ep7.転移者襲来1

■後神暦 1325年 / 夏の月 / 海の日 am 10:00


――アルカンブル砦 通路


「はぁ…………めちゃくちゃ怒られたよ……隊長さんだって男ならロマンを解ってくれてもいいのに……」


「あれはミーツェが悪いわよ、あたしにも謝ってほしいくらいだわ」


 自作目覚ましの騒動で踏み込んできた兵士さんの部隊長にお説教を喰らい、とぼとぼと自室に戻り倉庫へ向かう。ティスに愚痴を言ってみても同意してもらえず、僕の心はささくれていった。


 あと少しで倉庫へ着く、気持ちを切り替えようとサックを背負い直そうとしたとき、砦中に青年の声が響いた。



――『聴け!! 獣人たち!! オレはウォーク……ウォーク=クリムゾンバレーだ!! オーレリアをお前たちから解放する為にきた!!』

『アユムかっこいいわ~』

『いやだからさ、オレのことはウォークって呼べって』

『ねぇねぇアユム、拡声魔法切れてないよ?』

『マジかよ!? ―――』


 声は電話を切る様にプツンと切れてしまった。



「なんだったのかしら今の?」


「よく分かんないけれど敵襲じゃない? 前に決めた通りに中央塔に行こう!」


 ファルナの一件から僕たちはいつ敵襲があっても対応できるように多少荷物になっても武器を持ち歩いていた。そして砦内で陣取るにベストな場所も事前に探してある。


 ティスにサックに入ってもらい、この砦で一番見晴らしの良い塔へと走った。



――アルカンブル砦 中央塔


 砦のほぼ中心にあるこの塔の最上は高所から全方位を見渡せる絶好の狙撃スポットだ。

 僕はケースからパーツを取り出しライフルを素早く組み立てる。


 ”ヴァンクイッシュ”をモデルにした思わる組み立て式のこの狙撃銃はコンパクトに持ち運べる分、射程や集弾性は他のスナイパーライフルに比べて期待はできない、それでも砦の堀付近や壁上を狙うには十分だ。



「準備できたわよ!!」


 ティスがサックから引っ張り出してくれたドローンを飛ばし、僕もライフルを構えスコープを覗く。


 狙撃の戦術をとるにあたり、ここ数日彼女と話し合って戦い方を考えた。

 迷彩ステルスドローンでギリギリまで近づいて射撃誤差を大まかな方向だけ伝えてもらう。


 観測手スポッターのティスも狙撃手スナイパーの僕も、オーリとヴィーのように連携のとれた狙撃はできないが、付合いの長い僕たちならきっとやり遂げれるはずだ。


 しかし、スコープから見えた光景は意気込んだ僕にとって肩透かしだった。



「三人だけ……?」


「なんかイチャイチャしてないかしら?」


 ティスの言う通り、堀の前に立つのは三人は真ん中の男に両サイドの女が腕を絡めて迫っている。

 それに男の顔立ちはこの世界では珍しいアジア系。文化が日本に近かったヨウキョウでもほとんど見なかった系統だ。



「ドローンが音声拾えるとこまで近づいたわよ。音量上げるわね」


 …

 ……

 ………


――『アユム~早く終わらせて帰りましょ~。外でするのも良かったけど、やっぱりふかふかのベッドでしたいわ~』

『だからウォークって呼べって! でもそうだな、さっさと終わらせて褒美を貰って王都に帰るか!!』

『褒美って奴隷だよね? 他種族や古代種エンシェントのどこがいいの?』

『ばっか、異世界と言えばエルフに獣人だろ。絶対ハーレムに加えるって決めてんだよ』

『まぁワタシたちの相手をしてくれる頻度が落ちなければ文句はないわ~』

『アユムの性癖ってちょっと変わってるよね』――……


 ドローンが拾った音声は下世話な会話が8割だった。

 半分の内容くらいしか理解していないティスも、下品な話であることは察したようで蔑んだ目でディスプレイを見ている。


 彼らの情事はさておき、今の会話からあの男は転生もしくは転移者だ。

 失礼かもしれないけれど、どこにでもいる高校生のような顔立ちから転移の可能性が高い気がする。


 それに名前……彼を日本人と仮定するなら、ウォーク=クリムゾンバレーは紅谷 歩べにや あゆむって解釈できるよね。ベニヤかベニタニかは知らないけれど、なんて安直なネーミングなんだ……もうちょっと色々あったでしょうに……



「ミーツェ……あたし、あいつら何か嫌だわ」


「まぁそうだよね……でも聞き捨てならないこと言ってたよ」


 アユムと呼ばれている青年は”エルフ”と口にした、それに褒美として奴隷をもらうとも。

 オーレリアに霊樹精エルフを含めた魔人族以外の種族が奴隷になっているのは間違いなさそうだ。



 ――『獣人たち!! 直ちに降伏しろ!!』


 また彼らが話していた拡声魔法で降伏勧告をしてきた。

 正直ファルナの時のような鬼気迫るものはなく、どちらかと言えば頭のおかしい青年が女連れで世迷言を叫んでいるようにしか見えない。


 砦壁の兵士たちも同じ気持ちだったのだろう、口々に彼らを要求を拒否し、中には口汚く罵倒する者もいた。


 それでも退かない三人に対し、業を煮やした兵士の一人が弓を射った。

 その狙いは正確で、放たれた矢はアユムと呼ばれた青年に命中するかと思われた。

 しかし、彼の横に居た修道着の女の前に立つと直前で矢は不可視の壁にぶつかったようで彼らに当たることなく弾かれた。



 ――『”エストの聖域”、女神の守護領域は何者も侵すことはできなわ~』



「あ~なるほど、あのシスターは僧侶ポジなんだね」


「僧侶ポジ? 分かんないけど下品なくせに実力はあるのね」


 そこなんだよね。さっきの会話は明らかにさかってたし、女神の名を冠する魔法を使うシスターで色情魔ってどんな属性なんだろうね。僕怖いよ。



「とにかく、相手は三人だからってナメてたら危ないかも。ティス、サポートよろしくね!」


「任せて、まずはあの女から倒した方が良いと思うのよ!」


 だいぶ嫌ってるね……でもティスの言う通りだ、彼女を倒さないと攻撃は通らない。

 殺すつもりはないけれど、手足を撃ち抜くなりして行動不能を狙おう。


 上手く当たりますように……


 塔の縁にライフルを固定しスコープを覗き込む。

 ストックを肩につけ、呼吸を整え、色情魔(仮)に狙いを定めた。

 大きく息を吸って止め、トリガーを引こうとしたが、直前でティスが声をあげた。



「待って、何かやってくるっぽいわよ。これ見て」


「えぇ……これって」


 アユムと呼ばれる青年が魔法の詠唱をしている……

 しかし、僕は彼がこれから仕掛けてくる”何か”よりも彼のポーズが気になって仕方がない。


 誰を見下しているか分からないが顎を上げ、片手で顔の半分を覆い、もう片方の手をこちらに向けている。



「いや……どんな厨二病だよ……」


 思わず口に出してしまったが、それでも詠唱は続く……



 ――『鍛冶神ヘファイストスの炎よ……我に応え火の国ムスペルヘイムすら焼き尽くす業火と成れ――……獄炎ヘルフレイム協奏曲コンチェルト……!!』



「ダセーーーーーーっ!!!!」


 僕は盛大に叫んだ、叫ぶなと言われても無理だっただろう。

 色々ツッコませてくれ、まず北欧神話かギリシャ神話かどちらかに統一しよう!!

 そして協奏曲コンチェルトって……キミ、一発の火球しか撃ってないからね!!



「ミーツェ!! あの火の玉、どんどん大きくなってるわよ!!」


「うわっ、本当だ。ふざけた名前のくせに……」


 放たれた火球は速度は緩やかなものの砦壁に近づくにつれ膨れ上がっている。

 僕は慌てて部隊管理端末UMTで対抗できる編成に切り替えた。

 このままでは待機時間を待っている間に火球が砦に当たってしまう。



 ヤバいヤバいヤバい!間に合わないよalmA。

 僕はティスを護るように浮かぶ多面体と彼女を抱き寄せた。


 =====

 かごのぼっち様からイラストを頂きました!

 https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093072975764763

 ライフルを構えて臨戦態勢です。

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