第40話 転機

「今思えばバカだったわ。詐欺みたいなものじゃない、あんなの」

「詐欺だなんてそんな……」

「そう言わざるを得ないわよ。だって、理想の世界を創り出すなんてありえないじゃない。今なら分かるわ」

「そうだったんですか……」


 私にはよくわからない話だけど、今の組織の在り方を否定したがっていることは分かった。信じていたシルバーに裏切られてショックを受けたからだろうか。私たちに倒されて気が変わったからだろうか。


「決めた。あんたたち魔法少女に協力するわ!」


 緑川さんは突然そう宣言した。


「えっ、本当ですか?」


 私は思わず聞き返す。


「ええ、もちろんよ。組織にいても私の願いは叶わないし、だったらあんたたちの味方になった方がよっぽどいいじゃない」


 組織から追い出され、魔法少女に命を助けられ、ついには魔法少女の味方になることを決意する。自然な考え方だ。彼女の目には嘘偽りは何一つないと感じる。


「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」


 そう言って緑川さんの手を取る。彼女は少し照れた様子で応える。


「こちらこそ……」


 うんうん、敵だったキャラが途中から魔法少女の仲間になるのはよくある展開だし。私の好きなアニメにもあった。


「でも……、協力するってどうするんですか? もう魔法は使えないし……」

「ふっふっふ……。私はいわばスパイになったのよ? エンデ・シルバーの情報は全部あんたたちに教えてあげるわ!」


 スパイ……。なんかいい響き……。しかもこちらの味方だなんて……。うっとりするのはこの辺にして、緑川さんの話を聞く。


「早速一つ教えてあげる。エンデ・シルバーの基地に入るには、公認のブレスレットが必要なのよ。私が持ってたのだけど……」

「あっ、それは……」


 回収しようとしたところをシルバーが現れたのだ。結局回収せずに逃げてきたので、シルバーに破壊されてしまっているだろう。


「そうよ。もう一つ存在するのだけど、それはゲルプが持ってるわ」

「ゲルプか……」


 やはり幹部との直接対決は避けられない。ゲルプを倒してブレスレットを入手し、本拠地に乗り込んでシルバーの計画を阻止する。これからの流れはそうなるようだ。

 そういえば、エンデ・シルバーの目的については深く知らなかった。世界征服というざっくりした内容を聞かされたのみだ。これを機に聞いておこう。


「あの、エンデ・シルバーの目的って……」

「知っての通り世界征服よ。魔力をかき集めて【暗黒魔獣】を召喚して、世界全土を支配下に置くの。そうして理想の世界を創るのだと言われたわ」


 【暗黒魔獣】……。それがどんな存在なのかは分からないけど、一度召喚されれば手に負えない存在なのだと察する。


「少しわがままかもしれないけど、私からお願いがあるの。ゲルプを助けて。それと、シルバーも。私と同じで、最初の志を見失っただけかもしれないから」


 それは、緑川さんの心からの願いだった。私は彼女からそのお願いを受け取り、深く頷いた。

 そこから会話は途絶え、緑川さんは目を閉じて横になった。美しい横顔を、私はじっと見つめてしまう。彼女はこれから、ここで何を考え、何を目標に頑張っていくのだろう。とにかく、良い方向に進んでほしい。私も同じように布団に潜り込んだ。


 ☆


 私たちのケガも治療し終わり、緑川さんと同時に退院できることになった。もう入院にも慣れた。魔法少女になるまでは一度もなかったのに。


「改めて、今日から仲間よ。よろしくね」

「はい……!」


 緑川さんは少し照れくさそうに握手を求める。私もぎこちなく応える。


「さて、私は今日からここの研究室で働くのよ。ついてきなさい」


 新人のはずの緑川さんに案内される。だって、会議室くらいしか知らないんだもん。魔法少女になってから長いが、それでも司令部は行ったことのない部屋ばかりだ。研究室もその一つというわけ。


「ここが研究室よ」


 緑川さんはドアを開ける。中には白衣を着た研究員たちが何人かいる。皆、こちらを一斉に見る。


「緑川さん! 今日から配属だったわね。あなたの白衣持ってきたからね」


 奥の部屋から女性研究員がこちらに向かってくる。


「ありがとうございます、所長」


 緑川さんはペコリと頭を下げる。あっ、あの人って所長さんなんだ。

 研究員たちは口々に話し始めた。


「敵組織から新入り来るってアツいよねー」

「うんうん。実際優秀な子だし」


 ここの研究員……。みんな私と同じでオタクっぽくて親近感……。緑川さんは、そんな人たちの輪の中に入っていき、何やら話し込んでいる。


「私が入ったからには必ず活躍してみせるわ! だからみんな、協力をよろしく頼むわね!」

「おおー!」


 と、研究員たち。熱意は十分で、優秀な人も多いらしい。そして、緑川さんのコミュ力の高さに驚き、あまりの明るさで真っ白な砂になって消滅してしまいそう。サラサラー……。


「琴音、あんたは現場で頼むわよ。私はここから応援してるんだからね」

「はい、ありがとうございます!」


 ☆


 私も久しぶりの外。ヴァイスが頭に乗っかった状態で電車に乗って家に帰る。


「愛羅とも仲良くなれてよかったじゃないか」

「うーん、仲良くなれたって言っていいのかな」


 仲良くなれたけど……。急にグイグイ来る緑川さんにちょっと戸惑ったし、突然仲間になってびっくりもした。だけど、いい子だった。悪の組織に入るなんて信じられないくらい。そのくらい彼女の心の闇は大きかったのだ。闇が消えた今、かつてのような明るさと希望を取り戻したことだろう。


「私……、ゲルプも救いたい」


 緑川さんの思いに応えるために、私は新たに目標を定めた。ゲルプだって、エンデ・シルバーに入ったのには理由があるはず。緑川さんのように心に闇を抱えていたかもしれない。その心を救って、仲間になってほしい。


「その心意気は素晴らしいけど……、命を投げ出すようなことはしないでよ?」

「ぎくっ……」

「グルーンと戦った後、奈々美は激おこだったよ? 琴音が死んだら悲しむ人がたくさんいるんだから」

「うう……、ごめんなさい……」


 そう、今回の戦いで私は命の危険にさらされた。勝てるなら自分が死んでもいいだなんて言って。でも、赤澤先輩の怒った顔を想像すると、もうそんなことは言えない。


「今度からはみんなで生きて帰れるように心がけるよ。私も含めて」

「うん、それがいい。だって、『魔法少女はみんなの笑顔を守る』だからね。『みんな』の中に自分が含まれてないなんておかしいでしょ?」


 ヴァイスがアニメのセリフを覚えているなんて……。ちょっと驚き。可愛いかも。頭をもしゃもしゃと撫でてみる。


「そうだね……」


 電車はやがて駅に着く。ドアが開いて外に出ると、冬の寒い風が吹き込んでくる。耳が痛くなるほどの寒さだ。


「今日は鍋にでもしよう。寒くなってきたし」

「ヴァイスは食べないでしょ……」


 もう冬か……。いつもはちょっとわくわくするクリスマス。今年は忙しくなりそうだ。

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