ep16.メルミーツェ焦る

■後神暦 ????年 / ?の月 / ?の日 ?m ??:??


――????


 またかぁ……


 ただひたすらに真っ白で透けた足場に上下に同じような空間。

 何度見ても変わらないこの光景は最早実家のような安心感さえある。


 腕も眼も治ってるし、やっぱりここって夢の中だよね。

 でも良かった、夢を見てるってことはまだ死んでないってことだ。

 それにやるべきことはもう分かってるよ、部屋の景色を探せばいいんでしょ。


 アルバムのように切り取られた多様な景色を見て歩くのは、美術鑑賞みたいで段々と楽しくなってきた。早く目覚めた方が良いのは分かっているが、今回は戻ったらラミアセプスが近くにいるかもしれないと思うと気が重く、雄大な景色に癒されてから戻りたいとの考えに至るのは自然なことだ。


 手を後ろに組み、ゆっくりと鑑賞していると見覚えのある景色に足が止まる。



「この山、ヨウキョウで見たことある……」


 実際に見た景色より木々が茂っている気もするが、間違いない。

 魔物討伐の道中で見た街道沿いにある山だ。


 そしてその隣に浮かぶ景色は……



「え……これってサクラダ・ファミリア?」


 前世で僕が一度行ってみたかった大聖堂。

 当然引き籠りには海外旅行など出来るはずもなく、実物を見ることは叶わなかったワケだが、二度目の人生で、それも異世界でまた見れるとは思っていなかった。



「僕の記憶を映してる……? いや、でもそれだと見覚えのない景色の説明がつかないか……まぁ気にしても仕方がないよね、夢だし」


 多少の疑問は夢であることで片付け、僕は浮かぶ景色を楽しむことを優先した。

 暫くすると毎回目覚めの鍵になる室内の景色が見えてきた。


 さて、前回は険悪な感じだったけど今回はどうかなぁ?



『くぅ~あのなにやってくれてるんですか!!』


『まぁ神託は上手くいかないことの方が多いしの』


『上手くいけばリターンは大きいんですよ……』


『エストって結構大胆なことするよな。アレも一番使ってるしさ』



 かなり俗っぽい印象だけど”エスト”ってファルナが信仰してる女神だよね。

 ここ居る人たちって神様なのかな?


 ――……!!


 景色が白くなってきた、時間切れか。

 女神のことはファルナに話すと怒られそうだから止めておこう。


 そもそも夢だしね。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~


 …

 ……

 ………

 …………


 目を開けたくないなぁ、ラミアセプスが覗きこんでたらどうしよう。

 でも寝てる間に何かされても嫌だし……仕方ない、せーのっ!!


 覚悟を決めて開けた目に映ったのは見覚えのある天井と一人の美女。

 血塗れで狂気に満ちた眼をした美女ではなく、気品があり慈愛に満ちた眼をした美女、サーシスさんだ。



「目覚めたのでございますね、猫姫。今子供たちを呼んできます」


 返事を待たずにサーシスさんは立ち上がり行ってしまった。


 ラミアセプスに『起きたのねぇ』とか言われるより何倍も素敵な目覚めだけど、毎回倒れた場所と別の場所で目覚める意味がわからない。

 それに次に説明されることも予想ができるよ、どうせ『すっぽんぽんの僕をalmAが運んできた』でしょ?



「「ミー姉ちゃん!!」」


 パタパタと駆け寄り布団に飛び込んできた双子を両手で受け止める。

 ここで腕が治ってることに気が付いた、思えば視界も戻っている。

 僕は少し遅れて部屋に戻ってきたサーシスさんに確認をしてみた。



「あの、僕が寝ている間にアレクシアを呼んでくれたんですか?」


「いえ、聖女様は来ておりませんよ。看ていたのはわらわと子供たちだけでございます」


「……え? でも僕、腕を失くしてたと思うんですけど……」


「いいえ、この子たちが運んできたときは裸でございましたが、外傷はございませんでしたよ?」


「オーリが前を持った!!」「ヴィーは後ろ!!」

「「almAは真ん中!!」」


「二人ともありがと~……ちょっと待って、どこから?」


「「温室から!!」」


 ここは島のサーシスさんの家だ。

 拠点に繋がるポータルは集落の集会所にある。


 ――つまりそこから家まで裸のまま担がれてきたの……?


 答えは解っていたが、満面の笑みの双子からゆっくりとサーシスさんに視線を移した。



「……申し訳ございません」


「いえ……大丈夫です……」


 なぜ傷が全快しているのか?

 オーレリアがどうなったのか?


 これからどんな顔をして集落を歩こうなど、様々なことが頭の中を駆け巡ったが、一番大切なことを思い出した。



「今日は何の日ですか!? それと僕はどれくらい寝てました!?」


「空の日でございます。この子たちが猫姫をみつけたのが3日前でございますね」


 やってしまった、ティスとの約束の日から2日過ぎている……

 それ以前にアルカンブル砦にポータルはない。ティスがピンを使うのを待つ選択もあるが、いつになるか分からないもの待ってる間に事態が悪化するのは明らかだ。



「猫姫、どうしたのでございますか?」


「ぼ、僕、今すぐ行かなきゃ……家族崩壊の危機なんです!!」


「オーリも行く!」「ヴィーも!」


「本っっ当にごめん! ティスを連れてすぐ戻るから、もう何日かだけ待ってて!!」


 青ざめる僕を見て、色々と察してくれたサーシスさんは双子を宥めて送り出してくれた。

 服も着れそうなものを見繕ってくれたが、スタイルの良い彼女と比べて、ちんちくりんな僕には手足の丈がかなり余ってしまい袖と裾は紐で縛りつけた。



「almA! almAぁ!!」


 不格好なまま家を飛び出した僕を待ってくれていた相棒に跨りポータルに駆け込んだ。


 その後はツーク村の双子に家を経由して昼夜問わずに走り続け、アルカンブル砦まで約2日で走破した。ツーク村の方がリム=パステルより砦に近いとは言え、この日数は驚異だと思う。


 既に兵士に認知してもらっていたので砦にもスムーズに入れてもらえた。

 砦に来た初日にステージで歌ったことで兵士たちに認知が広がったのは複雑だが、今は顔パスだったことに感謝しよう。


 石造りの通路を駆け抜け、ブレーキ音が聴こえてきそうな勢いで自室に割り当てられた部屋の前で急停止した。


 ヤバい、すっごい怖い……

 世の既婚男性たちが朝帰りするときはこんな気持ちなんだろうか……


 ノブに手をかけ、恐る恐るドアを開けると、腕を組んで空中に仁王立ちしたティスが待ち構えていた。



「……遅かったわね」


「うん……ごめんなさい」


 何を置いても先ずは謝罪だ。事情があったのは本当だけど、言い訳から入るのがマズいことはなんとなく分る。火に燃焼材ナフサをぶち込むような危険行為を僕は絶対にしない。



「で? 言い訳は?」


「ないです……本当にごめんなさい」


「はぁ……サーシスさんから聞いたからいいわよ。気づいたら島だったんでしょ? 昨日温室に戻った時に教えてもらったのよ、目が覚めてすぐに飛び出していったって。あと、あんまり怒ってやるなとも言われたわ」


 ありがとうサーシスさん!!

 フォローまでしてくださるなんて……空気の読める女性オブザイヤー、メルミーツェ特別大賞をご進呈させて頂きます!!



「とりあえず今日は休みましょう、お尻痛いんじゃないの?」


「うん、すっごい痛い……」


 オーレリアの確認は明日にしよう。

 一刻も早く奴隷の人たちを解放したいけど、今は戦えるほど体力が残っていない。

 万全を喫して次は失敗しない、必ず助けてみせる。



 2日間走り続けてくれてありがとうねalmA。

 僕は浮かぶ多面体の頼もしさに改めて感謝した。

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