ep12.城塞都市オーレリア4

■後神暦 1325年 / 夏の月 / 黄昏の日 am 02:00


――オーレリア 地下牢


 あの夜に見た湿った笑顔を貼り付けた女が鍵束を人差し指でヒュンヒュンと回し近づいてくる。

 僕にとってはコイツは嫌悪と恐怖の象徴みたいな存在だ。



「ななななんでここいるのさ、僕にちち近寄らないでよ!!」


 閉じ込められているはずのこの薄暗い牢の鉄格子が頼りないながら自分を守ってくれる最後の砦に思えた。とは言え、鍵を持っている相手には僕の砦はあまりに無力、どう足掻いても絶望的な状況だ。



「落ち着いてください、ラミアセプスさんは味方ですよ」


「そうよぉ、そんなに怖がられたら傷ついちゃうワぁ~」


「嘘つき!! 僕のこと殺そうとしたじゃん!!」


 忘れもしない冗談みたいな大きさのはさみをまるでバックのようにひょいと腕にかけ、頬に手を当てがって『酷いこと言われたワぁ』と言いたげに眉を下げる狂人女に恐怖とイラつきが混ざり感情が渋滞する。



「とにかく今開けますね」


「いや、ホントお構いなく!! 自分で何とかできるから!!」


 僕の訴えも虚しく、鍵束を受け取ったファルナが最後の砦を開けてしまった。

 子供を安心させるように笑顔で近寄ってきたファルナだったが、ランプで僕を照らし顔色を変えた。

 その表情は意味合いこそ違うが僕も同感だ、ボロボロの体で狂人女こいつに抵抗できる気がしない……



「え……腕どうしたんですか!? 眼も……」


「……ここで暴れたときに失くした。でも大丈夫、治すアテはあるから」


「あらあらぁ~千切れちゃったのねぇ、ンフフ」


「もう放っといてよ……これでも頑張ったんだ」


 なんなんだよ……ここまでツイてないことってある?

 腕と眼は失くなるし、やっと見つけた奴隷ひとたちは確実に逃がせるか分からないし、挙句にこの世界で一番会いたくない奴会うなんてさ……神様のバカ……



「ふぅ~……今回の貴女は落第ね」


「……ッ!?」


 狂人女の落胆したため息と共に空気が変った。


 あの顔だ、あの夜に僕たちを凍り付かせた射殺すような眼。

 一瞬で過去の恐怖トラウマを呼び起こされ息が止まった。



「リム=パステルで魔粘性生物スライムと戦ったときは合格よ? アヤカシは……まぁ予想外だったけど、概ね満足だったわ。でも今回はダメ。貴女、もしかして運がなかったからこうなったって思ってないかしら?」


「……何が言いたいのさ、それに何でアヤカシの事まで知ってるんだよ」


「見てたからに決まってるでしょう? 私が姿を変えられるのを知ってるのにそこに思い至らないのもダメね」


「ダメダメって何なのさ……僕に説教したくて来たの?」


 精一杯強がって言葉を返す。

 そうしないと恐怖に呑まれて本当に呼吸を忘れてしまいそうだから。

 それを見透かすように狂人女は淡々と言葉を続けた。

 ファルナも女が発する空気に圧倒されて黙り込んでいる。



「まず、直情的過ぎね。普通はもっと情報を集めてから潜入するし、奴隷の扱いなんて想像できたでしょう? それを目の当たりにしたからって感情に任せて暴れるなんて愚かとしか言いようがないわ」


「だって……」


「貴女、アヤカシで人同士の争いを見てきたのに戦争を甘く見てないかしら? それか現実的に受け止めていないかね」


「そんなこと……」


 言い返せない。悔しいけれど正論だ。


 ここを見つけたのは偶然だし、僕なら隠れて鍵を盗むことだってできた。

 強力な兵器が使え、この世界では未知の能力を持ち、どこか全能感を感じていたのは否定できない。転移者ウォークが異世界で遊んでいるような態度を嫌悪したのに、自分のことは棚に上げていたのかもしれない……



「ンフフ、反省したのねぇ~。偉いワぁ、次はもっと上手くやるのよぉ。子供はどんどん失敗して成長していくものだワぁ~」


「な……!? 頭撫でないでよ!! それに僕は大人だ!!」


「私から見ればこの世界のほとんどは子供よぉ~」


 何言ってんだこの女は……頭を撫でるのも止めろ、僕はナデポなんてしないぞ。

 まぁ頬舐められないだけマシだけどさ……



 再び貼り付けた笑顔に戻った狂人女にファルナの緊張も解け、『本題です』と言いたそうにコホンと咳払いを前置きに話を始めた。



「ラミアセプスさんに聞きましたが、ここに居る奴隷も含めて街の奴隷は皆、自由を奪う為に首輪を枷にされているそうです」


「うん、コレでしょ?」


 僕は外れた首輪を彼女の前に見せた。

 狂人女もこれには意外だったように目を丸くした。



「あらぁ、呪いの類いの魔導具なのによく外せたわねぇ」


「呪い?」


「顔見知りの特別な呪術よぉ」


 なんとなく腑に落ちた。

 怨弩の穢れの中でも使えるスキルが封じられたのは別の力と考えれば納得できる。


 そんなことより……



「やっぱりアンタが首輪コレに関わってるじゃん、噓吐き!!」


「違うワぁ、だってもう何百年も会ってないものぉ」


「……とにかくですね、首輪は大元になる装置があるそうなんです。ワタシはそれを壊しに行きます。本当はメルミーツェさんに力を貸して貰おうと思ってここに来たのですが、大怪我を負ってるとは知らずにすみませんでした」


「どうするのぉ? 国を裏切ってまで奴隷解放をしようとする女の子を行かせちゃうのぉ?」


「裏切っていません! 女神がこのようなことを赦すはずがありません。ワタシはエストの意志に従って国の悪を排除するのです!」


「アンタさぁ、からかうの止めなよ……ついでに僕を煽るのも止めて。もうわかったよ、僕も行くよ」


「あらぁ、煽ってないワぁ~。貴女が行かなくても私が手伝うものぉ。ただそれで良いのかの確認よぉ~」


「だからそれを煽ってるって言ってるんだって!!」


 こうして転生者、狂信者、本物の狂人のクレイジーなチームが結成された。

 目的は一致しているっぽいけれど、本当にこれ大丈夫なの……?



「それとぉ、”アンタ”とか”お前”なんて味気ないから止めて欲しいワぁ~、ね、猫姫ちゃん」


「その呼び方止めて。メルミーツェにして、ラミアセプス」


「あらぁ、ラミィとかラミちゃんでも良いのよぉ~?」


「やだ」



 くそぅ……コイツが相棒なんて嫌過ぎる。君が恋しいよぉ、almA。

 僕は浮かぶ多面体に心身共に頼っていたことを改めて実感した。

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