ep2.5. アルカンブル砦の歌姫

■後神暦 1325年 / 夏の月 / 黄昏の日 pm 07:00


――アルカンブル砦 どこかの通路


「ヤバい、迷った……」


 砦の内部は構造を知っている者には機能的なのかもしれないが、

 似たような造りの通路や扉が多すぎて初めて訪れる者にとっては迷路と言って良い。


 冒険心を抑えられなかったのが仇になったね……

 仕方ないよ、だって男の子ってこう言うの好きでしょ? 僕だって好きなんだよ。

 でもどうしよう、ティスもalmAも部屋で待ってるし、誰かに聞こうにも砦の人が見当たらない、こうなったら……



「おい! 何してる!!」


 もう勝手に部屋に入ったことを怒られても構わない、と意を決して近くの扉に手をかけた僕は背後からの声に肩を震わせた。

 振り返ると体格の良い猫人族の男性がこちらに駆け寄ってくる。

 無精髭に戦いで負ったと思われる額から頬にかけての傷、正規兵の服装ではあるが、賊と言われた方が納得できる風貌だ、助けて。



「あ、あの……ちょっと迷ちゃって……」


「お~、そっかそっか、でも見つかって良かったぜ! さ、こっちだ!」


「は? え? ちょ……」


 やからさん(仮)に腕を引かれ、明らかに僕が滞在している部屋ではない扉の前に連れてこられた。彼は勢い良く扉を開け中に居る数名の男女に声をかけた。



「見つけて来たぞ!! じゃ、よろしくな! あ~やっと酒が飲めるぜ~」


 やからさん(仮)は行ってしまったが、残された僕たちはきっと同じことを考えていただろう、『この人(たち)誰?』だ。


 双方呆然としていたが、一人の男性が口を切った。



「えっと……君は誰だい?」


「ですよね……僕はセルリアン商会から砦に物資を運ぶ依頼を受けた者なんですけど、そちらは?」


「我々は兵士の慰労で各砦を回って演奏をするよう依頼されたのですが……」


 聞くところによると、この人たちは各国を巡る旅楽団で、僕と同じくリム=パステルで依頼を受けて途中の村や街で演奏しながら先ほど砦に着いたそうだ。

 言われてみれば確かにここに居る全員、ドレスや装飾された派手な服装をして男性陣も薄く化粧をしている。異世界のヴィジュアル系か?


 服装は置いておいて、この楽団の歌姫が猫人族で今僕たちがいる楽屋から出たきり戻らず、演奏を始められないらしい。


 お互いどうにも出来ずに逡巡していると、また扉が勢い良く開けられた。



「お~い、早く頼むぜ~、物資が届くみたいで今日は酒も飲めるんだ。こんなタイミング良い日にお預けは勘弁してくれよ~」


「あの、ちょ……」


 やからさん(仮)はまた話を聞かずに行ってしまった。

 ”物資が届く”、は恐らく僕が来たからだ。それに楽団の来訪が重なってことでちょっとした宴会みたいになったのだろう。たまの娯楽に浮かれているのが容易に想像できる。

 これ以上待たせると兵士たちがキレかねない、巻き込まれるのは絶対嫌だ。


 無責任かもしれないが、逃げることを考え始めたことろで先ほどの楽団員の男性が信じられないことを言い出した。



「ねぇ君、うちの子が見つかるまでの繋ぎで代役をしてくれないかい?」


「ふぇ? 何言ってるんですか!?」


「君だってこのままだとマズいことになると思っているだろう!? 我々を助けると思ってお願いだ!! と言うかやってくれ!!」


「あ……ちょ……!!」


 二人の楽団員の女性に両腕を掴まれた僕は、布を張った簡易的な更衣スペースへ連れていかれ、迷子になった歌姫が着る予定だったと思われる派手な深紅のドレスに着替えさせられた。


 丈も合ってないし、ざっくりと入ったスリットはどう考えても僕が着るには大人っぽ過ぎるだろう……靴だってサイズ違いなうえにヒールが高過ぎてふらついてしまう。それでも無理やり着付けられ立たされた鏡の前には、思春期に背伸びをして失敗したような娘が映っていた。



「いや……これ……どうしてくれるんですか……?」


「本っっっ当にすまない!! でもお願いだ!! それにドレスももう着ちゃっただろう?」


 あんたらが着せたんだろうに……そもそも僕が歌えないとは考えなかったのか?

 あぁくそっ、こうなったらもう自棄だ!!


 僕は自分の服から部隊管理端末UMTを取り出して編成を変えた。

 ”カナリア”……ゲームでは異色の職種、歌姫ディーバのキャラクターだ。


 ネタ枠かと思いきや、士気を上げて様々な恩恵を付与する意外とガチな性能で、前世では随分とお世話になった。


――……Ready

「……楽譜ありますか?」


「おぉ~ありがとう~!! はいコレ、3曲分!! その間にうちの子を見つけるから。あ、譜面台も持ってくるね」


 この世界の楽譜も五線譜。良かった、これなら”カナリア”の知識で理解できる。

 ペラペラと譜面をめくっていったが、あるところで手が止まった。


 タイトル『錆鉄さびてつ猫姫ねこひめ』。

 ……なるほど、こうやって情報が広がっていくのか……楽団って吟遊詩人のような人たちってことだったのね。



「この曲だけ換えてください。と言うかこの曲止めてください」


 団員の男性をじっとりと睨み、理由を聞かせずに楽譜を交換させた僕は渋々舞台へ向かった。

 どうしてこうなったんだ、ちょっと探検したかっただけなのに……


 楽団がいた部屋と繋がった数十人規模で食事が取れる食堂には兵士たちが席を詰めるほど集まり、待ちきれなかったのか既に酒を煽っている。

 これなら僕はいらなかったのでは?と思ったが、促されるままに簡易的に作られたショーステージに上がり中央に立たされた。


 続いて前奏も始まってしまった、もうどうにでもなれ……!!


 …~♪

 ……~♪

 ………~♪

 …………~♪


 曲間に楽団員たちがアドリブの演奏で時間を限界まで引き延ばし、2曲目が終わったところで音を頼りに本物の歌姫が戻ってきた。

 僕は無言のままステージを降り、平謝りする歌姫に会釈だけして最速で着替えた。そして逃げるように楽屋から飛び出し、体力が尽きるまで砦内を走り回りって、なんとか自室に辿り着くことができた。



「遅かったわね、どこ行ってたの?」


「うん、ちょっと色々……」


「あ、商会の人に聞いたんだけど、今日って旅の楽団が砦に来てるんだって~」


「うん、知ってる……」


「行ってみましょう! あたし楽団って見たことないのよね~」


「うん、行かない……」


 ティスは『なんでよ~』と頬を膨らますが、本当に無理なんだ。

 また女性らしい服に着せ替えをさせらて、今度は大勢の前で歌わされた……

 もう止めてティス、とっくに僕のライフはゼロよ……



 一人で探検にいくんじゃなかったよ……almA。

 浮かぶ多面体を見つめる僕の目には涙が溜まっていた。


【無理やりドレスを着せられたメルミーツェ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818023212710119962

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