第38話 黒幕

「【ポイズンボム】!」


 紫色の毒の塊が飛んでくる。弾速は速く、避けることはできない。青山先輩を信じて突き刺してみる。


「はああっ!」


 氷をまとったシュバルツが毒の玉を凍らせる。そのまま氷を貫き、グルーンに向かっていく。


「やるわね……。ならこれはどうかしら? 【クロノ・クラッシュ】!」


 一瞬意識がなくなった後、私の目の前にアームを構えたグルーンが迫る。なす術もなく強烈な打撃を喰らい、後ろの壁に衝突した。


「琴音! これ以上はダメだ! 一旦下がってろ!」

「赤澤先輩……。やるしかないんですよ……。青山先輩の作戦を通すには……」


 二度も【クロノ・クラッシュ】を受けて無事であるはずがない。空元気だ。それはきっと赤澤先輩には見抜かれているだろう。それでも、私はやり遂げなければならない。


「これで勝てれば……、私がどうなってもいいですよ」

「琴音……!」


 言い返されそうだったので、すぐに立ち上がって再びグルーンに立ち向かう。


「うあああああああ!」


 獣のように叫んで自分を奮い立たせる。


「なんて生命力なのよ……。トドメを刺して楽にしてあげる! 【スライム】!」


 スライムの玉を何個も飛ばしてくるが、氷の槍を前には無意味。次々に凍らせて突破していく。

 見てみると青山先輩の魔力は完全に溜まる寸前だった。あと少し。あと少しなんだ。


「行けえっ!」


 私はスライムを蹴散らしてグルーンに迫る。アームで私の攻撃が弾き返されてすぐ、魔力は満ちたのだった。


「【ダイヤモンドダスト】!」


 氷と雪の嵐が吹き荒れる。その勢いは凄まじく、グルーンも思わず怯んだ。それでも、その青山先輩の本気の魔法すら耐えられてしまった。


「はあっ……。あんたたち……、面白いわね……。こんな技を隠し持ってたなんて……。だけど私の勝ちよ。あんたたちの体力ではもう反撃できない!」


 確かに青山先輩は【ダイヤモンドダスト】で魔力をほとんど使い果たし、私は激しい攻撃を受けて満身創痍だ。赤澤先輩はダメージをあまり受けていないが、グルーンは彼女一人で倒せる相手ではない。勝負あったと見られても仕方ない。

 それでも。ここから覆すのが魔法少女だ。私の好きなアニメの魔法少女は、どんなピンチの時でも立ち上がって勝利を重ねてきた。今度は……、私の番だ!


「これで最後よ。【クロノ・クラッシュ】!」


 これの対策は、正直に言うと思いつかない。一度発動されると、もはや技を受ける以外にできることはない。それなら、発動させなければ? 【クロノ・クラッシュ】より速く出せる技は?


「【暗黒視】」


 見える。私以外の物が全てスローモーションになったように、何もかもが透き通ったように見える。これさえ発動すれば私のもの。

 グルーンの【クロノ・クラッシュ】は避けようのない、いわば最強技。それより速く動ける手段は【暗黒視】だけだ。ほとばしる電撃を潜り抜けるように避け、アームに全力の一撃を叩き込む。


「【パワースラッシュ】」


 グルーンは何が起きているか理解できていない様子だった。右腕に強い衝撃を与え、その装甲を破壊する。


「なっ……!」


 アームはガシャンと音を立てて床に落下する。時計の文字盤はバラバラになり、配線も飛び出てもはや使い物にならない。


「まだよ! 私にはまだスライムちゃんが……」


 左手に持つフラスコも、目にも止まらぬ速さで貫く。ガラスは空中で砕け、破片が床に散らばる。


「そんな……、私が……、負けるなんて……」


 グルーンは武器が一つもなくなると、力を失ったように後ろに倒れた。そして、左手のブレスレットが外れ、変身が解除されたのだった。

 現れたのは私と同じくらいの歳の少女。やはりグルーンの正体は女子高生だったか。私たちは勝利の余韻を味わう間もなく彼女を取り囲む。


「やめて……! 命だけは……!」

「そんなことしないって」


 赤澤先輩はグルーンの手を取って起き上がらせる。彼女は身体中をケガしていて、右腕にはやけどが広がっていた。

 戦いの最中には退避していたヴァイスがどこからともなくひょこっと現れ、グルーンの匂いを嗅ぎ始めた。


「うん、もう悪い魔力は感じないね」

「そう。お疲れ様」


 ヴァイスは途端に元気になり、私たちの周りを飛び回っている。


「それで、どうするの?」

「かわいそうだし、司令部に連れて帰ろうか」

「司令官さんはどう言ってたの?」

「まあ、置いて帰るわけにはいかないし、多分許可してくれるよ」


 まだ確認とってないの……? まあいいや。司令官さんのことだから、元々敵だったとしても助けようとするはずだ。私たちは激しい戦いの終わりを実感し、少し安心感を覚えてきた。

 グルーンが手元のボタンを押すと、床が再び上がって地上へと戻ってきた。研究室を出ようとしたところで、グルーンが口を開く。


「その……、助けてくれてありがと……」

「ああ、いいよお礼なんて」

「うん、もう気にしないで」

「あっ、生きてるのが一番大事……」


 みんなでグルーンを励まし、許しの言葉をかける。おい、どうした私。一人だけ緊張して変なこと言ってるし。


「あんたたち……」


 グルーンの目には少し涙が浮かんでいた。戦いが終わり、安全が保障された安心感もあるのだろう。私たちもたくさんケガしているし、今までで一番疲れたから早く帰って寝たい……。


「あっ、そうだ。大事なものが……」


 グルーンがそう言い終えたところで、突如上空に閃光が走る。すると、屋根がバッサリと切り裂かれ、一面の青空が広がった。今の一瞬で何が……?


「こ……、これは……」


 グルーンには心当たりがあるようだ。

 天井がなくなり、上から何やら小さな少女が飛び込んできた。黒いローブを身につけていて、身長は司令官さんより少し大きいくらいだった。


「部下が世話になったようだな」


 その少女は私たちの目の前に降りてきた。身長だけでなく顔立ちも幼いが、言葉遣いは大人びていた。


「一体何者なの……?」


 赤澤先輩からの問いかけで、その謎の少女の正体に気づく。


「シルバー様……」


 そう呟いたのはグルーンだった。彼女は恐怖に怯えているようで体が震えていたが……。


「しくじったようだな、グルーン。そればかりか魔法少女に助けられ、今ではそちらに寝返ろうとしているとは、愚かなことだ」


 グルーンがシルバー様と呼ぶその少女は、私たちを鋭く睨みつける。特にグルーンには冷ややかな視線が向けられていた。


「貴様はもはや不要……、むしろ組織の情報を漏洩させるリスクでしかない。消えろ」


 シルバーは日本刀のような武器を取り出し、目にも止まらぬ速さでグルーンに切りかかる。私たちは反応するどころか、攻撃の存在にすら気づけなかった。


「あっ、ああ……」


 グルーンはその場に倒れる。変身していない生身の人間にはあまりに大きすぎる打撃だ。


「グルーン!」


 赤澤先輩はすぐさまグルーンに駆け寄り、体を揺する。微かな呼吸が確認できたので、かろうじて生きているようだ。だが、このままではどうなるか……。


「しぶといやつだ。すぐに死ねず不幸な」


 シルバーは次の攻撃を繰り出そうとしている。また私は反応できなかった。それに、反応できたとしても先ほどの戦いで体力は残っていない。私だって立っているのがやっとだ。他の人を助けるなんてできない。それはみんな同じはずなのに……。


「【アイスウォール】!」


 青山先輩の魔法でシルバーの剣を防ぐ。氷に剣が突き刺さり、抜けなくなっている。


「奈々美……。今のうちにグルーンを連れて逃げて……!」


 赤澤先輩はまだ比較的体力が残っている。グルーンを抱えて走ることはできるはずだ。


「任されたよ」


 赤澤先輩はグルーンを背負い、すぐに走り出す。当然シルバーはそれを追おうとするが、剣が使えなくては戦うことができない。


「ぐっ……、小賢しい……」


 このまま時間を稼ぎ続けて赤澤先輩を逃げ切らせないと……。私はシルバーに切りかかる。


「はあっ!」

「【シャドウフレア】」


 禍々しい色の火が私を襲う。その衝撃で後ろに飛ばされ、壁に激突する。


「うっ……」


 剣だけでなく魔法攻撃も使いこなすとは……。まさに最強の敵、圧倒的な実力差だ。

 私が倒れている隙に剣が氷から抜き取られ、シルバーは工場から飛び出してグルーンを捕まえに行こうとした。実験室の出口まで来たところで突然立ち止まる。


「グルーンの気配が消えた。逃げ切られたか……」


 赤澤先輩が逃げ切り、グルーンが助かったようでよかった。それは良いのだが、満身創痍の私たちでシルバーを追い返すことはできるのか? その心配は無用だった。


「グルーンに逃げられた今、もはや貴様らに用はない。だが、一つ忠告しておく。私たちの計画を妨害すれば、貴様らの命はない」


 シルバーは私たちに向かって剣を向け、険しい表情でそう言い放った。


「私たちの理想のために……、邪魔はさせない」


 意味深な言葉を残し、天高く飛び上がって姿を消した。その飛び上がった先に紫の光が残るのみ。追いかけることはできないし、追いかけたところで勝てる相手ではないと悟った。


「琴音……。立てる?」

「うっ……」


 視界がかすみ、青山先輩の声もほとんど聞こえないくらいだ。


「立てるわけないか……。仕方ない、背負ってあげる」


 青山先輩に抱きかかえられ、ついには激しい眠気に抗えず意識を手放してしまった。

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