第39話 銀色の誘い

 目を覚ました時にはベッドの上で寝ていた。体を起こすと、全身がヒリヒリと痛む。あちこちにケガをしていて、起き上がることはできなかった。横のベッドにはグルーンが寝ていた。私に気がついたようで、彼女はすぐに上半身を起こす。


「あんた……」


 つり目が怖い! もともとの傲慢そうな性格も相まって怖い顔をしてたんだなと思う。グルーンもやけどの跡に包帯が巻かれていて、顔にもいくつか傷があった。


「助かったみたいね」

「あっ、ありがとうございます」


 思ったより優しい声かけに驚いた。自分だってケガをして苦しかっただろうに。


「あんた、名前は?」

「琴音……、黒井琴音です」

「そう。私は緑川愛羅みどりかわあいらよ」


 緑川さん……。元は私と同じく高校生だったのかな。聞いてみたいけど……、今はその時ではなさそう。先に口を開いたのはグルーンだった。


「悪の組織に入った私を軽蔑してるでしょ?」

「いえ……、そんな……」


 素直にそう言えない。エンデ・シルバーは世界征服を狙っているけど、だからって絶対悪ではない気がするから。私が魔法少女になったのと同様、グルーンにも何か事情があるような気がして仕方ない。


「いいのよ。当然だと思うし、私は実際、立派な人間じゃないから」


 そんな言い方……。自虐的に言われるとこちらも同情してしまう。いや、最初からそのつもりだったのだ。機会があれば話し合ってみたい。私にそんなことができる自信はないけど、なんとかして話してみたいとずっと思っていた。

 何を言うべきか口の中でぐるぐると回る。何か気の利いたことを言おうとすればするほど塊が大きくなっていく。ようやく絞り出した言葉はこれだった。


「あの……、大変じゃなかったですか……?」

「えっ……?」


 緑川さんは怪訝そうな顔で私を見る。しまった……、失敗したかも。


「……いや、なんでもないです」


 もうダメだ。この空気に耐えられない。早くここから逃げ出したい。ケガがなければ走って出ていくのに。


「私のこと……、気にかけてくれるの……?」


 緑川さんは少し驚いた様子で私を見つめる。


「はい……」


 私はそう答えていた。緑川さんは私の目をずっと見ているが、その目からは何を考えているのか読み取れない。


「琴音……」


 下を向いたかと思えば、彼女の目には涙が浮かび上がってきた。


「あっ、ごめんなさい……」


 私はどうしていいか分からずに狼狽する。少し落ち着いたところで緑川さんはまた口を開いた。


「あんたにだったら少しは話してあげてもいいけど……」

「あっ……、ありがとうございます」


 緑川さんはゆっくりと話し始めた。主にエンデ・シルバーに入るまでのことについて、次のようなことを話し始めた。


 ☆


 緑川さんは小さいことから頭がよかった。学校でも成績はトップクラスで、友達からも両親からも教師からも褒められ続けていた。中学生の頃まではよかった。しかし、高校からはそれが重荷になりつつあった。

 D判定の模試を持って母親に見せた。


「まだ一年生だし、これから伸びるでしょ?」


 優しさのつもりで言ったであろう母の言葉もプレッシャーでしかなかった。これ以上どうやって努力すればいいか分からないし、母は本当に理解してくれているのか疑わしかった。


「いいえ、私この点数じゃ大学に行けないと思うわ」

「もー、これから頑張ればいいじゃない」


 誰も自分の努力を心から理解しなかった。そんな思いばかりが積もり、歩く足はどんどん遅くなっていく。

 ある日の帰り、なんとなく公園に立ち寄る。一人でブランコをこぎ、自分の人生について考える。


「私は……、これからどうすればいいのかしら……」


 高校生が背負うにはあまりに大きな課題に、思わず弱音を吐いてしまう。

 強い風が吹いた。木の葉が舞い、それとともに一枚の手紙が飛んできた。黒い封筒に包まれて見るからに怪しいが、中を見てみた。


『この手紙を拾った者は幸運だ。理想の世界を創るための計画に参加する資格を与える』


 このような文とともに、空き家の住所が書かれていたという。疑いつつも、荒んだ彼女の心を掴むには十分だった。

 そのまま指定の空き家に向かい、ドアを開ける。ドアが壊れそうな音を立てるほど壊れていて、中はひどいありさまだった。


「来たか」


 中に入ると突然誰かの声が聞こえ、部屋中が闇に包まれた。次に視界が開けた時には、禍々しい空間の中に浮かぶ宮殿の中にいたという。そして、奥の玉座には小さな少女が座っていて、その見た目に似合わぬ話し方で語りかけてきた。


「貴様なら来ると思っていたぞ。緑川愛羅」


 名前を知られていたことに驚く。


「私はシルバー。この組織、エンデ・シルバーをまとめる者だ」


 その気迫に押されて一気に背筋が寒くなる。早く逃げ出したい気持ちに駆られるが、体が金縛りにあったように動かない。恐怖と期待が入り混じっていたからだろう。


「ここに来たということは、組織に入りたいのだな?」


 こんな悪そうな組織に入るなんて……。そう思った時。


「悪そうな組織とは人聞きの悪いことを。私は平等を重んじる正義の味方だ」


 思考が読まれたのだ。もう余計なことは考えられない。


「組織に入れば貴様の望みの世界を造ることができる。さあ、望みは何だ?」


 シルバーが手を掲げ、その神々しい姿を誇示した。緑川さんは恐る恐る正直な望みを口にした。


「私は……、受験に合格したいんです……」


 それを聞いたシルバーはため息を吐いた。


「くだらん。実にくだらぬちっぽけな望みだ」

「はっ……?」


 心の中で何かが崩れる音がした。自分の心からの悩みをちっぽけだなどとバカにされ、腹が立った。反論しようとしたが、続くシルバーの言葉は予想と違った。


「それは学歴などという既存の枠に囚われているからうまくいかないのだ。そんな枠に囚われず、何にでもなれる世界を創りたいと思わないのか?」


 その言葉は心の深いところに刺さる。今までの自分を振り返り、本当の望みを考え直す。もしかしたら、自分を誇示したいという気持ちが強いのではないかと思い始めた。


「それができるのなら……」


 緑川さんは思わずそう口にしていた。


「そうだ。政治家になりたいなら、私の下で支配者の一員となれ。学者になりたいなら、理想の世界で研究に没頭しろ。新世界を創るとは、そういうことだ」


 緑川さんは完全に心を奪われていた。気づけば玉座に向かって歩き出し、片膝をついていた。


「私はシルバー様に忠誠を尽くすと誓います」

「よかろう。貴様は私の初めての部下だ。幹部の地位を与える。これで変身して私の計画を遂行するのだ」


 緑色のブレスレットが渡される。


「これは……?」

「適正に合わせた変身ができる。これで各地に蔓延る魔法少女たちを倒し、魔力を奪うのだ」

「私にできますか……?」


 今までスポーツはできなかったし、体力には自信がない。うろたえる緑川さんに対して、シルバーは冷静な態度を見せる。


「もちろんだ。貴様には才能がある。すぐにできるようになるさ」


 仲間になった途端、優しい対応を見せるシルバーに、さらに心惹かれてしまった。

 それからはひたすら、組織のために魔法少女を倒し続けたという。全ては自らの理想の世界のため、と言い聞かせながら……。

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