ep6.ひと時の平穏とブロッコリー

■後神暦 1325年 / 夏の月 / 獣の日 pm 06:00


――アルカンブル砦 食堂


 砦襲撃から3日経った。


 ヴェルタニア側の動きもなく、砦も周囲の警戒はしつつも日常に戻っている。

 数日前から変わったことと言えば、落とされたルアンダル砦で生き残った兵士たちがこの砦に流れてきたことくらいだ。



「今日も疲れたわね。どんどん運ぶ荷物が増えてる気がするんだけど気のせいかしら?」


 ティスがやれやれと言った様子で言う。


 普通なら急な人数増加で食料と寝床で問題が起こるが、僕たちが物資を運んできたタイミングだったことで前者は普段と変わらない供給ができているみたいだ。

 もう一つの問題の寝床、これは夜中に隠れてリム=パステルへ戻り、ベリルさんに報告にしたところ食料も含めて物資の追加が決まった。



「荷物は昨日ベリルさんが『任せとけ』って言ってたからそのせいだね。両肩掴まれて怖かったよ」


「荷物があれだけ増えたら暫く帰れなさそうね」


「オーリとヴィーが拗ねちゃわないように夜中に少し戻ろうかな……」


「その方が良さそうね。ところでシチューに入れ過ぎじゃない?」


「いいじゃん、好きなんだもん」


 食料物資の中に大量のブロッコリーを見つけた僕は歓喜した。

 そして食堂にわざわざ届けて今に至るわけだけど……

 まぁ僕の好物はさておき、これだけ物資が増えれば搬出にまだ数日かかるはずだ。

 それに物資の追加がなくても、ある程度は砦に残るつもりだった。


 ファルナ……あの少女の顛末がどうしても気になってしまう。

 彼女がやったことを肯定するつもりはないが、どうも誰かに利用されている気がする。

 それが予想通りだったとして、もしファルナ自身がしがらみから脱却したいと願うなら助けになりたいとも思う。それに彼女が言っていた”救世主”も引っかかる、その名称は妖精の花畑でも神託に関連した話で聞いた。


 今後の方針を考えながらブロッコリーにフォークを刺したところで背後から少ししゃがれた声が僕に話しかけてきた。



「おう歌姫ディーバ!! 隣いいか? ルアンダル砦の奴らが増えたから席空いてないんだわ……ってなんだその皿、森だろそれ?」


「……好物だからいいじゃないですか」


「ジャスパー、人の食事にケチをつけるのは良くないぞ」


「ですよね!!」


 流石アーロさん、妻帯者(と勝手に思ってる)は寛容さが違いますね。

 ジャスパーさんは僕の中で独身認定の刑に処します。

 ブロッコリーは美味しいんだ、異論は認めるけど僕は譲らない。


 僕は少し不機嫌な顔でモシャモシャと美味しい緑を食べ続ける。

 罰が悪くなったのかジャスパーさんが先日の襲撃に話題を変えてきた。



「なぁ、こないだの襲撃って妙だったよな?」


「お前も思ったか?」


「どういうことですか?」


 お互い納得し合う二人の言葉が気になって『妙』とは何だったかを聞いてみた。

 ジャスパーさんは口に入れた肉を飲み込んでから話し始める。



「なんでか分からんが、途中でいきなり相手の士気が下がったっつーか、戦意がなくなって感じで退却してったんだよ」


「例えば指揮官が倒れて撤退するにしても、混乱が波及して徐々に士気が下がるのが普通なんだ。しかし先日のはそれと違い、示し合わせたように一斉に戦意を喪失して撤退したんだ、変だろう?」


 確かに不思議な話だけど、この世界なら何かしらの魔法の可能性もあるのかな?

 二人の話の咀嚼しながら、あの日の自分の状況と併せて整理し、ブロッコリーの咀嚼も続けた。

 しかし流石に盛り過ぎたかもしれない、お腹がきつくなってきた。



「まぁ考えても仕方ないんだけどな。落とされたルアンダル砦の奪還もあるし、次の襲撃もあるかもしれない、答えのでないこと考えてるヒマはないぜ」


「ミーツェくん……ブロッコリーをよそい過ぎたんじゃないのかい?」


 ……その通りです、アーロさん。

 でも残すなんて以ての外、残さず美味しく頂きますよ。


 僕は意地になってシチューに生い茂った森林を平らげ、重たいお腹にふらつきながら自室に戻った。


 食べ過ぎた件は置いておいて、ジャスパーさんたちの会話から、もしかすると民衆も巻き込んで戦闘狂バーサーカーにしたのはファルナの魔法なのかもしれない。


 それに霊樹精エルフの誘拐に関係があると思われるオーレリア、ファルナが言っていた救世主、そして彼女の裏に組織的な何かが絡んでいる可能性。


 深く関わるならもう少し装備を整ておいた方が良いね……



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



■翌日 am 11:00


――拠点 製造所


「今日は荷物出さなくていいの?」


「うん、昨日ジャスパーさんたちが『次の襲撃があるかもしれない』って言ってたでしょ? だから武器があった方が良いかなって思って」


 前回で思い知ったが、自分は常に戦場になり得る場所に滞在している。

 いくら隠れてて良いと言われてたとしてもタイミング次第で巻き込まれてしまう。

 ならば初めから有利な場所でいつでも迎撃できるようにしておこうと結論に至った。

 極端かもしれないが、生存第一の僕としてはこれが最適解に思えた。



「ミー姉ちゃん、何作ってるの~?」「新しい銃~じゅ~?」


「うん、ヴィーが使ってる銃と似たものだよ」


「ヴィーもほしー!!」「オーリは新しいどろーん!!」


「うんうん、サーシスさんのところで良い子で待っててくれてるから街に帰ったら作るね」


 オーリとヴィーが僕の腰に手を回して抱き着いてくる、数日会えなかった双子にも会えて嬉しい限りだ。

 砦の人たちは悪い人ではないが、我が子のように癒しを与えてくれるかと言えば断じて否だ。


 僕は可愛い天使たちに昨日の幸せのお裾分けで、砦から持ってきた袋を渡す。



「昨日美味しいものたくさん見つけたんだ~、お土産に持ってきたよ!」


「……ミーツェ、ちょっとコレはないんじゃない? それにまだあったのね」


「オーリお肉の方が好き……」「ヴィーも……」


「…………」


 どうしてだ?

 同じ緑でもアスパラは子供にも人気があるのに、ブロッコリーがダメな理由を教えてくれよ神様……



 こんなに美味しいのにね、almA……

 僕は浮かぶ多面体に縋りながら生のブロッコリーを齧った……が、あまり美味しくなかった。

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