ep9.城塞都市オーレリア1

■後神暦 1325年 / 夏の月 / 海の日 pm 04:00


――アルカンブル砦 通路


 食堂から出て自室へ向かう。


 騒動の後で物資の搬出をする気にはなれないし、倉庫に出すスペースももうほとんど残っていない。ペースを落としても問題ないだろう。

 それに……ウォークが話していたことからオーレリアに奴隷がいるのは確実だ。


 ヨウキョウで出会ったカルミアからヴェルタニアの奴隷に対する扱いを聞いている僕は、夏の湿気のように纏わりつく嫌な想像を振り払えず気分が沈む。


 オーレリアは奪還を強く願っているベリルさんの親の代から占領されて以降、膠着状態が続いているんだ。

 このまま来るかも分からない”いつか”の解放を待ってて良いの?


 それに僕はカルミアと霊樹精エルフを誰にも脅かされない地に連れていくって約束をした。

 ここで傍観するのは約束を反故にすることになるんじゃないの?



「……ねぇティス、僕、オーレリアに行って奴隷にされた人を逃がそうと思うんだ」


「本気? 砦の人たちの話だとすっごい堅牢な守りらしいわよ」


「うん、城塞都市って呼ばれてるよね。だからこっそり入ろうかなって」


「う~ん……わかったわ! じゃあ行きましょう!」


「いや、僕一人で行ってくるよ。僕が妖精族じゃないと見破れないくらいに隠れられるの知ってるでしょ?」


「は? いやいやいや、ダメよ。それは知ってるけど危険なところに一人で行くなんて黙ってられないわ!」


「でもティスもalmAも目立っちゃうよ。大丈夫、無理そうだったらすぐにポータルで逃げてくるからさ」


 通路にも関わらず僕たちは暫くその場で言い合った。


 ティスは頬を膨らませ『怒ってますよ』と態度で見せるが僕も譲れない。

 話しは平行線だったが、通りかかった兵士の視線に気づき続きは部屋に戻ってからになった。



――自室


 部屋に戻りベッドに腰をかけると、空中で腕を組んで不機嫌そうなティスが僕の前にゆっくりと近づいてくる。



「……それで、あたしは納得してないんだけど。それに何でミーツェが行くのよ?」


「うん、納得は難しいよね。

でもさ、オーレリアってずっと昔に占領されたっきりで今まで睨み合いが続いてるんだよ? 例えば僕が砦の偉い人にお願いしたからって街の解放の為に軍を動かしてくることなんて無いでしょ? 奴隷になった人たちが酷い扱いを受け続けながら”いつか”来るかもしれない街の解放を待つなんてあんまりだよ」


「それは……」


「それにさっきも言ったけど忍び込むだけで正面から戦うつもりなんてないよ」


 嘘はない、軍隊を一人で相手に出来ると思ってもいないし、するつもりもない。

 いかにalmAが万能だろうと、現代兵器が強かろうと圧倒的な数の有利を覆すなんて無理だ。


 魔物の大群を蹴散らした僕の切り札、”機械仕掛けの女王レギス・エクス・マキナ”ならまだ可能性はあるかもしれないけれど、使った後にどうなったか自分でも良く覚えていないものをまた使うのは躊躇われる。



「ハァ……わかったわ、待っててあげる」


 ティスは天を仰いで唸った後に、諦めたようにため息を吐いて同意してくれた。


「で、いつ行くの?」


「今日の夜に砦から抜け出して向かおうと思ってるよ」


「わかった、でも成果が無くても3日以内で戻ってきて。約束してくれなきゃまた反対するわ」


「うん、約束するよ」


 アルカンブル砦からオーレリアを隔てる川もalmAなら直線で突っ切れるはずだ。

 それから夜まで口では認めてくれたものの、まだ納得していないティスのご機嫌をとりながら過ごした。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



■同日 pm 11:30


――アルカンブル砦 砦壁上


 並び建つ監視塔の中間、塔の灯りがギリギリ届かず星明りだけが照らしている砦壁上の通路に僕とティスは忍び込んだ。ここから勢いをつけてalmAで跳べば堀を超えて砦外へ行けるだろう。

 隠密ステルス系統のパッシブスキルを編成の力で使っているので、周りからは黒い塊almAが砦から飛んで行ったようにしか見えないはずだ。



「じゃあ行くね」


「ちょっと待って。はい、コレ」


 ティスが差し出したのは彼女のマナで空色になった一輪のブレッシング・ベル。

 出発前に温室に戻った時に摘んだのだろうか。


「ヨウキョウでまた失くしたでしょ? お守りなんだから大事にしてよ、毎回摘んでたらダフネおばーちゃんに怒られちゃうわ」


「ありがとう、今度謝っとくよ」


 ブレッシング・ベルを髪に差し、almAに跨って助走をつけて砦壁外に向かって跳んだ、が……


 ――うわぁぁぁあぁぁ怖い怖い怖い!!!!


 分かっていたけれど、建物4~5階くらいの高さから飛び降りるのは滅茶苦茶怖い。


 他に手段がなかったとは言え、こんな高さから突き落としたファルナに内心謝りながら瞬きと呼吸を忘れalmAにしがみついた。

 幸い地面が近づくにつれ落下速度は減速し、想像していた衝突の衝撃もなくふわりと着地した。普段almAが浮いている原理不明の機能のお陰だ。


 そこから目的地までは時間はかからなかった。水面ギリギリを浮かび、崩落した橋の影を進むalmAはオーレリアの警備側からも視認されなかっただろう。


 辿り着いたオーレリアは城塞都市と呼ばれるに相応しく、堀こそないもののアルカンブル砦に勝るとも劣らない外壁で覆われ、バリスタやトレビュシェットに似た形の防衛兵器が点々と配置された壁上には兵士が巡回しているのが見えた。


 さて……まずは陽動だね。


 僕はお蔵入りになった目覚まし(没)を短い時間にセットし、外壁を沿ってその場を離れた。詰めた火薬は以前の倍、きっとかなり大きな音が鳴るだろう。


 …

 ……

 ………


 ――!!!!!!!!!!!!!!!!!



 待機すること20分弱、期待通り遠くから爆音が響き壁上の警備は騒ぎになった。

 巡回の兵士も数名を残し持ち場を離れた、忍び込むなら今だ。


 僕はalmAに目立たない所まで浮いてもらい、黒く塗装した鉄の棒を外壁を突き刺した。

 それを足場に跳躍し、同じことを繰り返す。ファルナが以前やった方法で外壁を超えて街へ侵入した。


 意趣返しのつもりはないが、ワイヤーのような道具を用意できなかったので苦肉の策だ。

 壁上から街へ降りる階段も見つけ、僕は騒動とは反対側の街へ急いだ。



 頑張ってくるねalmA。

 僕は壁の反対側で待機する多面体に内心決意を伝えた。

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