ep11.城塞都市オーレリア3

■後神暦 1325年 / 夏の月 / ?の日 ?m ??:??


「……っ」


 気を失ってたのか……どれくらい時間が経ったんだろう。

 身体中が痛い、視界も変だ。

 暗闇に眼が慣れてきたが右半分が暗いままで何も視えない。


 ……あぁ思い出した、地下牢で暴れたんだ。


 それで結局、助けようとした霊樹精エルフの女性を人質に取られて負けたんだ。

 でも何で生きてるんだろう?



「……痛みますか?」


 声がした右側は視えないので顔を向けると、心配そうな表情の霊樹精エルフの女性とその子供と思われる幼い男の子がすぐ近くにいた。


 初めに見たときは気力の全てを失ったように見えたが今はそんな素振りはない。

 無反応になることで奴らに抵抗していたのだろう、強い人だ。

 彼女は僕が気を失っている間、看ていてくれたらしい。



「大丈夫……ではないですね」


 強がろうとしてみたが無理だった。

 痛いものは痛い、特に顔と腕は鈍痛が続いている。

 気づかないふりをしようとしていたけれど、痛みの原因を確かめないと。


 一度大きく息を吸って右肩から下へゆっくりと視線を落とした。


 ―やっぱりかぁ……


 右腕がない。潜入用の軽装で戦ったのは無謀だったんだ。

 視界の感じだと眼もダメになってるよね……


 とは言え、それほど焦ってはいなかった。

 四肢の一部が欠損するのはもちろんショックではあるけれど、生きてさえいればアレクシアに治してもらえるからだ。傷口は焼けて出血は止まっているが、痛みは取り除きたい。僕は失った右腕の切断面に左手をあてた。



「……あれ?」


 取り合えず治療系のスキルで応急処置をと思ったがスキルが使えない。

 左腕にアストライトのブレスレットはつけている。発動条件を満たしているはずなのにどうして……


 恐る恐るもう一つの力を行使しようとしたが違和感に愕然とした。



「嘘でしょ……?」


 ポータルも出せない。ここにきて初めて総毛立った。


 今まで当たり前のように使っていたものが使えなくなるなんて想像していなかった。

 しかし思えば編成の力も拠点の力もどちらも普通ならあり得ない力だ。

 突然使えるようになったものが突然使えなくなったって不思議はない、むしろそれを考慮していなかったことは考えが甘かったとしか言えない。


 だとしても、どうしてこのタイミングなんだよ……最悪だ……



「どうしました……?」


 青ざめる僕の顔を覗き込み訪ねてきた霊樹精エルフの女性に僕は言葉を取り繕う余裕もなく返答した。



「スキルが使えないんです」


「スキル、とは?」


「ポータルも出せないんです」


「もしかして魔法みたいなものでしょうか……? それはこの首輪のせいですよ」


 女性が自身の首についているチョーカーのような首輪に触れ教えてくれた。

 僕も彼女と同じように首を触ると同じものがついている。

 力を失って取り乱していた僕は、その原因を強引に引き剝がそうと首と首輪の間に指をかけた。



「ダメです……!! 無理に外そうとすれば死んでしまいます!!」


「え……?」


「鍵を使わずに外そうとしたり、街から離れると首輪から毒が回ると言っていました。実際に外そうとして死んだ人もいます」


 完全に力を失ったワケではないのは良かったけれど、首輪コレを外せないければ失ったのと同義。手詰まりで呆然とする僕は『これからどうなるのか』と彼女に問いかけることしか出来なかった。


 霊樹精エルフの女性は抱き着いた男の子の頭を撫でながら、聞かれても困るだろう僕の質問に真剣に答えてくれた。


 見張りに来る兵士たちの話から推測するに集められた人たちは、ヴェルタニア国内のどこかで奴隷になるか、別の施設に連れていかれるらしい。

 施設については名称が出ることがなく、兵士の会話も『アレ』だの『ソレ』だのばかりで彼女も何なのか分からないそうだ。


 どちらにしても碌なことにならないのは想像に難くない。

 受け入れたくない現実に絶望した僕は目を瞑り眠りに逃避した。



――数時間後


 空が見えない地下は時間の感覚を奪う。

 どれくらい眠ったのか、長かった気もするし、すぐに目覚めた気もする。

 近くで眠っている霊樹精エルフの親子を見ていると様々な感情が湧いてきた。


 初めに感じたのは孤独、何度振り払っても前世の最後が頭を過る。

 次に不安、いくら逃避しても現実は変わらない、これもまるで前世の僕の最後みたいだ。

 嫌な想像を一通り考えて最後に想うのは帰心、皆に会えなくなるのが言葉に出来ないほど辛い。



「嫌だよぉ……」


 ティスに会いたい……

 オーリとヴィーに会いたい……

 家に帰ってリム=パステルの皆に会いたい……

 島でサーシスさんたちに会いたい……

 ヨウキョウへ旅行に行ってミヤバさんたちにも会いたい……


 自分が精神的に強いと思ったことはない、それでも生まれ変わって多少は成長できたと思っていた。しかし実際に手詰まりになると『嫌だ』『~だったらいいのに』『~して欲しい』と、誰かに、何かに、助けを求めるだけだとは情けなくて涙が出る。


 引き寄せた膝に額をつけて小さくなっていると髪に止めていた花が落ちた、ブレッシング・ベルだ。ティスの色をした花を拾い胸元で抱きしめる。すると今まで萎れることすらなかった花が枯れてしまった。


 最後の希望も摘み取られた気分だ。

 もう全てが嫌になりそうでがくんと首を落とす。



「……?」


 下げた首の後ろに引っかかりのような違和感を感じる。

 何気なく首元を摩るとカランと音を立てて首輪が落ちた。



「外れた……なんで……?」


 ……理由は分からないけど、外れたなら力が使えるってことで良いんだよね?



 ――”治癒技能リカバースキルセルリジェネーション”……


 恐る恐るスキルを行使する。

 失った腕は戻らないが身体から痛みが引いていく。


 スキルが使えるならばとポータルを出すことを試みると何度も何度も見た扉が目の前に現れた。

 それは今の僕には大きすぎる希望だった。


 ――やった……やった、どうしてかは分からないけれど、これで逃げれる!!


 でも、ここ居る皆はどうしよう……

 街から離れたら首輪から毒が回るって言ってたけど、それって拠点に連れていけないってことなのかな……


 余裕ができた途端に他人の心配をすることに我ながら現金なものだと思うが、せめて同じ牢にいる人たちだけでも逃がせないかと思考を巡らせていると、地下にも聞こえるほどに上階が騒がしくなった。


 音は次第に小さくなり、代わりに階段を慌ただしく駆け下りる音が聴こえる。

 金属が擦れる音がしない、兵士ではないようだ。



 ――メルミーツェさん!! 居ますか!?


 降りてきた者が僕の名前を呼ぶが、その声は聞き覚えがあった。


 声の主は牢を一つづつ確認しているようで、足音と肩で息をするような荒い息が近づいてくる。そして僕たちがいる牢をランプで照らす彼女は予想通りの人だった。



「ファルナ……?」


「はい、貴女に言われたように自分の目で街を見ました。そして解りました、この街は女神の意に反している」


 それはどうかな?

 ファルナ基準だと多分国自体が女神の意に反してると思うよ?

 それはそうと……



「なんで僕の名前知ってるの? それに眼の色違わない? 前は蒼色だったよね?」


「街で出会った協力者に聞きました。眼は茶色こっちが普段の色ですよ」


「協力者? アルコヴァンの人?」


「分かりません。でも今も上で戦ってくれています、味方です」


 戦えるってことはティスじゃない、サーシスさんとか砦の人?

 でもどうやって街に入って来れたんだ?


 誰が来てくれたのか見当がつかず混乱していると、ファルナが協力者と呼ぶ者がコツコツとヒールの音を鳴らし地下に下りてきた。



「こんばんワぁ~」



 嘘でしょ……? なんでこの女が来るんだよ……



 助かったと思ったけど終わったかも……almA。

 僕は浮かぶ多面体が連れてこなかったことを心底後悔した。


【メルミーツェ イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818023213244590928

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る