ep5.狂信者3

■後神暦 1325年 / 夏の月 / 地の日 pm 01:25


――アルカンブル砦 砦壁るいへき上部


 旗を高く掲げ、蒼い眼を血走しらせ見開く魔人族の少女。

 赤茶色の髪に薄っすらとそばかすのある素朴な顔立ちで歳は16~8くらいだろうか、武装はしているが誰が見ても軍人ではないと言うだろう。


 そんな少女を数名で取り囲む砦の兵士にその後ろで銃を構える僕。

 いくら戦場だからと言ってもこの状況は少し異様過ぎないだろうか。



「さぁ、どうする!? 女神エストは慈悲深い、降伏するなら異教徒でも命は助けよう!!」


 ふざけるなと兵士たちが口々に応え、ファルナと名乗った少女を制圧しに動き出した。

 しかし、彼女の振り回す旗に一人また一人と打ち払われ気絶していく。

 外壁を登ったときもだが、女性らしい細い腕からは想像できない膂力だ。



「フハハハッ!! 女神の加護を受けたワタシを止められると――ガッ……!?」


「やった! 当たったわ!!」


 正面にいた兵士が倒され、射線が通った瞬間に僕が撃ちこんだテイザーガンの電極は防具の隙間を縫って腰に刺さり、放出される高電圧に彼女は膝から崩れ落ちた。

 一発で命中させたことで思わずティスも声をあげたが、ファルナは信じられない行動に出た。



「見く……びるな……女神の……祝福を受けたこの身に……こんなモノは効かない……!!」


 筋肉が収縮して自力脱出はまず不可能なはずなのに、立ち上がるどころか電極を引き抜き、旗を左右に一度振り回し『効いてませんよ』とアピールまでしてきた。



「身体強化魔法とか使ってるのかな……?」


「そんな魔法ものは使っていない。全ては女神の加護だ」


 ティスに小声で聞いたつもりだったのに、まさか本人が答えてくるとは思わなかったよ。

 力が強いだけじゃなくて、タフな上に耳まで良いって、もう魔人族ではなく別の種族なんじゃないの……


 何をしてあんなに強化されているのか、それとも本当に素の身体能力なのかは分からないが、テイザーガンが効かないならば打ち合うしかない。意を決して右手に戦棍メイス、左手にハンドガンへ装備を変えてファルナへと仕掛けた。



 旗の大振りを敢えて正面に飛び込むことで回避し距離を詰めた。

 リーチは短いが懐に入ってしまえば振りの早いこちらの方が有利だ。反撃をされないように可能な限り乱打を続けた。技術は素人でも編成の力で底上げされたフィジカルによるゴリ押だ。


 長物の相手は防戦一方、狂人女あの女のようにバケモノかと思ったけれどこれなら勝てる。

 戦棍メイスに意識を集めた隙に脚へ一発ハンドガンを発砲、続けて腕を戦棍メイスで殴りつけて旗を手放させた。


 勝負がついたと思ったがファルナは依然見開いた眼で僕を睨む。



「舐めるな異教徒ォォォォ!!」


「――!?」


 次の瞬間、彼女は僕を蹴り飛ばした、それも撃ち抜かれた脚でだ。

 意表を衝かれ、無防備なまま腹を蹴られたことで口に胃酸の臭いが広がる。



「うぷっ……あ、あのさ、本当にそれって加護? 何か危ない薬とかやってない?」


「女神を侮辱するのか!? ワタシは幼い頃に女神に神託を授かった、それから常に女神はワタシと共に在る!!」


「じゃあ女神様は罪もない人を殺したり奴隷にしろって命令するんだね?」


「ふざけるな!! お前たちのような邪神を信仰する異教徒でも悔い改める機会を与えるほど慈悲深い女神がそんな非道を赦すはずがないだろう!! 奴隷など以ての外だ!!」


 すっごいキレるじゃん……でも何かおかしくないか?

 今まで聞いた話ではオーレリアに奴隷はいる可能性は高いはずなんだけど……この子、もしかして騙されてない?

 話しを聞いてくれる限界まで話してみようかな。



「ねぇ君ってさ、あまり外と接触のない施設で暮らしてたとかない? 例えばお城とか教会とか」


「その通りだ。神託を受けてから村を出て神殿で女神に尽くしてきた」


 あー……邪推かもしれないけれど、それって洗脳されてないか?

 何かを絶対視するってよくカルトとかでありがちな思考パターンだよ……


 神託を受けるまでは本当だとしても、その先は誰かの思惑に動かされてるだけのような気がしてきた。



「あのさ、たぶんオーレリアに奴隷はいるよ。それに元々オーレリアはヴェルタニアに攻め込まれて占領された街だし、その時に多くの人が亡くなったの知らない?」


「嘘を吐くな!! 女神はいずれ来る救世主の助けになれと仰られた!! その方は世界の救済なのだと!! そして救世主がお前たち異教徒に侵略されそうなオーレリアを救いに来るのだ!! 正しき者が救う街にそんな邪悪があるはずがない!!」


 僕の言葉に激昂したファルナは、剣を抜き、脚を撃ち抜かれているとは思えない勢いで向かってくる。

 これ以上の話すのはきっと無理だ、だけどalmAに頼らない打ち合いで優勢だったことを考えれば、油断をしなければ負けることはない。


 しかし、誰かに利用されているように思える彼女をここで倒せばどうなるだろうか?


 ルアンダル砦を落としたのは多分彼女だ。

 兵たちのヘイトが限界を超えている現状だとまともな処遇を受けるとは思えない。

 落された砦で犠牲になった者を想うと心苦しいが、倒さず殺さず、且つ相手を撤退させる方法はないか思考を巡らせた……そして一つだけ閃いた。



「almA! ”戦術技能タクティカルスキル ウォールバッシュ”!!」


 あった、あったよ方法が。このままalmAで押して壁から突き落とす!!

 堀は川に続いているんだ。バケモノじみた動きをする彼女なら生き残れる可能性も高い。



 平面の壁に形を変えたalmAの突進はファルナに抵抗を許さずに砦壁の淵まで押しやった。

 そして彼女が動きの止まったalmAを跳び越えてくることは予測できる。

 僕は空中で踏み止まれないファルナを壁外へ蹴り飛ばし、堀に向かって落ちていく彼女へ言葉を投げた。



「自分の目でもっと街を見てみなよ、それで僕の言ったことを思い出して」


 耳の良い彼女のことだ、きっと今の言葉も聞こえたはず。

 倒すでも殺すでもないこの行動は、アルコヴァン側に立つ者として間違った判断かもしれない。それでも誰かに利用されているかもしれない少女が死んでしまったり、ろくでもない目に合うのは受け入れ難い。


 だからきっとこれで良かったんだ。


 ボチャンと水音を立て堀へ落ちたファルナを見て一先ず終わったと息を吐く。

 緊張の糸が切れ、今更心臓がせわしなく脈打つ僕はalmAに寄りかかり座り込こんだ。



「ふぇぇぇ……疲れたぁ……」


 ティスは『締まらないわね』と笑うが、労ってくれているのは分かる。

 逃げたはずが結局戦うことになったけど今回も乗り切れた。

 同時に砦に居る間はもう少し、武装しておこうと反省する。



 常在戦場ってやつだね、almA。

 僕は浮かぶ多面体に寄りかかったまま、今は動く気になれなかった。


【ファルナ イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818023212860925068

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る