少年の願い事

かんたけ

死んだ俺は、何でも一つ願いを叶えられるらしい

  

 1998年8月13日。

 田んぼに出ていた俺は、落雷に打たれて死んだ。


「おめでとうございます! 貴方は成就権を得ました〜! これで、貴方はどんな願いでも一つ、叶えることができます! あ、我々管理者に関する願いは、却下となりますのでご注意を!」


 気がつくと、目の前には白い布面を付けたいかにも怪しい女がいた。

 壁が見えないほど広い神殿の中に、赤い鳥居が建つという、なんとも珍妙な景色の中、鳥居の前で、まるで自分が門番だとでも言うように、面の女は佇んでいる。

 俺が何も言わずにいると、女は疑問符を頭上に浮かべて指を鳴らした。


「なるほど。どうやら、貴方は自分の状況が飲み込めていないようですね。…では! 僭越ながら私が説明しましょう!」


「結構だ。雷に打たれた事は覚えている。大方そこで死んで、この空間に呼び出されたんだろ?」


「その通り! しかし、一つ補足がございます。貴方は本来、死ぬべきではなかったお方。我々管理者のミスで、偶然死んでしまったのです。ほんと、サーセン」


「言い方ムカつくな」


「ですがご安心を! ミスはカバーすればいいのです! 我々管理者は、貴方を生かすついでに、お詫びとして何か一つ願いを叶えて差し上げましょう。我々管理者に関する願い以外ですが」


 畳み掛けるように言った彼女は、さも寛大さを見せつけるように両手を広げた。

 途端に、赤い鳥居が真っ赤に染まり、部屋全体が濁る。ノイズから浮き出るような純白のローブが、肩口で切り揃えられた白髪と共に靡き、鳥居の外側から、神聖な空気が吹き込んだ。

 美しい光景に、息を呑む。天使や神といった存在が信じられるのも、分かる気がした。


 しかし、だからといってこの状況を看過する事はできない。



 俺はあの時、死ぬために外に出たのだから。




 ⚡︎




 いつから死亡願望を抱いていたのかは、分からない。中学生の頃から持っていたような気もするが、高校生の時、フッと湧いて出たような気もする。

 ある時から急に、勉強も、運動も、人間関係も、学校も、全部が嫌になった。張り詰めていた糸が千切れたように、プツリと力が入らなくなってしまった。

 俺が学校に行かなくなると、両親と、担任の教師から心配された。声はかけれど、最初から放って置かれたのは、三人の計らいだと思う。他に心配してくる奴はいなかったが、逆にそれが良かった。


 生きる気力が枯渇していた。

 死ぬ気力さえなかった。


 薄暗い部屋、蛍光色の携帯は、刻々と時間を表示する。

 寝返りを打った時、辺りが一瞬白んだかと思うと、低い音が腹に響いた。

 空を覆う黒雲から田んぼへ、慈雨の如く雷光が降り注ぐ。

 遠くで子供の悲鳴が聞こえ、携帯の電源が落ちた。俺はハッとしてベッドから起き上がる。

 一拍、落雷が途切れ部屋全体に影が落ちる。ほのかに明るい窓の外を、じっと眺める。息遣いだけが、冷たい部屋にこだました。

 言いようのない期待と高揚感に満たされていた。

 再び落ちた雷光が、体の輪郭を浮き上がらせる。まるで白黒テレビの世界のように、辺りの色が消え失せた。


「死のう」


 何故、そう思ったか。何が辛かったのか、何も辛くなかったのか、何故雷を希望の光だと思ったのかは分からない。

 それ以外に何も思わなかった。俺は栄養失調気味の体を引きずって、傘も持たずに、一心不乱に家から飛び出していた。




 ⚡︎




 俺の記憶を見たのか、はたまた何処からか傍観していたのか、彼女は無遠慮にもこう言った。


「あ、我々の仕事に支障が出るので、死ぬのは却下です。他の願いでお願いします」


「…何でも叶えると言ったのは?」


「あれは言葉のあやです。人間の貴方からすれば、多少の制限はあろうと文句はないでしょう? 例えばですが、異世界への転生は如何ですか?」


 黄色い地球儀と、数値の刻まれたアクリル板が空中に出現する。ステータスと書かれた能力値は、全て上限に達していた。


「あらかじめ能力値を上げて、その世界にいる住民に好かれる設定をいたします。これで貴方は、男女からも愛される、危機感はあれど危険のない人生を送ることができますよ? レベルも上がって、順風満帆な異世界ライフです!」


「いらない。その異世界とやらに興味はない」


 出鼻をくじかれ、布面が驚愕を露わにした。おかしい、何で承諾しないんだコイツとでも言いたげな態度だ。


「…なら、元いた世界の方に、貴方だけが入れる地下迷宮を設置しましょう。美少女の案内係も派遣して、今なら特殊な鉱石もゲットできますよ! 世紀の大発見をして、ガッポガッポです! 勿論、訓練すれば自衛や戦闘をできるようにしておきます」


「いらない。そんな特殊なものを独占して危険な目に遭うのは、性に合わない」


「では、貴方に対する生物の好感度を上げておきます。これで、貴方はどこへ行ってもモテモテです! 親友も恋人も作り放題。動物も手懐け放題ですよ!」


「ぼっちに対する当てつけか? いらない」


「ならば、貴方には丈夫な体、又は高い運を与えましょう! 何があっても、天寿を全うできますよ?」


「断る。死にたくて死んだのに、何で、よりにもよって天寿全うまで生きなくてはならないんだ」


 面の奥で、彼女があからさまに引いた。


「うわ卑屈…。でしたら、貴方には天才的な才能を与えましょう。世界の賞を総ナメしちゃってください」


「才能なら、両親からとっくに貰っている。今はまだ分からないし、社会では使えないかもしれないが、俺にはそれで十分だ。そっちの方が良い。だから却下」


「……それでは、こう言うのは如何ですか?」


「いらない」


「…まだ何も言っていませんが」


 その後もあらゆる提案をされ続けたが、俺は即却下を繰り返した。布面の声に、若干怒りや面倒くささが混ざる。

 いつの間にか黄色い地球儀とアクリル板は消え、代わりに、罪悪感を誘うためか俺の家族の写真が出てきた。


「薄情な方ですね。貴方が死ぬと、貴方の家族が悲しみますよ? 貴方に合った愛情を受けて育てられたのなら、生きて親孝行をすべきです」


「乳児の弟と、祖父母がいる。だから、俺がいなくとも、両親は死なない。俺の死亡原因は自殺ではなく落雷による心停止だ。彼らに汚点は残さない」


「私が言っているのは、死なないかではなく、悲しまないかです。貴方の死を、貴方の両親はきっと引きずります。貴方は人間の中でも愛に恵まれた家庭に生まれました。貴方を失った貴方の両親は、途方もない悲しみの中で生きることになるでしょう」


「…分かっている。愛した分だけ、余計に辛くなるだろう。申し訳なく思っている」


「なら…!」


「だが、俺は死にたい」


 立ちあがろうとすると、一瞬彼女は怯んだ。しかし、すぐに何もなかったかのように咳払いをして切り替える。


「死亡は、我々の都合により認められておりません。別の願いをお願いします」


「じゃあ死にやすい体にしてくれ」


「間接的な死の願いも却下です!」


 流石に疲れてきたのか、水の入ったペットボトルが二本現れ、一時水分補給休憩となった。「管理者」という存在の役割は今の所不確定だが、水は飲むようだ。

 布面が徐々に下がり、隠れていた眉が見えた。





 ⚡︎




 良い加減、死なせてくれないだろうか。

 布面の正体が何であれ、死なせてくれないのならば意味がない。


 呆れ半分で彼女を見るも、水を飲んでいる間、彼女はこちらに顔を見せなかった。

 人の形をしているのだから、当然顔もあるはずだ。若しくは、見た目だけ真似したのは良かったものの、顔だけは上手く再現出来なかったのだろうか。


「も〜! 貴方、どんだけ頑固なんですか! こうなったら私の独断で貴方をブラコンにしますよ?」


「それは最早、君の願いだろう」


 俺は、未だに後ろを向く彼女に近づいた。

 何でも願いが叶うのなら、


「死んだ親友を生き返らせることは、できるか?」


 布面の動きが止まった。


「…え、貴方のご友人、亡くなられたのですか? …あー、確かにそんな資料をどこかで見た覚えがあります。いやーご愁傷様でしたね!」


「それで、出来るのか?」


「出来ません。時間を遡る能力をもらって、そのお親友を救うことも却下です。そんなことより、もっと良い願いを考えてください」


「……なあ」


「何ですか?」


 振り向く彼女の布面を摘んで降ろす。白の布面は意外とすんなり外れ、呆けた彼女の顔が見えた。



「君を生き返らせることは、出来ないんだな」



 顔を歪ませた俺に、親友は目を見開いた。その表情ですら懐かしい。葬式以来、写真の笑顔しか見ていなかったから、余計に。


「……いつ、気づいたの?」


「最初の方。悩んだ時に、指を鳴らしていたから。後は、雰囲気」


「……そっか」


 親友は、気まずさをかき消すように笑って、俺の肩に手を置いた。

 記憶よりも小さな手。彼女が小さくなったのではなく、俺が成長したのだ。今いる彼女の存在でさえも、過去のものになっていくようで、思わず手を重ねた。


「いやー、久しぶり。私がいない間も、元気してた?」


 答えようとしたが、喉がひくついて思うように声が出ない。


「……全く、元気ではなかった。君が、死んでから、俺はずっと引きずってるよ」


 小さい頃から、一人ぼっちだった俺の手を引いて、一緒に遊んでくれた親友。

 川遊びで2人とも溺れかけたり、花火が草に引火して慌てて消化したり、正直碌な思い出はない。いつも騒動を引き起こすのは親友で、俺は彼女の尻拭いをしていた。


『馬鹿だろ、君』

『バカって言うなよ〜。私は気の向くままに動いて、たまたま変なことが起こるだけだって〜』

『だから、それをやめてくれと言っているんだ』

『サーセン。けど、なんかあったら、お前がどうにかしてくれるでしょ?』

『…っ反省してないだろ!』

『バレたか!』


 何度叱っても反省はすれど後悔はしないし、好奇心のままに動いてこちらの苦労も知らないで、振り回してくる。

 けれど、それがとても楽しくて、大切だったんだ。


 小学校、中学校でも、彼女には沢山の友人がいたはずなのに、俺のことを気にかけてくれた。

 俺は側に居てくれる親友に甘えて、自分から人に話しかけようとしたことも、誰かを気遣おうとしたこともなかった。

 彼女と親友でいられれば、他に繋がりは要らなかった。だから、親友が死んで俺は1人になった。

 他に、誰も要らなかったのに、他の奴らは、俺も含めてのうのうと息をしている。

 親友だけが、死んでしまった。病死だった。


「…予約していた映画も、1人で見るにはつまらなかった。…ゲームセンターに、新しいお菓子が入ってたけど、俺甘いもの嫌いだし、君がいないから取る意味もなかった」


 意思に反して、声が震える。言うつもりの無かった言葉が、とめどなく溢れた。


「……カラオケも、公園も、君に引きずられて行ったショッピングモールも、いるだけで、辛かった。道を歩くたびに、ひょっとしたら君が、何もなかったみたいに話しかけてくるんじゃないかって…。でも、そういうの、は、全く無かったから、俺は、君が死んだんだって……」


「うん」


 親友は、生前と変わらず優しく微笑んでいる。


「だから、死にたくなったんだ。俺、今何もやる気起きないし、できないし、つまんなくて、辛くて、辛くて。なら、もう、いっそ君のところに行きたいって。行って、君ともう一度会えたらと、思ったんだ」


「……なるほど。私、親友に物凄く愛されているんですなあ。これも、お前と居る時間が長かったからかな?」


「本当にな」


 彼女と言葉を交わすたびに、視界が滲んでいく。折角の再会で、格好悪い所は見せたくなかったのに、見たかった顔をようやく見れたのに、拭っても拭っても、視界は晴れなかった。

 親友は、困ったように笑って、揶揄い交じりに俺に近づいた。


「おいおい、泣くなよ〜。折角、また会えたのにさあ」


 引き攣った音が聞こえ、顔を上げる。堪えるように眉間に皺を作った彼女の頬には、涙が伝っていた。


「お前が泣いたら、私まで泣きたくな゛る゛でしょうがあ゛…!」


 親友がみっともなく嗚咽する。彼女の手は、泣くのを我慢するように震えていたが、結局泣いていた。それに釣られて、俺の涙腺まで緩くなる。

 先ほどまで神の化身だった親友は、蓋を開けてみれば、生前と変わらない。格好悪いが、人一倍優しい、彼女のままだった。

 

「何でお前死んでんだよお…。こっち側のミスだけどさ、あからさまに雷降ってる中、外出る奴があるかあ゛…」


「……そっちだって、何で死んだんだよ。別れの言葉一つなしに、突然、引っ越して、…やっと親友の家族と連絡取れたかと思ったら、本人死んでるって……。俺のこと、全然考えてないだろ…。…あれだけ、親友大事、親友は宝とか言ってた奴が、いきなり消えて…」


「ごめんよお゛! でもさあ、迷惑かけたくないじゃんかあ。最後まで格好のいい思い出でいたかったんだよお゛」


 咽び泣く親友に、俺まで声が強くなる。


「君が格好良かった事なんて少ないんだよ…。むしろ、格好悪い、楽しい思い出しかないんだよ……。今更、迷惑かけられたって、格好悪かったって、気にするか…。…アホだろ、本当に。本当に、馬鹿だ」


「アホもバカも言うな゛よおおお」


 俺たちは、子供のように声を上げて泣いた。声が掠れても、頭の中が熱くなっても、泣き続けた。

 どちらからとも言わずに抱きしめ合った。お互いに死んでいるからか体温はなかったが、心の中はとても暖かかった。




 ⚡︎




 ひとしきり泣いて、涙も枯れてきた頃。俺たちは赤い鳥居の前で、横並びに腰を下ろした。


「……俺は、君に生きていて欲しい」


「私だって、お前に生きてて欲しい゛わ。…お前が、お前の大切な人たちと笑ってて欲しい。親友が幸せになってくれたら、私はもっと幸せなんだよ。お前だって、おんなじだろ?」


 鼻を啜る親友の隣で、俺は胡座を掻いたまま、額を抑えた。


「何で、君を生き返らせるのは無理なんだよ……。おかしいだろ…俺は生き返るのに、君だけ死んでるって…」


「……それは、お前が特例なだけ。本来、死んだ人間は生き返らない。それが私たち管理者の統括する、世界のシステムだからね。…けど、稀にシステムにバグが起きて、生きるはずの人が死ぬことがあるんだ」


「…それが、俺か」


「そういうこと。お前だけ、特別」


 親友は、涙を拭って、ペットボトルに入った水を飲み干した。


「私は、とっくに天寿を全うした」


 水の入ったペットボトルの隣に、空のペットボトルが並ぶ。


「……俺は、まだ天寿を全うしていないのか」


「そう。だから、とっとと願い言って、生きろよ。それで、私の分まで、いや、もっともっと、人生を楽しんで。弟くんに、こんなにも天才な親友がいたんだよ〜って言ってやれ」


「バカの間違いだろ」


「酷っ。死んだら覚悟しろよ? 私の方が立場上なんだから、特大の仕返ししてやんよ」


「それは…怖いな」


 自然と口角が上がる。親友は細めた目を擦り、楽しそうにこちらを覗き込んだ。


「おっ、笑ったね。良かった良かった。表情筋は死んでないみたいだ」


「君は寧ろ、死んでからの方が本番って感じだな。生きていた頃とは違う種類の楽しみがありそうだ」


「…確かに、そう、かもな。管理者には、厳しいけど人情に厚い上司とか、冷淡に見えてやっぱり親切な先輩とか、結構いるし。家族と会えないのは寂しいけど、いつでも様子を見れるからね。まあ、良かったとは思うよ」


 彼女の表情には、哀愁と愉快が混ざっているように見えた。取り繕うためか、親友は俺と肩を組んで向こうに視線をやった。


「けど、早めに来るなよ。私、まだ昇進してなくて、管轄の部屋が狭いんだ。ここは、ちょっと見栄を張って上司に借りただけだから、私の部屋が広くなるまでは、死ぬな。

 そしたら、天寿を終えたお前を、どっかの世界に案内するよ」


「…何年だ?」


「頑張って百年ちょいかな」


「百年か……。…まあ、待てるかと言われれば、待てるな」


「それは良かった」


 俺たちは立ち上がり、鳥居の前で向かい合った。俺の背後には鳥居があり、親友を赤く照らしている。

 たった数時間の出来事が、何日にも、何十日にも感じた。


「では、貴方の願いを聞きましょう」


 何故だか、また涙が溢れた。それを拭って、鼻を啜る。

 会えなくなるのは嫌だが、これか最後ではないなら、大丈夫だと思った。


「俺の願いはーー」


 願いを口にした瞬間、鳥居がより一層輝いた。風が巻き起こり、幾つもの糸が鳥居から伸びて、俺と親友の間に境界を作る。

 願いを聞いた親友は、仕方がないなと泣きそうな顔で、けれど吹っ切れたように笑った。

 その笑みは、これまでの人生で、最も美しいものだった。


 次第に視界が白く染まっていく。薄れる意識の中で、俺はがむしゃらに叫んでいた。


「時間が来たら、必ず会おう! 今はまだ分からないが、大切な人を見つけて、たくさんの思い出を作って、また会いに行く! だから、だからそれまでーー」


 待っていてくれという言葉を寸前で飲み込んで、俺は笑った。


「君も、死後の人生を楽しんでくれ!」


 背後に引っ張られるような浮遊感に包まれ、暗転する。

 その直前、「またな」と親友の声が聞こえた気がした。




 ⚡︎⚡︎




 2100年8月16日。俺は雷に打たれることなく、玄関先で死んだ。靴を履こうとして屈んだ瞬間に、事切れたようだ。


 気づけば、俺は綺麗な墓穴の中にいた。

 100歳を超えた老人には勿体無いほどに、見事な部屋だ。広すぎて、壁も天井も見えない。何もないVR空間に放り出されたと言われた方が、納得できるくらいだ。それでもここを墓穴だと思うのは、懐かしい気配がするからだろうか。


「こんにちは」


 灰色の空間から、白いブラウスとワンピースを纏った少女が現れる。布面をつけた親切そうな方だ。

 しゃがれた声で挨拶を返すと、少女は洗練された所作でお辞儀をした。


「ここは、世界中のあらゆる現象を統括する、管理者の修める部屋です。この度、天寿を全うされた貴方を、次の生へご案内すべく参りました。

 我々管理者は、貴方を歓迎いたします。この度は、お疲れ様でした」


「これはこれは、ご丁寧にどうも。…私は、死んだのですね」


「大往生でしたよ。今、貴方の体は、弟様家族や、友人、知人、教え子の方達に弔われています」


「そうですか。弟たちなら、心配いらないでしょう。あの子たちは、皆、強さを持っていますから」


「信頼されているのですね」


「はい。けれど、私が死んで直ぐのことは、少し心配だったのです。教えていただき、どうもありがとう」


 にこやかに軽く頭を下げ、俺は少女に微笑んだ。



「感動の再会にしては、随分と丁寧だ」


「そちらこそ、約100年ぶりにしては、随分はっきりと覚えているね」


 

 俺たちは同時に吹き出した。老人と少女が笑っているのは、側からすれば孫と爺さんが談笑しているように見える。

 少女は静かに布面を外す。あの頃と同じ、幼い顔がよく見えた。皺まみれの手と、子供らしい手が強く握手する。


「驚いたな。まさか、私のこと覚えてたの? 認知症とかですっかり忘れてるかと思ってたよ」


「何十回か忘れかけたが、それでも何となくは覚えているものさ。君を見た瞬間、まるで雷でも受けたかのように、思い出せたよ」


「そっか、そっか。…はは、凄いねお前。その様子だと、あの時の『願い』も覚えてそうだ」


「勿論、ちゃんと思い出した」


「忘れてたんかい!」


 親友がクスクスと笑う。前に会った時よりも気品のある笑い方だった。見た目は全く変わらないが、内面は成長するのか。


「さて、今、お前には選択肢がある。一つは、このままもう一度元の世界で生を受けること。二つ目は、異世界に転生すること。私のお勧めは異世界転生だけど、どうする?」


「どちらも断らせてもらう。俺には、再就職先が既にあるからな」


 迷いは無かった。親友は、俺の様子に肩を竦めて、嬉しそうに空中に何かを入力した。


「我々管理者は、貴方の成就権を認め、貴方を新米管理者として迎えましょう」


 親友が空中をタップした瞬間、灰色の空が晴天に変わり、辺り一面に黄色いゼラニウムの花が咲き誇る。春の新しい風が吹き抜け、まさに新たな管理者の誕生に相応しい光景だった。


「因みに、今日から私は、お前の親友兼先輩だ。なので、これからよろしくお願いしますね、後輩くん」 


「こちらこそ、よろしくお願いします。…仕事を教えるついでに、ジジイの話も聞いてくれ。話したいことが、沢山あるんだ」


「奇遇だね。私もあるよ。ま、お互いゆっくり話しをしよう」


 そう言って、親友は破顔した。

 俺たちは、黄金色の花園を歩いている。三途の川に咲く景色にしては、あまりにも美しく、俺は目を奪われてしまった。

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