第1話 キョウスケ

”物事の価値は、費やした時間では決まらない”


幼いころの夢は医者になることだった。

漠然と誰かの役に立ちたいという気持ちを持っていたことは覚えている。

それも、平平凡凡な学生生活を送っているうちに、いつの間にか忘れてしまっていたみたいだ。

いや、身の丈を知っただけかもしれない。

秀でた能力を持ち合わせない自分が、見ていい夢ではないと、理解できただけだろう。


幼いころに両親は離婚した。

離婚の理由に興味なんてない、親だって所詮人間である。

間違った判断をすることもあるだろう。

でもそのおかげで、この世に生を受けることができた。

受けてしまった。


世の中には意味のあることと、ないことがある。

私が生まれてきたことは、誰かにとっては意味のあることだったらしい。


離婚後母に引き取られた私は、幸いなことに特に不自由なく生活を送れた。

習い事をしたいと言ったときには、嫌な顔をせずに行かせてもらえた。

当時はわからなかったが、その要望のせいで母は経済的に苦しい思いをしたはずだ。

父は養育費を払うような人ではなかった。


今にして思えば、母は離婚したことに負い目を感じていたんだと思う。

その罪悪感から、少しだけ我が子に甘いところもあったのかもしれない。


ある日、ふいに母に抱きしめられたことを覚えている。

彼女は私に謝りながら泣いていた、何故謝っていたのかはわからなかったが

私も悲しくなって泣いてしまった。

あれはきっと、彼女なりに何かの限界だったんだろうと、今なら想像できる。


だけど、それらは親の都合だ。

離婚した事実、そこに子供の意思は存在していない。


高校生になったころ、母は再婚した。

再婚して自分を取り戻した母、彼女には彼女の幸せがある。

それから母の人生は安定したようだった。


そのころの私は、何も考えていなかった。


当時好きだったBUMP OF CHICKENの曲は今でもたまに聞いたりする。

”気が狂うほど まともな日常”

そんな中二病な歌を聞きながら、己の感性に酔いしれていた気がする。


流行りの音楽を友人と共有したり、片思いをしてみたり

ただ、過ぎていく毎日を享受することで概ね満足だった。

自分の心の影を見つめる機会なんてなかった。


”孤独には慣れていた むしろ望んでいた”

そんな歌詞の曲もあったな・・・


やりたいことが特になかったから、就職先には拘らなかった。

ただほんのちょっと、運が悪かっただけ。

新卒ガチャに失敗した、よくある話だ。


ブラック企業で、身も心も憔悴してしまった私は

大学時代になんとなく付き合えそう、という理由で交際していた彼女とも別れ

上京先で、近しい友人もいなかったので、独り静かに回復に専念した。


その頃だったと思う。

考え事ができる時間は無尽蔵にあった。

心の底に沈んでいた澱を掬い上げながら、自分と向き合った時に

生きる為の目的がないことに気が付いた。

いや、目的がない人生に、価値を見いだせなくなったというのが正確だろう。


己の価値だなんて、考えるだけ無駄

くだらないと一蹴する人は多く存在すると思う。

でも、気が付いてしまった自分の思いを

見て見ぬふりをするのは、その時迄が限界だったようだ。


療養の甲斐あって病状もマシになり、最低限の社会復帰はした。

しかし、それからの人生は、何をしても無味乾燥だった。

死ぬ理由がないというだけで、モノクロの世界を生きていた。

アルバイトで食いつないだ5年間。

本当に退屈な時間だったと感じる。


あの人に出会うまでは。

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