chap.7 城塞都市オーレリア

ep1.紛争地帯へ1

■後神暦 1325年 / 夏の月 / 海の日 am 10:30


――セルリアン商会 ベリル執務室


 ヨウキョウの一件から何事もなく平和な日常だったのになぁ……

 代表からの呼び出し……このパターン、二回目で不安なんだけど……



「呼び出してわるいな、嬢ちゃん。ヨウキョウから戻ってひと月くらいか? 調子はどうだ?」


「はい、長い間スラムを留守にしちゃいましたけど、ザックたちが頑張ってくれているのでしっかりと維持ができています」


「そうか……」


「…………」


 何だろうこの間……

 ただでさえベリルさんと二人っきりで執務室ここで話すのは緊張するのに、変な空気は本当に勘弁して欲しい。それに絶対に本題じゃないこと話してるよね。

 出来る商人はこういう時、場を和ます話題を自分から振るんだろうね、えーっと……


 ――……あ、無理だ、思えば僕って前世で接客業やったことないや……詰んだわ。


 早々に僕は諦めた。我ながら情けないが出来ないものは出来ない。

 ティスかアレクシアについて来てもらえば良かったと今更ながらに後悔した。



「あのな……実は嬢ちゃんに運んでもらいたいものがあるんだ」


「ふぇ? はい、運ぶのは全然いいですけど……そんなに改まるような物なんでしょうか?」


 全く予想していなかったが別にそれくらい構わない。

 運び先が遠方でも家族旅行気分が味わえるし、高価な物でも拠点に隠して運ぶので、破損や紛失、もちろん強奪される心配もない、思えば運送業って僕に打って付けじゃないか?

 しかし、それくらいのことは折り込み済みのベリルさんが躊躇う物なのかと、彼が間を溜めれば溜める分だけ不安になってきた。



「いや、物自体は普通なんだ。魔導具に食料、それに武器だ」


「……武器?」


 ヤバい、きな臭くなってきた……

 邪推し過ぎかもしれないけど、そのラインナップって戦争に必要なものなんじゃないの?

 アルコヴァンは侵略戦争を仕掛けるような国じゃないと思っていたんだけど……



「あぁ、ヴェルタニアとの国境にある砦に運んで欲しいんだ。近々恐らく戦闘が始まる恐れがある」


「すみません……お断りさせてください」


 食い気味にベリルさんの申し出を断った。


 ヨウキョウで大規模な戦闘に巻きこまれもしたし、争い自体この世界では前世より頻繁に起こっていることは知っている。それでも自分の力が戦争利用されるのは嫌だ。

 ブラン商会の商品が間接的に戦争の一助になることが今後あるかもしれないけれど、僕の能力を知っているベリルさんの今の発言は僕に兵站を担えと言ったことと同義だ。


 心臓がバクバクする、なんだかとっても怖いよ……



「ほほ本当にすみません、失礼します!!」


 立ち上がり一礼し、僕は逃げるように執務室を後にした。

 不機嫌になられるのが怖かったからじゃない、もし説き伏せられたら流されて頷いてしまうかもしれない自分の意志の弱さが恐ろしかったからだ。


 大変なことになった、最悪アルコヴァンから逃げようかな……いやダメだ。

 スラムはどうするんだよ、それにツーク村のあの子たちの家も孤児院だってあるんだ、逃げるなんて出来ない。



「どうすればいいんだよぉ……」


 いつの間にか多くを抱え過ぎてしまったのかもしれない。

 考えが纏まらず僕は天を仰ぐことしかできなかった。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



 セルリアン商会から酒造所に戻っても何も手につかなかった。

 心配をしてくれたザックたちにも相談することができず、悶々としたまま時間だけ過ぎていき夕方になってしまった。


 歩く気にもなれずalmAに乗って帰路につくと門前に人影があった、ウカノさんだ。

 僕をずっと待ってくれていたようで、立ち話も失礼と思い自宅へ招き入れた。



「どうぞ、来客用のものが無くてすみません」


「ヨウキョウのお茶は久しぶりです、嬉しいですよメルちゃん」


 ウカノさんはいつもの笑顔だけれど予想はできる。

 日中に断ったベリルさんの依頼の説得だろう。



「……ベリルさんからの依頼のことですよね? 

ティス、この子たちと部屋で待っててもらえないかな」


「わかったわ……でも後で話してね」


 双子をティスに任せ、ウカノさんに向き合う。

 手汗がひどい、正直交渉や説得の類いはウカノさんの方がベリルさんより数段上手だ。

 僕は意志が揺らがないように汗だらけの拳を握った。



「まず初めに言うですが、私はメルちゃんが依頼を受けなくても良いと思っているんですよ。だから警戒しなくて大丈夫です」


「はぇ?」


「意外です? ミヤバからヨウキョウで起きたことを細かく聞いている私ですよ? それに兵士でもないメルちゃんを争いが起きるかもしれないところに送るのはどちらかと言えば反対です」


 ウカノさんの言葉は僕を安堵させた。

 彼……じゃない、彼女と舌戦をしなくて良い、それだけで肩からalmAくらいの重量の荷が下りた気分だ。


 あぁ、お茶が美味しい……味覚が戻ってきた。


 しかし、そうなるとどうして”このタイミング”で”ここ”に来たのかと疑問が出てくる。

 正直それを聞くのは藪蛇やぶへびな気もするが理由が分からないのも怖い。



「でしたら何故家にいらしたんですか?」


「ベリルさんの擁護、と言ってしまえば身も蓋もないですが、事情を知っているあの人がメルちゃんに依頼をしたのにはそれなりの理由があったんですよ」


「理由……ですか」


「今回、メルちゃんに依頼した砦がある場所、そこはかつてアルコヴァンの領土だった街が在ることろなんです。元々は村だったんですが、戦争の需要で発展した街でして、ベリルさんの親族や知り合いが多く住んでいた土地だったんです」


 待って、それどこかで聞いたことあるぞ、どこだ……――そうだ思い出した!!

 ツーク村の村長ブラスカさんの故郷だ。



「そこってもしかして、生産業を放棄して軍事関係に力を入れた結果、ヴェルタニアに包囲されて落とされた街ですか?」


「オーレリアを知ってたですか? そうです、その街です」


「街の名前までは知りませんでしたが、お世話になった人の故郷だと思います」


「そうでしたか、当時の街の住人の大半が奴隷にされたそうです。

ベリルさんは街を取り戻す為に今もオーレリアに関わることには資金提供をしてるんです」


 その後、聞いた話ではセルリアン商会が力をつけるきっかけになったのもオーレリアの発展が大きかったこともあって、当時ベリルさんも軍事産業にシフトすることを支持していたそうだ。

 結果論にはなるけれど、そのせいで責任を感じてオーレリアの奪還、つまり奴隷解放には軍部への協力を惜しまず続けてきたみたいだ。


 しかも地理的な話を聞く限りでは恐らく霊樹精エルフの誘拐にも関わっている気がする、ヨウキョウとの不可侵地帯になっていたにも距離が近い……



「どうすればいいんだよぉ……」


 ウカノさんが帰り、一人になった居間でイスにもたれ本日二回目の台詞を呟いた。

 ベリルさんに共感できてしまう。それに僕は奴隷制度に嫌悪感がある、霊樹精エルフが関わってるかもしれないのならば約束の為にも見過ごせない。



 戦争かぁ、嫌だなぁ……ねぇalmA。

 僕は浮かぶ多面体に意味もなくペタペタと触れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る