね。たぶんあの辺って兵士じゃない人たちが住んでる区域だよ」


「もう街に入っちゃわない?」


「だね、兵士がいないけど、念のため門からじゃなく壁を登ろう」


 僕たちは以前侵入したときと同じ場所へ行き、まだ刺さったままの鉄の棒を使って壁を登った。


 almAは僕が乗っていなければかなりの高度まで浮くことが出来るみたいでフワフワと後を追ってきた。ついて来てくれるのは頼もしいが、僕が乗ると高く浮けないと思うと少し複雑な気持ちだ。



「裏路地まで行って、そこからまたドローンを飛ばそう」


「もうさっきの場所まで行っちゃったら?」


「ティス、潜入の基本は情報収集からだよ」


 ラミアセプスからの受け売りを、さも『自分の考えです』と言わんばかりにティスに披露した僕はalmAに跨り裏路地を目指した。

 隠密ステルスが不要なくらい人通りが少ないこの場所は、死角も多く隠れるにはもってこいだ。


 建物の影になり、光が届かない路地でティスにドローンを飛ばしてもらい、僕はハンドガンを構え周囲を警戒した。



「ミーツェミーツェ!! アルコヴァンの兵士よ!!」


「本当だ、ラミアセプスが言ってた通りだね。砦から街に来たんだ」


「それにこの人、旗の女の子よ。確かファルナだったわよね」


 ティスが指差すディスプレイには兵士と言い争っているようなファルナが映っていた。

 ここからだと音声は拾えない、ただ旗を持っている彼女が誰かと言い合ってるのは非常に不穏だ。



「ティス、今すぐ向かおう!!」


 ドローンの回収は後回しに僕はalmAに乗って街の中心付近、ファルナが兵士と対峙している場所へ急いだ。



――オーレリア市街 居住区域


「何故だ!? 女神の意志に反し奴隷を扱っていた者たちは殲滅した! 街の返還にも異論はない、だが住民たちがみな立ち退く必要はないだろう!?」


 やっぱり口論してた……しかも滅茶苦茶怒ってるよ。

 勘弁してくれないかな、また乱戦なんて嫌だよ。

 あれ結構トラウマになるんだからね?



「長年占領を続けた国の者が居座ることを容認できるワケがないだろう!!」


「悪事に手を染めていない住民に罪はない!!」


「奪われた街を取り戻そうとした兵士を幾人も殺した者の言葉を信用できると思っているのか!? お前こそが罪人ではないか!!」


「なんだと……!」


 ヤバいヤバいヤバい、ファルナがキレちゃう!!


「待って!! 待ってくださいぃぃぃ!!」


 僕はファルナと兵士の間に割り込むようにalmAで滑り込んだ。

 武装した集団の中に突っ込むのは勇気が必要だったが、ブチ切れたファルナはいつ暴れてもおかしくない、そうなったら住民を巻き込んで戦闘が始まってしまう。

 なんとなく予想はしてた、ファルナの魔法はたぶんだ。



「君は……錆鉄さびてつ猫姫ねこひめか?」


「そうです! ここで言い争っても纏まらないと思います。だから一度話し合いの席を設けませんか!?」


 ひどく不本意だけど、ここはネームバリューに頼ろう。

 恥ずかしいけど市街戦が始まるよりマシだ。



「ファルナも落ち着いて! そもそも話が噛み合ってないよ! 兵士さんたちは街で反乱が起きるかもしれないことを警戒してるんだよ、奴隷の人たちとどう関わっていたかはあまり関係ないんだって! それより旗置こう、一回置こう、ね?」


「メルミーツェがそう言うなら矛を収めよう……」


「旗、旗も置こう。そうすればもっと話が纏まりやすくなるから(大丈夫、僕はファルナの味方だよ)」


 後半は兵士たちに聞こえないように小声で言った。それでも狂信モードの彼女には聞こえただろう。


 ファルナの意見を前面的に支持するつもりはないが、アレクシアの父親モリスさんのように他種族に偏見のないヴェルタニア人だっているはずなんだ。それにアルコヴァンの人権感覚に順応できない人や、母国への帰属意識が強い人はきっと自然と街を離れていく。


 こうして後日に代表を立てて話し合う事で一触即発の事態は回避された。

 暫くすると他の砦からも兵が集まる、抗議の人だかりも散り散りとなり、兵も街の巡回にあたっていった。

 ファルナも住人をアルコヴァン兵が監視することは渋々了承したが、住人に不当な扱いをしたら容赦しないと言っていた。


 彼女なら本当にやる、自分を犠牲にしてでも絶対やる。

 僕はファルナがいかに有言実行する人か兵士たちに必死に力説した後、ベリルさんへ報告にリム=パステルへ戻った。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



■同日 pm 06:00


――リム=パステル セルリアン商会 ベリル執務室


「本当か!? オーレリアを奪還できたのか!?」


「はい、各砦から兵士さんたちが集まって巡回も始まってます。あと近いです、怖いです」


 初めてalmAを見たときのように目をかっぴらいて机に身を乗り出すベリルさんに妙な懐かしさと変わらない迫力を感じるが、冷静に離れて欲しいことを伝える。

 当時とは違い動揺はなく、最近はむしろ感情が凪いで『怖い』と言いながらも虚無で返答するようになった、僕も成長したものだ。



「それで街に住み続けたい住民と、反乱を警戒して立ち退かせたい兵士とで意見がぶつかって武力衝突になりかけたんです」


「なるほど、まぁそうなるよな。国同士の話し合いは難しいだろうから、街の指揮権を持ってた奴と話すことになるか」


「それがいないんです……」


 僕はあの夜に起こったことを掻い摘んで説明した。

 そしてヴェルタニア兵のほぼ全てはラミアセプスに殲滅されたので、現状ファルナが住民を代表して兵士たちに抗議していることを伝えると、ベリルさんは腕を組みイスに持たれ唸った。


 しかし、意外にも答えは早かった。



「よし、じゃあそいつが代表で良いだろ。

明日にでも議会の連中に話してこっちの代表も決めて早めに出発する。なるべく急ぐが1か月はかかるな。嬢ちゃんの能力も詮索されないように書状はあの坊主に頼むとして早くて5日後くらいか。

悪いがそれまで拗れないように街の連中を宥めといてくれないか?」


「はい、どこまで出来るかわかりませんが、出来る限りのことをします」


 報告は終わったので砦に戻ろうとポータルを出すと、言い残したことがあるとベリルさんに呼び止められた。


「当日は嬢ちゃんも参席頼むな!」


「え……それは勘弁してもらえませんか……?」



 そんな空気の重そうな場にいたら倒れちゃうよ……ね、almA。

 僕は浮かぶ多面体とポータルへ逃げ込んだ。

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