ep13.城塞都市オーレリア5

■後神暦 1325年 / 夏の月 / 黄昏の日 am 02:30


 意外だったのは僕が暴れてから1日と少ししか経っていなかったことだ。

 絶望の中だと時間とは長く感じるものなんだと初めて知った。


 奴隷の人たちの感じた時間を想うと必ず解放しようと改めて思う、その為だったら嫌な相手とだって上手くやってみせる……たぶん。



「はいこれぇ、ミーちゃんのバックよねぇ? 上にあったワぁ」


「だから普通に呼んでよ、僕が嫌がるの楽しんでるでしょ? 趣味悪いよ」


 クスクスと嗤うラミアセプスからサックを受け取り中身を確認する。

 ハンドガン、スタンバトン、部隊管理端末UMT、全部無事だ。



「武器も持っていきなさいねぇ?」


「……もうあるよ」


「違うワぁ、さっき反省したのにもう忘れたのかしらぁ」


 言いたいことは分かる。

 殺傷力の低い武器で無力化なんて考えるな、ということだろう。

 反発したい気持ちはあるが、ラミアセプスこいつの言う通りだ。


 僕は狂人に惨殺された(と思われる)兵士から剣を奪った。

 片手で扱えるサーベル、鞘は邪魔なので抜き身でいいだろう。



「うんうん、素直なのは良い事だワぁ」


「ちょ、ほっぺ突っつかないでよ!!」


 くそぅ、片腕がないから払えない……いい加減にしないと斬りかかるぞ……


 事あるごとにからかわれながら忌々しい建物を出ると、正面に一人の男が立っていた。

 服装から軍人であることは分かるが、立ち姿はどことなく気品を感じさせる。

 軍人と言うよりは貴族といった印象だ。


 どちらにしても見られたのはマズい……

 対処をしようと武器を構えると、それをファルナが片手で僕を制した。



「ジェイル様、通して頂けませんか? 良くして頂いた貴方と戦いたくありません」


 ファルナにジェイルと呼ばれた男は少しの沈黙のあと、かなり大仰にショックを受けたと身振りでアピールし口を切った。



「おぉ、神子みこよ! なぜ事を起こす前にこのジェイルに相談をしてくださらかったんですかんヌッ!」


「え?」「は?」


 なんだ?味方か?


 いや、それより『ヌッ』ってなんだよ……動作も暑苦しい、お前は役者じゃなく軍人だろう?

 ファルナもきょとんとしちゃってるじゃん。この空気、どうすんのさ?



「女神の加護を受けた貴女を微力ながらお助けする。それがワタクシの使命! それが例え軍規に反そうと神の意志に従うまでです~……んヌッ!」


「暑苦しい、あと『ヌ』は止めなって……ってか誰この人」


「この街の守備隊の部隊長の一人、ジェイル=ドゥーレ。ファーストネームで呼ぶことを許してるなんて随分心酔してるのねぇ。因みに幼女趣味よぉ」


「……ファルナ、この小児性愛ロリコンは斬ろう。害悪にしかならないよ」


「失礼な!! ワタクシは幼女になど興味はない!! 穢れを知らない少年、それこそが至高!! 神子みこは周囲から蔑まれたワタクシの考えを肯定してくださった。ワタクシはこの方を護れと天啓を得たのだ~……んヌッ!」


「あぁ、ショタの方ね……ファルナ、世の中には認めちゃダメなことだってあるんだよ?」


「なぜです? 幼い命を護り、そして愛でる。これほど尊いことはないと思うのですが」


 ダメだ、この子純粋過ぎる。きっと”愛でる”の意味合いを勘違いしてる……

 ラミアセプスも嗤うだけ、絶対面白がってるよ。



「とにかく! ジェイル様も加わってくださる、これも女神の導きでしょう!」


「それじゃあ、ファルナちゃんは部隊長さんと一緒に中枢区で首輪を統括している魔導具の破壊ねぇ~。私とミーちゃんは陽動よぉ~」


「……もう何でもいいや。どうせ嫌だって言っても聞いてくれないんでしょ?」


 目的は街の中心に位置し、中枢区と呼ばれる区域で稼働している首輪を統括する魔導具の破壊。

 これのせいで街から一定以上離れると首輪から毒が回るらしい。


 作戦は僕とラミアセプスが中枢区への門前で暴れて兵士たちを釣り出す。

 その隙にファルナとショタコンが侵入するシンプルな段取りだ。



「では神子みこ、コレをんヌッ」


「コレは……ジェイル様、ありがとうございます!」


 ショタコンことジェイルがうやうやしくファルナに差し出したのは砦に攻め込まれたときに振り回していたバカでかい旗。そんなもの持っていたら目立ってしまうだろうに……


 旗を受け取ったファルナは見る間に瞳が蒼くなり、先ほどまでの無垢な表情は消え、顔の底に憤りをたたええている。



「ねぇ、あの旗ヤバくない? 大丈夫なの?」


「アレはただの旗よぉ、きっと暗示みたいなものねぇ~」


「眼の色変わってるのに? それに前はバケモノみたいな動きしてたよ?」


「人って不思議よねぇ~」


 プラシーボ効果みたいなものだろうか。

 それを『不思議』の一言で片付けるのもどうかと思うけれど、僕は色々言いたいこと飲み込んだ。



「さぁ征くぞ! 悪を粛清する! ワタシに続け!!」


「人格も変わってるじゃん……怖いよ」


 本当にこの面子で大丈夫なのか、一抹の不安を抱いたまま僕たちは中枢区を目指して裏通りを移動した。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――オーレリア 中枢区付近 裏路地


「それじゃあ作戦通りにねぇ? いくわよぉミーちゃん」


 呼び方に不服な僕を置いてラミアセプスが門前に向かって飛び出した。

 壁に囲われた中枢区の入り口を守る門番も面食らったようで硬直している。



「こんばんワぁ~」


 抵抗する間も無く門番ははさみで両断され、上半身は下半身に別れを告げた。

 遅れて駆け出した僕には一部始終見えていたが、大変グロい光景に気分が悪くなる。



「あぁぁぁあぁぁ!!」


 僕も残った門番へ詰め寄り脚を斬りつける。

 その様子を見てラミアセプスは『やれやれ』と言いたげに倒れ込んだ門番に鋏を突き立てた。



「まだ躊躇ってるのぉ? もっと致命傷を狙わなきゃダメよぉ?」


「サーベルで鎧斬れるわけないじゃん。そっちの武器の重さと一緒にしないでよ」


「まぁそういう事にしてあげるワぁ~」


 首を狙わなかったのは事実だけど、まるで子供の言い訳を受け流すようなラミアセプスの態度と笑顔は何だか腹が立つ。やっぱり僕はこの女が嫌いだ、何度でも言おう、嫌いだ。


 サーベルを手放し、離れた警備の兵をサプレッサーを外したハンドガンで撃ち騒ぎを大きくする。暫くすると他の持ち場の兵士たちも集まってきた、陽動としては十分だろう。



「ねぇ、そろそろ弾切れなんだけど」


「ならサーベルそれで斬ればいいじゃな~い? あぁ~楽しくなってきたワぁ」


 目的達成まで暴れるのがベストなのは分かってはいるが、狂人と二人っきりなのは精神衛生上よろしくない。それに無意識に急所を避ける癖のある僕にラミアセプスが不満なのは空気でわかる。

 そんな神経の磨り減る状況で、更に僕を追い込むように聞きたくない声が響いた。



 ――そこまでだ……


 慌ただしい乱戦の中に悠然と女連れで歩み寄って来る愚か者、転移者ウォーク=クリムゾンバレーだ。声を張れば聞こえる距離なのにわざわざ拡声魔法を使うところも癇に障る。


 お前のささやき声ウィスパーボイスなど聞きたくもない。



 もうやだ、早く帰りたいよalmA。

 僕は浮かぶ多面体が恋しくて恋しくて堪らなかった。

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