ももち
さて、私は現在、丸男とシーサイドももちに観光に来ている。
「わぁあ、高い! 素敵ね!」
「ぼ、僕は少し高所恐怖症です……」
「ほら、男の子でしょう! しっかりしなさい」
「す、すいません」
私達は福岡タワーに登り博多の景色を一望していた。
「あれがシーホークホテル?」
「ええ、最上階が船の形をしているんです。その先端の部屋はパノラマビューのお風呂らしいです。絶景でしょうね、入ってみたいなぁ」
「そんで、あれが福岡PayPayドーム!」
「いえ、今年から福岡ヤフージャパンドームから福岡ヤフオクドームって変わりましたけど? 未来ではまた変わってそんな名前なんですか?」
「そうよ! 面白いでしょ」
色々と付近を見物し。ホークスタウンモール(現MARK IS 福岡ももち)でかなり遅い食事をとった。呑気な気分でいいのかなって思うが、観光は楽しい。
ちなみに未来へ戻る方法に関しては、独田教授から「なんとかなるかも知れん! わしは準備をするから、そうだな、君達は食事でも取って夜10:00までに再びここに戻って来てくれたまえ!」と言われた。
私達も手伝うと言ったが、物凄く専門的な事らしく少しだけ話を聞いて、もう絶対に無理だとすぐに諦め、教授の勧めるままに観光に出た。
そしてタワーを降りて、今は砂浜を二人で散歩している。
少し日が陰って来たが砂はまだ暖かくて、街中なのに潮風がなんだか懐かしい気持ちにさせてくれる。すごく綺麗な場所だ。私は空気を思い切り吸い込み大きく伸びをした。
「ああ、気持ちいい! 久しぶりにのんびりした!」
「そうなんですか?」
「うん、山でずっと修行してたからね!」
「ひぃ、そ、そうでしたね……」
丸男が太った体の肩をビクッと震わせた。もう、こいつはホントに気が弱いなぁ。
「こら、丸男! 男の子ならこういう場所では女の子をリードしたりするもんだぞ。そんな事じゃ、君は将来確実にモテないよ!」
「あっ、そうですよね……、すいません。でも僕はそういうのが苦手なんです」
「苦手だって逃げてちゃ駄目でしょ。少し練習して見なさい、はい、どうぞ」
「えっ、いきなりですか! あっ、そうだ、その、すごく聞きにくいのですが、東子さんは旦那さんとどうやって知り合ったんですか?」
「貴様、なんだと!」
私はキッっと丸男を睨んだ。こいつ、私の地雷を堂々と踏み抜いて来たな、殺意が湧いたぞ。
そして怖い顔をしたせいか、「ひぃいいいいい」と丸男はいきなり頭を抱えて座り込んでしまった。その仕草があまりに可笑しくて、私はすっかり毒気を抜かれてしまった。
まぁ、高校男子だからね、機敏とかそういうの特にこいつは読めそうにないし、今のは丸男なりのリードする話題のつもりだったのかな、きっと。
「もう、そんなにおびえなくていいから、ほら、立って!」
私が手を貸すと、なんだか丸男は顔を真っ赤にして「どっこいしょ」と立ち上がった。ちなみにやっぱ重いな、こいつ。
「す、すいません」
「まぁ、いいわ。あのね、あのど変態との出会いは、私が勤めるケーキ屋さんに伊月さんが通ったのがきっかけよ」
「ええええっ! と、東子さんがケーキ屋に!」
「おい、お前、それ、もう一回言ったら殺すからな!」
「ひぃいいいいい、すいません!」
「もう、ホントに丸男は駄目ね。いい、命が惜しかったら、女の子に対して少しは考えてから喋る様に」
「は、はい!」
それからソフトクリームを買い、ベンチに座って夕暮れの海を眺めながら、私は丸男に伊月さんとの出会いを話して聞かせた。
大学を出た私は一般の会社に就職せず、叔父さんの経営するケーキ屋さんに勤めた。元々私の体力と腕力が買われ、昔からちょいちょい手伝っていたから、要領も心得たものだ。
叔父さんに、将来はのれん分けしてもらい私も店を持ちたいと以前から告げていたのだが、「大学はきっちり出ろ、あと空手で世界一になったら、俺からアニキを説得してやる」と言われていた。
うちは空手道場をやっていて、私に道場を継がせるつもりだったのだけど、叔父さんが約束通りに口を聞いてくれてた。苦い顔のお父さんも私と叔父さんの説得で最後には折れ、「まぁ、社会経験と手に職をもつのも悪くないか」と勤める事が出来た。
そして半年が過ぎた頃、ふらりと伊月さんが現れた。
伊月さんは仕立ての良いスーツをビシッと着込み、すらりと背が高く、少しだけ長めの髪を綺麗に流していた。そしてその顔はものすごくイケメンで、スタッフの女の子達が初めて店に入って来た時に、「いらっしゃいま……」と全員が言葉を詰まらせ見惚れたのを覚えている。
でもそんなすごいイケメンなのに、物腰も落ち着いて柔らかくて、店の子達はもう終始笑顔がとまらなかった。私は特にイケメンにこだわりはないのだけど、その歩く姿に何かの武道経験者特有の動きがあり、違う意味で注目していた。そして唯一気に入っていたのは声だ。
「イチゴのショートケーキを、すいませんがひとつだけ」
照れ臭そうにそう注文する声が、カッコいいのになんだか可愛くて、私は密かに好感を持っていた。
いつも伊月さんは、決まってイチゴのショートケーキを一つだけ買う。それも二日に一回は必ず来る。変った人だなぁと思っていた彼が、二か月程通い続けたある日つい私は話しかけてみた。
「これは奥さんへのお土産なんですか?」
実はその時スタッフの中で、お土産派と自分で食べてる派に分かれてくだらない論争をしていた。だから私は実際に本人に聞こうと声をかけたのだ。
途端、伊月さんはそのイケメンな顔を少しだけほんのり染めた。
「いえ、自分で食べてるんです。僕はイチゴのショートケーキが好きなんです。特にこの店のは絶品だと思います。」
「あっ、そうだったんですね。うちの品を気にいって頂けて嬉しいです!」
実は叔父さんから任されて、イチゴのショートケーキは私が作っているのだ。思わず嬉しくなった。ところが、次の瞬間、伊月さんが私の顔をじっと見てから意外な言葉を放った。
「突然で困らせてしまうかもしれませんが、ずっとあなたが好きでした。僕と付き合ってくれませんか!」
思わず仕事中に何を言うんだと怒りそうになったが、その瞳から彼の強い想いを私は感じ取る事が出来た。不思議と悪い気がしない。
「はい?」
だけど恋愛に慣れてないのでつい思考が停止してしまい、そんな私を見て伊月さんは爽やかに苦笑した。
「へ~、すごくストレートですね、それで付き合い始めたんですか?」
私の話を丸男は真面目に聞いて、何度も頷き感心していた。
「まぁ、何回かデートしてから正式に付き合い始めたの。変な事されても返り討ちにする自信もあったし、だけど彼はすごく紳士的で優しかった」
そこで私は拳を握り、「セイヤ!」と宙を全力で突いた。
「だけど、ど変態だったわ。幼児用のパンティを持ち歩くなんて、最低で信じられない!」
「はぁ、それはまさに言い訳のしようもない事実ですね」
「そうよ、幸い彼はロリコンだから全然手を出して来なかったから、身体は綺麗だけど、心が酷く傷ついたわ!」
「でもなんで彼は東子さんにプロポーズしたんでしょう? ロリコンなのに?」
「ああ、伊月さんは空手もやっていたのね。それで世界選手権で優勝した私の凄いファンだと言ってくれた。多分、社会の目を気にして変な趣味を隠すのと、ただ見栄を張る為に私を相手に選んだんじゃないかしら?」
「酷い話だなぁ」
「私は空手ばっかりしてたから、誰とも付き合った事なかったし、初めての相手で、しかも結婚までして、その大切な新婚旅行の初夜、いよいよ結ばれるんだってドキドキしていた時に、それだもの。殴るのも忘れて泣きながら家に帰ったんだから!」
私はあの夜の口惜しさと絶望と悲しさと悔しさが一気に蘇り、全力で怒りが増して来た。もう我慢できずに思わず立ち上がって、海に向かって凄まじい気合で「セイ!」と回し蹴りを放った。
「だから、復讐するの!」
怒りに燃え振り返った私の顔を見て、丸男は珍しく怯えずに神妙な顔つきで一呼吸入れた。
「あ、あのですね、東子さん」
「ん? どうしたの? えらく真面目な顔をして?」
「お、お願いがあります!」
そう言った瞬間、丸男は突然がばっと立ち上がって、私と視線を合わせた。どうした? どうした? そろそろ帰る時間だけど?
すると丸男が窒息するんじゃないかって程、力んで顔を真っ赤に染めた。
「ぼ、僕は、でぶで、気弱で、汗っかきだし、気の利いた事が全く言えない駄目な男です!」
「うん、知ってる」
「でも、でもですね、今日一日東子さんといて、すごく楽しかったです!」
「あ、うん、そうか、ありがとう」
「もし、今夜、10年後に戻れたら、10年後の僕が会いに行ってもいいですか?」
「ああ、そりゃあ、いいわよっていうか、お金借りてるから、私から会いに行くから安心して」
「いえ、僕が行きます! 行かせて下さい!」
「そう? でもなんで?」
そこで丸男は軽く両腕を持ち上げ、さらに両拳を強く握りしめた。なんだか相撲の取り組みみたいだなぁ。
「僕はあなたが、好きになりましたぁあああああああああああ!」
「えええええええええええええっ!」
突然、告白して来た丸男に、私は心底びっくりした。
「いやいやいや、君は年下でしょう? ないない、ないから!」
「いえ、10年後なら僕は東子さんより年上です!」
「そ、そりゃあ、そうだけど……」
「あの、でぶは嫌いですか!」
「いや、私は見た目はそこまで気にしない」
「じゃあ、情けないから駄目ですか?」
「うん、そこ、私は男らしくないと嫌、上辺じゃなくて本当の意味で」
すると驚いた事に丸男は私の両肩を唐突に掴んだ。
「10年、待ってください!」
「へ?」
「僕に10年下さい、きっと東子さんに好きになって貰える男になります!」
「ちょ、待って、待って!」
意外な力強さに思わず焦ってしまう。
「あのね、10年後って私からしたらすぐだけど、丸男にとってはそのタイムなんちゃらだから、未来を変えない様に私が結婚するのを見るんだよ? そんな会いにも行けずに結婚しちゃう人間を10年も思い続けられる? そんなの苦しいだけだよ」
「いえ、10年後の東子さんが戻った日に、僕は必ず会いに行きます! そこでもう一度告白します! これは約束です!」
私はハッとした。この目の前のおでぶな高校男子のその真剣な瞳。空手の試合の時、真剣な相手には強さに関係なく、私は全力で行く! そんな自分を思い出した。
「よし! わかった、丸男! 私はあなたのその心を受け止める。だから10年後に会ってから返事をする。私も約束する!」
そう告げると丸男は「良かったぁ」と嬉しがると、へなへなへなと腰が砕けてその場にへたり込んだ。
「こらこら、いきなり気を抜かない。せめて決め台詞くらい言えないと駄目だよ」
私が笑顔でそう言うと丸男は頭をかきながら、「す、すいません」と照れて立ち上がった。まぁ、可愛い奴だ。
「決め台詞ですね、えーと、東子さん!」
「もう、変な感じだね、はい、どうぞ」
「僕は――――」
そう丸男が言おうとした瞬間、ポケットのスマホがけたたましく鳴り、彼はスマホを急いで手に取った。
「あっ、独田教授からです! 何かあったんでしょうか?」
「ええっ! タイミングが悪いなぁ。でも出なきゃだね!」
「はい、すいません! じゃあ、出ますね」
丸男は急いで画面をタップすると、私にまでスピーカー越しに教授の叫び声が聞こえて来た。
「丸男くんか! すまんが二人共、急いで戻って来てくれ! 時間がない!」
えっ、どういう事? 丸男も私も驚いて顔を見合わせた。
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