ep19.メルミーツェその後を語る
■後神暦 1325年 / 夏の月 / 星の日 am 10:00
――リム=パステル カーマイン商会 ウカノ執務室
オーレリア解放から約1か月半……
今日は街の今後について交わした公文書の調印式が行われる。
調印と言っても国同士ではなく、アルコヴァンとオーレリアの間で交わされたもので、条約と言うより約束ごとに近く、式典も略式的なものだそうだ。
僕はウカノさんと向かい合って座り、お茶を飲みながらこれまで起きたことを報告していた。
「調印式ですか、早いものです。ベリルさんが
「ご心配をおかけしました」
「いいえ、ベリルさんの説明不足です。よっぽど興奮してたんですね。次の日には会議でオーレリアへ行く人員を決定させて翌々日には出発してたですよ」
確かに到着は早かった。
ベリルさんからは諸々含めて1か月はかかる言われていたが、半月ほどで砦に着いていた。
アルコヴァンからの参席はベリルさんの他に議会の議員代表が二名、相当な強行軍に付き合わされたのだろう、議員の人たちは着いたときにはぐったりしていた。
「それにしても、ベリルさんたちが早く到着したからと言っても、締結まで随分と早かったですね。揉めなかったですか?」
「はい、それがオーレリア側の代表にヴェルタニアの貴族出身の方がいまして、こういった事柄に慣れていたみたいなんですよね」
オーレリアの代表はファルナとジェイル。
嗜好はアレだけど彼は爵位の高い貴族出身らしく、知識のないファルナを補佐していた。
お陰でここまで早く話が纏まったと言っていい。
「それは重畳ですが、相手は随分と思い切ったことをしたですね」
「独断で調印なんてしたら、もう
でもその人、オーレリア側のもう一人の代表を神格化してるみたいで『
「語尾はおかしいですが、
「いえ、一度撃ち殺しそうになりました……」
「……暴動になるですよ?」
代表同士の会議までオーレリアに滞在していたが、流石にそれまで家族を待たせるワケにはいかず、オーリとヴィーも街で一緒に過ごした。
あの男、
話を聞いたウカノさんも事情があったんだろうと察しつつ、『やり過ぎだ』と言いたそうにカップを持って苦笑いをしている。
「
「はい、仰る通りだと思います。
ですがベリルさんが『奪われた街は取り戻した。じいさんの代の咎を孫に背負わすな』とオーレリアに寄り添った意見を言ってくれて、アルコヴァン国民として生活するなら街に残っても問題ない、って流れになったんですよね」
「禍根を残さないように、ですか。
彼自身、少なからず思うところがあるはずなのに……ちょっとだけ見直したです」
「見直したって……結構カッコ良かったですよ」
僕たちはお互い軽口を叩いて笑い合った。しかしベリルさんが恰好良かったのは本当だ。
アルコヴァンは割と平和的な国、それでも元ヴェルタニア人に対して差別や弾圧がないか不安ではある。願わくばこの先、ベリルさんの言葉の通り、過去が清算された関係になって欲しい。
ウカノさんも同じ気持ちなのだろうか、一呼吸置き真剣な面持ちで今まで避けてたであろうことを聞いてきた。
「……メルちゃん、聞きにくいですが、奴隷はどうでした?」
「全員無事、とは言えませんが……多くの人を解放できました。
オーレリアで生活を望む人や辛い記憶が残る街から出たい人と様々ですが、前者はセルリアン商会が支援するみたいです。後者の方々は僕が護ります。もちろん
「頼もしいですね」
「友達との約束ですから」
「ふふ、そうですか。ところでメルちゃん……――」
「はい?」
「――……今更ですが、どうして
「…………」
その疑問は尤もだ。
今回の会議でアルコヴァン側の参席者はベリルさんと議会議員二名、実はあともう一人いる、僕だ……
住民観衆の元に行われる調印式。
それぞれの代表者がサインを交わすまで、他の参席者は固いイスに座りにそれを見届けることになる。
アルコヴァン側の参席者である僕がどうしてふっかふかのソファーでウカノさんとお茶を飲んでいるかと言うと……
「……まさか逃げてきたんです?」
「……はい」
そう、僕は逃げだしたのだ。
双方の代表が会議を始めるまでの間、オーレリアに滞在してファルナと一緒に住民と兵士のトラブルを抑え続けた僕はもう限界だった。
「会議までは頑張ったんです……でも調印式で晒し者になるのは絶えられません……」
「晒し者って……途中に衝突はあったでしょうけど、話を聞く限りでは最終的に信用は得られたんじゃないです?」
「はい、街の返還に不満のある人や、他種族に偏見のある人は早々に街を離れたのもありますが、残った人たちにはとても良くしてもらいました」
ウカノさんの言う通り、住民たちとは良好な関係を築けたと思っている。
僕が逃げたのは、オーレリアでトラブルが起きたときに使ったスキルが原因だ。
歌姫のキャラクター、”カナリア”には睡眠付与のスキルがある。
実際に使ってみると眠るのではなく、歌にリラックス効果が乗るものだった。
結果としてトラブルの収拾はついたものの、暴力を頼らない平和的な解決方法とのことで、街のあちらこちらで歌うハメになってしまった。
――そうして僕についてしまったんだ、恐れていたアレが……
「もしかして、また二つ名がついたです?」
「……はい」
アルコヴァン側から見ると、敵ながら街の奪還にのきっかけとなり、その後も住民の為に奔走したファルナ。オーレリア住民から見ても本来、良くて追放、悪くて奴隷と思っていた自分たちを、アルコヴァンと対等な立場まで引き上げてくれた彼女のことを誰からともなく『オーレリアの乙女』と呼ぶようになったのは解る。僕もそう思う。
でもスキルを使っただけの僕まで『
だって僕が歌ったのは子供たちを連れていたのもあって、顔を換装すると元気が百倍になるヒーローの主題歌だよ?
あの歌は素敵だよ?
だけど子供をメインターゲットにした歌を一触即発の厳つい男たちに歌って賞賛される状況を想像できる人なんている?
控えめに言って地獄だったよ……
嫌なことを思い出し僕が項垂れていると、誰かが執務室の扉をノックする。
その誰かはこちらの返事を待たずに入室してきた。
「ウカノン! 前に仕入れてもらったものでドリンクのレシピを作ってみたですン、試飲を……ってミーツェン! 久しぶりですン」
「お久しぶりです……相変わらずバニーですね……」
「ン? 兎人族だから当たり前ですン。あ、もし良かったらミーツェンも試飲するですン? パイ特製スペシャルドリンク、略してPTSDですン!」
「あ、はい、頂きます……」
片腕と片眼を失ったときより今の方が辛く感じるなんて間違ってるだろ、なんだこれ。
パイロンさんに差し出されたドリンクに口をつけながら、今回は出来事を思い返す。
二つ名は論外だが、総括としては自分の甘さを徹底的に思い知らされた、これに尽きる。
戦場は命の価値と倫理が希薄になる、そして冷静さを欠くと死に直結することを実感した。
『生き残りたかったら思慮深くなれ』、癪だけど、ラミアセプスに教えられたことは今後僕の行動指標の一つになるだろう。
ただ、色々と失敗はしたが、今回も生き残れた。
そして
それにベリルさんや村長さんの故郷を取り戻せた。
ファルナと出会えたのも結果的に良かった。
酷い目には遭ったけれど、振り返ればそう悪いことばかりじゃなかったね。
うん、名前は変えた方が良いと思うけど、ドリンクも甘さ控えめのチョコ味で美味しい。
生き抜く為に心も強くならないとねalmA。
僕は浮かぶ多面体に微笑んで
◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇
[chap.7 城塞都市オーレリア]をお読み頂きありがとうございます!
今章でミーツェは本当の意味で異世界で生きる過酷さを知りました。
この後はあるキャラクターの別視点の話と幕間を挟み、次章に移ります。
引き続きお付合い頂ければ幸いです。
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