ep8.転移者襲来2

■後神暦 1325年 / 夏の月 / 海の日 am 11:00


――アルカンブル砦 中央塔


 アユムと呼ばれた青年、彼の名乗る通りウォークと呼称しよう。


 ウォークが放った掌サイズの火球は砦壁に迫るにつれて大きさを増していく。

 もう目測で10mは越えるまでに膨れ上がっている。


 恐らくウォークは転生者ぼくと違って転移者だ。

 自分やアレクシアの例を考えれば反則技チートを持っていてもおかしくはない。

 黒歴史に刻まれそうな詠唱と魔法名だからと言って侮った僕が愚かだった。


 編成も間に合わず、迫る火球が及ぼす被害も判断できない僕は、ティスを護るようにalmAと自分を壁にして彼女に覆い被さった。



 ――「「「風壁シルフィウォール!!」」」


 砦壁に配置された兵士たちの中で風魔法を使える者たちが下降する気流を作り出し、火球を防ぐのではなく軌道を変え堀へ落とす。火球は堀の水を瞬く間に蒸発させ、小規模な水蒸気爆発を起こした。


 砦壁の一部が吹き飛んだが、慌てるでもなく、避けて壁に直撃させたときと堀に落としたときの被害を冷静に判断をして行動する歴戦の兵士たちに感嘆する。



「……兵士さんたち凄いね。僕なんて身を屈めることしかできなかったよ」


「でもあたしを護ろうとしてくれたじゃない。それより次を撃たせないようにしましょう!」


 確かにあんな魔法を何度も撃たれたら堪らない、僕はスコープを覗きウォークを照準に合わせた。


 兵士たちも弓や魔法で遠距離から彼らに応戦しているが、色情魔シスターの魔法壁に阻まれているようだ。しかし高倍率のスコープ越しで視ていると、魔法壁はどうも”エストの聖域”と称している割には”面”だけの防御のように見える。

 彼らの側面に矢が刺さっていたり魔法痕がついているのは正面しか防げていない証左のように思えた。


 僕たちが居る塔はウォークたちから斜めに位置している。

 ここからなら魔法壁に遮られずに射線が通るんじゃないか?



「ティス、もう一度ドローンを近づけて音声拾ってくれない?」


「わかったわ」


「今度は油断しないよ、慎重に一発で当ててみせる……」


 普段から銃器は使っているが、同じ射撃でも狙撃は独特の緊張感がある。

 グリップを握る掌だけでなく、引き金にかける指先にも汗が滲む。

 事も無げに標的に命中させるオーリとヴィーうちの子は凄い事をしていたんだと同じ立場に立ってようやく理解した。



「集中……集中…………」


「近づいたわよ、音声出すわね」


 僕が精神を落ち着かせている間に、ティスが操作するドローンがウォークたちの集音圏内に入った。

 小さなスピーカーからでも聞こえるようにティスは僕の肩に乗り音量を上げていく。


 …

 ……

 ………


――『アユム~、すっごい撃ってくるわよ~』

『あぁ、わかってる。デカい一撃で黙らせてやるよ』

『さっきの魔法もすごかったよね!』

『あれは初歩の火魔法の応用だが?』


 何が『だが?』だよ……癇に障るなぁ……

 いやいや、相手のペースに乗っちゃダメだ、ふざけてても威力は本物なんだ。

 詠唱を始めたら完全に動きが止まる、そこを狙うんだ。


 同じ轍は踏むまいと深呼吸をして銃身を固定し直す。

 ウォークもまたお約束のポーズで詠唱を始めた。



『I am the bone o――』


 ――!!!!!!!!!!!!!!!!!


『ぎゃぁァあぁぁァァっ!!!!』


「あっ……」


 狙いを定めてからと思っていたが、つい反射的に撃ってしまった。

 だってその詠唱はダメだろう?

 真剣に向き合おうとしたのにふざけたことをしている相手が悪い。



「当たったわ、凄いじゃない!」


「まぁ、結果的に当たったからいいか……」


 銃弾はウォークの脇腹を貫いた。

 同郷と思われる青年を撃つのは前世の倫理観から多少の呵責はあるけれど、戦場で躊躇うとどうなるかは先の魔法で思い知った。


 それに彼らはファルナと違い、純粋に私利私欲で動いているように見える。



――『いってぇぇぇぇ!! 何にやられた!?』

『それより治療よ~、護りながらは無理だから下がりましょ~』

絶対ぜってぇ許さねぇ!! 誰だ!! 出てこい!!』

『アユム、塔の上に変なボウガン構えてる奴いるよ』


 色情魔シスターとは別のもう一人の斥候風の女がこちらを指さしている。

 遠視の魔法か何かだろうか? とにかく向こうに気づかれたようだ。



――『くそっ!! 共有してくれ!』

『わかった、ちょっと待ってね』

『……おい、あれってライフル銃だろ』


 女が目隠しするようにウォークの瞼に触れると彼もこちらを指さした。

 視界を共有しているみたいだ、それに”ライフル”と言った。今までの言動で分かってはいたが同郷で確定だ。


 それにしても腹を撃たれているのに激昂して悪態を吐くとは随分と悠長だ。

 転移者は肉体強度が高くなっているのだろうか?


 どうせ見られているのであればと僕も中指を立ててアピールする。

 同郷ならこの意味がわかるだろう?


 侵略に加担して褒美で奴隷もらうだの、それでハーレムを作るだのゲーム感覚で主人公ムーブをされて正直こちらもフラストレーションが溜まっていた。


 ここは現実なんだ、遊びで他人の人生を弄ぶな。



『ふざけやがって!! おい!! ここに居る全員聴け!!』


 ――!!


 拡声魔法を使ってウォークが叫ぶが、僕を含め砦の兵士たちも『こいつ何言ってるんだ?』と呆気にとられた。反面、叫んだ当の本人は驚愕の表情を浮かべている。



『なんでが効かねぇんだよ!? 何なんだアイツは!!』

『アユム~、一旦退きましょ~』

『お腹早く治した方がいいよ。ね、もう戻ろう?』


 色情魔シスターを殿しんがりに斥候女に支えられウォークは去っていった。

 砦では追撃隊が編成されたようだが、去り際の表情から傷を治したらオーレリアか彼らが言っていた王都に戻るような気がしている。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――アルカンブル砦 食堂


 流石に襲撃後となると哨戒や壁の修復に人が出払っているようで食堂の席もスカスカだ。

 僕たちは空いていれば必ず座る奥の席について遅めの昼食をとった。



「あのウォークって奴が最後に言ってた名付けって何なのか知ってる?」


「知らないわ、と言うかあいつらの話は全然分からなかったもの」


「そっかぁ。ティス、たぶんウォークは僕の前世と同じところから来てると思うよ」


「え~……ミーツェの前世ってあんなのばかりなの……?」


「いや、あれはちょっと特殊と言うか……年頃の男の子が罹患しやすい病だね」


 アレクシアに続いて二人目の異世界人、それも元日本人。

 ただ今回は友好的な関係は望めないだろうね、ちょっと遠慮したい性格だし。

 それに彼の”名付け”はもしかするとアレクシアの治癒魔法みたいにチートの類いなのかもしれない。そう仮定して警戒した方が良い気がする。


 でもあの様子だと僕には効かなったみたいだし、転生組ぼくたち古代種エンシェントに忌避感を持たないのと同じで法則みたいなものがあるのかな?


 う~ん……ダメだ、分かんないや。


 敵対者として現れた同郷の者について考えながらサラダの野菜にフォークを刺した。



「ねぇ、ミーツェって形で好き嫌い決めてないかしら?」


「違うよ、カリフラワーだって大好きだよ」



 何で皆分かってくれないんだろうねalmA。

 僕は浮かぶ多面体に同意を求めて美味しい白色を頬張った。


【ウォーク イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818023213083329434

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