どうしょう

 さて、どうしょう。


 とは言え私はおおらかだ。なったものは仕方ない。すぐに現状のタイムリープした事実を受け入れる事にした。悔いても何も変わらないのなら、素早く気持ちを切り替えて行こう。


 だけど、目の前の丸男にこの事実を理解させる事は多分難しいと思う。


 こういう場合の切り札、野球の勝敗だとか、宝くじとか、都合のいいこれから起こる事実なんか私はまるで覚えてもいないし、ましてや10年前の7月に何があったかなんか知るか!


 物的な証拠さえあればまだ説得力があるが、空手着だけで何も持っていない。という訳で、私は力技を選択する事にした。


「とにかく信じなさい、じゃないとぶつわよ!」

「ひぃいいいいいい!」


 さっきの一発が効いてるのか、丸男は怯えきった表情でコクコクと頷いた。やはり現代でも世紀末でも、人を支配するのは暴力と恐怖だな。


 そう言ってみたけれど、目の前に転がっている輩達みたいで少し嫌な感じだ。そこで冷静に説明する為、一旦丸男に「落ち着いて話す所はないの?」と促すと、警固公園という街中にある広い公園へと案内された。


「で、つまり東子さんは、山で修行しててタイムリープしたと」

「そうよ、私を騙したど変態、元夫である伊月さんに復讐するはずだったの!」


 私が正拳をドンッ! と丸男の顔面に寸止めで打ち込んで見せると「ひぃいいいいいいい!」と怯え、びっくりして目を白黒させている。


「なに驚いてるのよ! もしかしてあなたも変態なの! ぶっ殺すわよ!」

「いやいや、僕はノーマルですから、ちょ、目が怖いです!」

「じゃあいいわ。男の癖にビクビクしないの。とにかくそう言う事情よ。信じてもらえた?」

「あっ、はい。し、信じます! 本当はあまりに信じられない話ですが、その猛々しい復讐心に、圧倒的な説得力を感じました」


 ふむ、丸男は素直に私の話を信じてくれた。良かった、良かった。いささか顔が青ざめているのは気にしない事にしょう。


「でも、東子さん。これからどうするんですか?」

「そんなの決まってるわ!」


 私は廻し蹴りをドンッ! と再び丸男の顔面に寸止めで蹴り込んで見せると、「ひぃいいいいいいい!」と再び怯えた。


「東京に戻って、元夫である伊月さんを抹殺するわ」

「ええええええええっ!」

「だから、旅費を貸しなさい!」

「いやいやいや、そこは元に戻らなきゃって考えて下さい! いきなりこの段階で見ず知らずである旦那さんを殴りに行くなんて、どう考えても問題があるかと!」

「むっ。確かにそんな気もする……」

「いや、普通にその一択ですから! いいですか、東子さんから見たらここは過去。迂闊に過去を変えるのは駄目です、それ、タイムリープの鉄則ですから!」


 私は瞬時に凄まじい速度で回転し裏拳をドンッ! と丸男の顔面に寸止めで打ち込んで見せると、さらに「ひぃいいいいいいい!」と怯えた。


「わかったわよ、未来に帰る方法を探すわ」






 さて、方針は決まった。私がこの世界で元夫に復讐してはいけない。ならば未来に戻る方法を探すしかない。


 そんな私に丸男は「さすがに空手着のままじゃ……」と言い、近くのデパートでワンピースや下着やミュールを買ってくれた。高校生の癖に気が利くいい子だ。


 ちなみに、この天神では遠巻きに怪訝な顔をする人もいるのだが、意外にも博多の人はおおらかな人が多く、空手着に裸足の私を見ても「がんばっとうね!」、「お姉さん、勇ましかぁ!」と声をかけ褒めてくれた。いい街だ。


 さらにデパート店員のお姉さんも一切物おじせず、「気合入ってますね!」と優しく接客してくれた。さらに着替えが終わると休憩中の美容部員の人まで呼んで来てくれて、私にばっちりメイクを施し、髪型も整えてくれ、「これでべっぴんさんの出来上がりったい!」とめっちゃ親切にしてくれた、嬉しい。


「なんかいい街ね、博多って」

「そうですね、暖かい人が多いと僕も思います」


 着替えも終わり小腹のすいた私達は、親不孝通りという場所で豚骨の細麺でネギたっぷりの「元祖長浜ラーメン」を食べている。


「でも、僕が言い始めてあれですが、どうしたら過去に戻れるんですかね?」


 丸男は眼も合わさずにラーメンに夢中だ。途中て注文していた替玉を、さっと器に入れ、ズルズル美味しそう食べながら、ふとそう聞いて来た。ちなみに二玉も替え玉するな、その食いっぷりだから太るんだぞ、と突っ込もうとしたその時だった。


「ああ――――――――――っ!」


 思わず私は大声を出してしまい、丸男の手がピタリと止まり、慌てて顔を上げた。


「どうしました、東子さん! まさか替え玉のタイミングをミスりましたか! いいですか、バリカタのゆで時間を計算して絶妙に注文しないと駄目です! そして麺が伸びずスープが冷めない内に、さっと食べる、これが正しい食べ方です、細心の注意を払って下さい!」

「何言ってんの、そうじゃない! あれを見て!」


 私が指差す先はカウンター。そこには一枚のポスターが壁に張られていた。きょとんとした丸男もすぐに「あっ!」と小声をあげ、直ぐにポスターを読み上げた。


「時空転移と時間移動、その立証! テラスケール物理の可能性。独田どくたブラウン九州大学理学系研究科教授講演会! しかも今日じゃないですか!」


 私と丸男は瞬時に顔を見合わせて叫んだ。


「「これだぁ!!!」」




 さて、ここは九州大学。私達はソラリアステージ前からバスで小一時間かけて移動した。そして講演会が終了後、独田教授の研究室にさくっと潜り込んで、いきなりだったけど、当たって砕けろと必死に事情を説明した。


 現在、目の前には白衣を着て、白髪のくせ毛が爆発した様なおかしな髪型のおじさんがいる。まるでバック・トウ・ザ・フャーチャーのドク・ブラウンにそっくりだ。そしてビシっとこちらを指さして彼は叫んだ。


「山笠があるけん、博多ったい!」

「いや、ちょっと何を言っているかわからないんですけど! あのぅ、それで信じて頂けたのでしょうか!」


 すると独田教授は大きく頷いた。


「勿論ったい! 疑う余地も無く信じる! そして困った人がいたら助けねばならない、それが博多っ子の男気ったい! 君、東子くんと言ったか、 一緒に未来へ帰る方法を考えよう。全力で応援するったい!」

「あ、ありがとうございます!」


 あーと、想像以上にあっけない。


 ちなみに事情を説明し始めた時、この独田先生は「なんたる事だ! なんという事だ! 信じられん!」と大いに困惑し髪をかきむしりながら、何故か棚からとあるファイルを出して来た。


 そこには中学生の頃に空手全日本選手権で優勝した私の姿がファイリングされていた。そうだ、思い出した。日付から考えて、ここではつい先日の出来事だった。そして今、その広げたファイルと私の顔を、彼は交互に見比べている。


「私は格闘技マニアだ。フルコンタクト空手で全試合開始から数秒でのKO勝ち! 正に一撃必殺、感動のあまり涙した私だ! その期待の新星がこうして大人の姿で現れるとはなんたる事だ! 嬉しすぎて、さらに光栄だ! 君、まずはサインをくれたまえ!」


 なんかすごく簡単に受け入れてくれた。


 少し聞くと、独田教授は博多出身で、日本とドイツのハーフ。マサチューセッツ工科大学を卒業後、世界最大規模の素粒子物理学の研究所CERNに参加、そして50歳の現在、「山笠があるけん、博多ったい!」と言い、愛する博多に帰って来たらしい。


 優秀な人なんだろうけど、室内の難しい本に混ざってちょいちょい格闘家の自伝なんかが置かれている。で、私のサインをなんで凄そうな盾とか表彰状とかを並べてる棚にドンと飾るんだ?


「感激だ、私はやる気が漲って来たぞ!」


 小躍りする教授に対し、いい人なんだろうけどかなり不安になった。なんか人選を間違えたのかな? 





 さて、目の前に銘菓「博多通りもん」がある。独田教授が「スタンダードこそ至高」と言って出してくれた。そして3人でとても美味しい「博多通りもん」をもぐもぐ食べながらお茶をし、教授が私からさらに詳しく状況を聞き込んだ。


 ノートを取り暫くの後、教授がぶつぶつと考え込んでからその瞳をカッと見開いた。


「そうか! 恐らくだが、間違いない! 君達、ちょっと来てくれたまえ!」


 5つも「博多通りもん」を食べた教授がいきなり立ち上がると、せかす様に私達を別室に案内し始めた。というか丸男、「博多通りもん」を箱ごと持って行くな、誰も取らないから。


 セキュリティを解除し、重厚で厳重そうな扉を開き、やっと辿り着いたラボには見た事もない機械が山の様にあった。そしてさらにとびきり胡散臭そうな装置を片手に、教授は私の前にすくっと立った。


「さぁ、東子くん、実験だ。この青いセンサー部分に向かって君の正拳突きを全力で何発か放ってみてくれ」

「なんかよくわかりませんが、いいですよ」


 私はミュールを脱ぎ、服装が空手着とは違うが、腕を素早く交差して構えると、「押忍!」と気合いを入れた。


「セイヤ!」


 空気を切り裂く風切り音と共に、私の拳がセンサー前でビシッと止まる。


「セイヤ、セイヤ!」


 そのまま何度も正拳突きを放つと、教授が「おおっ、おおっ!」と興奮し始め、丸男も「は、はやい!」と驚いている。私は私で今まで忘れていた復讐心をつい思い出し、さらに気合を込めて突きを放ち続けた。


「セイヤ、セイヤ、セイヤ、セイヤ!」

「やはり! 思った通りだ! 私の仮説通りだった!」


 我を忘れて熱中していた私に、教授が歓喜の表情を浮かべ、確信めいたその瞳を向けて叫んだ。




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