ラスト15分

「よく、戻ってくれた!」


 大学に急いで行くと、独田教授がわざわざと言うか焦り切った表情を浮かべ、正門の所まで迎えに来ていた。


「急いでくれ、事情は走りながら説明する!」


 そのまま促されるままに、私達三人はラボへと駆け足で向かった。ちなみに丸男は「ひぃいいいいいいい」と息を切らせ、ぜいぜい言いながら頑張ってる。確かに汗っかきだな。


 そしてラボに向かいながら、教授が私達に取り急ぎ説明してくれた。


「すまん、私の計算違いだった。次元の歪が消失するまでもう十五分もない!」

「「ええええええええええっ!」」


 私と丸男は同時に焦った声を上げた。


 実は独田教授は先程のラボでの実験から、一つの仮説を打ち立てていた。


 私が未来からこの世界に来れた理由、教授は「次元転移現象」とそれを名付けた。難しい事はさて置いて私が理解出来たのは、10年前のこの世界で行われた茨木のJ-PARCがミュー型ニュートリノの電子型への変化実験、その影響で次元に歪が生まれたらしい。


 そこに10年後の茨木の山中で修行していた私が放つ正拳突きが関係する。何故か復讐心で燃えていた私の突きには特別な電子が偶然にも生まれ、時空を越えて共鳴、その確率数十億分の一のタイミングにより、私はタイムスリップしたのだ。


 だがしかし、なぜ茨木でなく博多になんか来たのかはよく分からないらしい。


 そこで独田教授が言う仮説はこうだった。


「J-PARCの実験により生じた時空間の歪みは、拡大後に収縮する。東子くんは発生時の共鳴で次元転移し、元に戻るのなら今度は消滅時の共鳴を狙うしかない。そして東子くんは現在、過去にいるのだが実際はこの次元には存在してはいけないんだ。私の研究している次元転移の理論は、転移時に物資の等価交換を必要とすると考える。ゆえに等価交換せずに、歪により偶発的に現れた東子くんはこの次元では異物として考えられる。その存在は歪みが消滅する時に現在に戻れなければ、次元上の不要物として認識され、存在が分解され未来に弾かれてしまう」


 なんか、すごい難しいので私にはちんぷんかんぷんだ。


「えっ? あの、それって結局どういう事なんですか?」

「つまり、死んでしまうったい!」

「ちょ、ちょ、それは困ります! どうにかして下さい!」


 ラボで焦りまくる私に独田教授はにこやかに微笑みを返し、棚から古めかしいファイルを取り出して来た。


「安心したまえ。私はマサチューセッツ工科大学時代にポーカーで友人に勝ち、借金の肩代わりとして、彼の父親が管理する国家機密である【テスタノート】を数冊手に入れている」

「なんですか、それ?」

「ニコラ・テスタという科学者が残した遺産だ。現在科学を遥かに越えたオーバーテクノロジーが記されている」

「うわっ、胡散臭いですね」

「いや、歴史に埋もれた天才だ。ちなみに蛍光灯の交流電流は彼の発明だ。エジソンは直流だが、広く世界で使われているのは交流電流だ」

「えっ、マジですか!」



 と言う訳でその【テスタノート】に書かれていた次元転移装置があれば、場所は問題なく座標指定で共鳴させる事も可能らしい。しかも装置はラボにある機械を組み合わせれば割と簡単に出来て(?)、それを独田教授が速攻で作成し、茨木まで行かなくても私は未来に戻れると言う事になった。さらに再び戻っても滝壺だと流木に襲われるので、座標を僅かにずらす事も可能らしい。


「そこでだが、共鳴作用には当然君の放つエネルギーが必要となる。先程の実験結果から計算したところ、正拳突き6785発分のエネルギーが必要となる」

「ああ、それくらいならいつでも出来ますけど」

「うむ、そこで私が今から作る次元転移装置に君の6785発分のエネルギーを注ぐ時間だが、一秒に3発打つとして、休みなしでざっと30分くらいだろう、出来るかね?」

「任せて下さい、それくらいは平気です」

「頼もしいな、そして歪が消失する時間は計算上、今夜の10:17。装置はまぁ、2時間もあれば出来るから、念の為9時までには必ず戻って来てくれたまえ。次元転移装置にエネルギーは蓄えられないから、歪の消失に向け同時進行で行わなければならない」

「わかりました、食事を終わらせてから早めに7時くらいには戻りますね」

「うむ、それくらいには装置も出来ているな」


 そんな会話を昼過ぎにしたというのに、現在はラボに向けて全力疾走してる。


 現在時刻は6:27。全然時間が違う。


「で、教授! 後、十五分でどうするんですか!」


 私がそういうと独田教授は意味ありげにサムズアップした。


「山笠があるけん、博多ったい!」

「いや、何を言ってるか分からないんですけど!」

「ここまで来たら、心意気で頑張るだけったい!」

「あー、もう、わかりました! でも、なんで計算違いするかなぁ!」

「うむ、すまんが地中に埋め込まれているのを計算し忘れたんだ。その分の影響があった」

「なんか良くわかりませんが、もういいです、急ぎましょう!」


 私はそう言うなリ履いてたミュールを脱ぎ捨て、さらに急いだ。







 さて、ラボに戻ると見るからに胡散臭そうな次元転移装置なるものがあった。


 そして私は速攻で構えに入った。すぐさま独田教授の声が響く。


「東子くん、もう残り9分だ、全力でとにかくやるしかない!」

「押忍!」


 言うなり私は渾身の気合を込めて、正拳突きを装置に向かって突き始めた。


「セイヤ! セイセイセイセイセイセイセイセイ!」


 急がなくっちゃ! 9分で正拳突き6785発!


 装置にはカウンターが取り付けられており、凄まじい速度で赤い数字が跳ね上がってゆく。


「おおっ、いいぞ、東子くん! 今、計算するとだな……、あっ!」


 独田教授が真っ青な顔で愕然とした。すぐに慌てた丸男が声をかける。


「教授、どうしたんですか!」

「まずいな、東子くんはこの世界、つまり過去の服装じゃないか! いかん、それでは駄目なんだ。それでは未来に影響が出てしまう。急いで元の空手着に着替えないと戻れない!」

「「なんですとぉおおおお!」」


 私と丸男が絶叫した。私は速攻で正拳突きをやめるなり、急いでラボで預かって貰っていた濡れたままの空手着とアンダーウェアーが入った紙袋を持ち、廊下で着替えようとした。


「待つんだ東子くん! もう、ここで着替えるしかない! 時間が足りん! 私と丸男くんは目をつぶるから、急いで脱ぎたまえ!」

「えええええっ! もう、まじですかぁ! し、仕方ない! 絶対に見ないで下さいよ、後ろも向いて下さい!」

「「わかった」」


 二人がさっと後ろを向いた瞬間、私は速攻でワンピースを脱いで、下着も脱いで全裸になる。もはや恥ずかしいなんて言っている場合じゃない。もうあと5分を切っている。濡れたアンダーウェアと空手着が冷たい。


「押忍! 着替えました!」


 素早く息吹を上げた。まさに土壇場、己の全てをこの短時間で出し尽くして見せる! だから、私は脳裏にど変態の伊月さんを思い浮かべた。


 絶対にゆるさん!


 復讐の怒りが一気に炎の如く全身を駆け巡り、私は全力を越えた魂の気合で叫んだ。


「アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!」


 後4分で4351発!


 後3分で3356発!


 後2分で2335発!


「ウワアタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!」


 必ず、現在に戻り、私はあのど変態に復讐するんだ! こんな所で死んだりするもんか!


「ガンバレ、東子くん、もう少しだぁああああ!」

「東子さん、ファイトです、行けます! 絶対に行けますうううう!」


 二人の声援を受けて、私の拳はさらに鬼気迫る勢いで加速する。


 後1分で1245発!


 くっ、やばい、1分で1000発が限界なのに、もっと、もっと、力を出さなくっちゃ!


 その瞬間だった。丸男の声がラボに響いた。


「東子さん、僕は10年後に必ず会いに行きます! 約束したでしょう!」


 後、30秒で558発!


「僕は今日、今まで生きて来た中で一番幸せだったんです!」


 後、20秒で303発!


「僕は、僕は、僕は!」


 後、10秒で135発!


「東子さんを愛してますぅううううううう!」


 後、3秒で50発!


「丸男!」

「は、はい!」


 後、1秒で15発!


「私も待ってるぞぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 後、0秒、ドン!


 最後の一発を撃ち込み、そう叫んだ瞬間、目の前が真っ暗になった。







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